【古今著聞集】健保の比、御湯殿の女官高倉が子あこ法師失踪の事。
公開 2023/11/25 20:14
最終更新
2024/05/24 17:45
※まいたけがいい加減に訳して脳内補完をいれたものです。
***
これも健保の頃のことである。清涼殿の御湯殿に仕える高倉という女官には男の子がいた。周囲からは『あこ坊』と呼ばれ、その時七つであったという。高倉親子の家は五条の樋口小路と高倉小路の交わるあたりにあり、あこ坊はその日も近所の子供たちと一緒に小六条へ遊びに行っていた。
もうそろそろ辺りが薄暗くなってきた頃。友達と相撲をとっていたあこ坊は、じりじりとと間合いを取りながら互いににじり寄っていた。すると、
「あっ」
それは一瞬のことであった。後ろの築地の上から、何だかよくわからない垂布のようなものがバサッとあこ坊に覆いかぶさったと思った刹那、布もあこ坊も忽然と消え失せていたのである。
「……っうわぁぁぁ!!」
今そこにいた友達が跡形もなく消え失せてしまった。恐慌に陥った子供たちは、みな血相を変えて逃げ出した。各々家に駆け戻ったが、恐ろしさのあまり先ほどのことは大人にも言えず、あこ坊の行方を尋ねられても何も言えなかった。しかしそれでは納まらないのが母の高倉である。子供の行方を泣きながら尋ね歩き、心当たりをくまなく探したがあこ坊はとうとう見つからなかった。
さてあこ坊が消えて三日ほど経った夜半のこと。ドンドンドン!…と何者かが高倉の家の門を激しく叩いた。真夜中であれば恐ろしさに戸を開ける気になれず、戸の内から「…どなた?」と尋ねると、
「消えたお前の子を返してやる。戸を開けろ。」
と表で言うのである。いよいよ恐ろしくなった高倉が戸を開けずに黙り込んでいると、今度は家の軒先に大勢の人がいるようなざわめきが聞こえてきた。息を殺して外を伺っていると「きゃはは」と笑い声がして、どさっ!と廊に重い何かを投げ込まれた音がした。高倉は震えながらも「もしや…」と火を灯して廊を伺うと…果たして本当に行方知れずになった我が子が廊に横たわっていたのである。
駆け寄った高倉が抱き起こしても、あこ坊はぐったりと力が抜けてまるで魂が抜けてしまったかのようで。あこ坊、あこ坊と母が泣きながら呼び掛けても物も言わず、ただ瞬きするばかりであったという。
その翌日。何とか息子の魂を呼び戻そうと、高倉は修験者を呼んで祈祷を行った。修験者が依り代を据えて祈祷を行うと、母に抱かれたあこ坊が突然肩を怒らせたと思うや、「げぇぇっ!」と何かを吐き出した。読経の声をかき消すような、あこ坊の呻き声と吐瀉の音。悪臭と共に大量に吐き出されたのは何と馬の糞で、盥に三杯ほども吐き出したという。しかし祈祷も虚しく、とうとうあこ坊が再び物を言うことは無かった。
あこ坊は生ける屍のような状態で十四、五歳までは生きていたと言うが、「…その後はどうなったのでしょうねぇ…」と当時を知る人も首を傾げて話していた。
***
これも健保の頃のことである。清涼殿の御湯殿に仕える高倉という女官には男の子がいた。周囲からは『あこ坊』と呼ばれ、その時七つであったという。高倉親子の家は五条の樋口小路と高倉小路の交わるあたりにあり、あこ坊はその日も近所の子供たちと一緒に小六条へ遊びに行っていた。
もうそろそろ辺りが薄暗くなってきた頃。友達と相撲をとっていたあこ坊は、じりじりとと間合いを取りながら互いににじり寄っていた。すると、
「あっ」
それは一瞬のことであった。後ろの築地の上から、何だかよくわからない垂布のようなものがバサッとあこ坊に覆いかぶさったと思った刹那、布もあこ坊も忽然と消え失せていたのである。
「……っうわぁぁぁ!!」
今そこにいた友達が跡形もなく消え失せてしまった。恐慌に陥った子供たちは、みな血相を変えて逃げ出した。各々家に駆け戻ったが、恐ろしさのあまり先ほどのことは大人にも言えず、あこ坊の行方を尋ねられても何も言えなかった。しかしそれでは納まらないのが母の高倉である。子供の行方を泣きながら尋ね歩き、心当たりをくまなく探したがあこ坊はとうとう見つからなかった。
さてあこ坊が消えて三日ほど経った夜半のこと。ドンドンドン!…と何者かが高倉の家の門を激しく叩いた。真夜中であれば恐ろしさに戸を開ける気になれず、戸の内から「…どなた?」と尋ねると、
「消えたお前の子を返してやる。戸を開けろ。」
と表で言うのである。いよいよ恐ろしくなった高倉が戸を開けずに黙り込んでいると、今度は家の軒先に大勢の人がいるようなざわめきが聞こえてきた。息を殺して外を伺っていると「きゃはは」と笑い声がして、どさっ!と廊に重い何かを投げ込まれた音がした。高倉は震えながらも「もしや…」と火を灯して廊を伺うと…果たして本当に行方知れずになった我が子が廊に横たわっていたのである。
駆け寄った高倉が抱き起こしても、あこ坊はぐったりと力が抜けてまるで魂が抜けてしまったかのようで。あこ坊、あこ坊と母が泣きながら呼び掛けても物も言わず、ただ瞬きするばかりであったという。
その翌日。何とか息子の魂を呼び戻そうと、高倉は修験者を呼んで祈祷を行った。修験者が依り代を据えて祈祷を行うと、母に抱かれたあこ坊が突然肩を怒らせたと思うや、「げぇぇっ!」と何かを吐き出した。読経の声をかき消すような、あこ坊の呻き声と吐瀉の音。悪臭と共に大量に吐き出されたのは何と馬の糞で、盥に三杯ほども吐き出したという。しかし祈祷も虚しく、とうとうあこ坊が再び物を言うことは無かった。
あこ坊は生ける屍のような状態で十四、五歳までは生きていたと言うが、「…その後はどうなったのでしょうねぇ…」と当時を知る人も首を傾げて話していた。
