隆房の思い出語り④
公開 2023/09/16 22:18
最終更新
2023/09/26 23:02
※平家公達草紙の一部をいい加減に意訳?脚色?したものです。この段はBL的なストーリーですので、苦手な方はUターン推奨です。
***
治承元年、正月の十日のことでした。わたし隆房がこっそり通っている方の元から帰る途中、ある場所に趣のある造りながら長いこと人の手が入っていないと見える屋敷があるのですが。その日はどういうわけか屋敷に牛車が停まっていました。昼間でしたら気にもしませんが、まだうっすら明るくなり始めた時分です。車には薄く霜が降り、傍らに座り込んだ従者がうたた寝していました。どう見ても車の主はそこで夜を明かした様子です。
(ははぁ…何やら事情のある車と見えるな)
その車の主が何者なのか、興味を引かれた私はこっそり隠れて見ていることにしました。「あの屋敷にはいったい誰が住んでいるのだ。」と従者に尋ねますと、「久我の内大臣・雅通様という方の娘がこちらにお住いだそうです。」というのです。
(久我の内大臣の娘と言えば、大変な美人と評判だったな。二条院の御代には噂を耳にした帝から何度も所望されたが、もう後宮に入るような歳ではないからと断っていたと聞いたが。さて、いったいどういう気の変わりようだろう…。)
そんなことを思いつつ、屋敷の門に車を停めた者たちをこっそり隠れて見ておりますと、直衣姿の人が車に乗り込むのが見えました。
いったい何者か…と目を凝らして見ていますと、なんと小松殿の権亮少将…維盛殿だったのです。
(……っ…、)
私は思わず胸を抑えました。『何やら事情があるようだ』などと勘ぐっておきながら、いざ正体を知ってこんなに動揺するなんて…我ながらみっともないことです。
いつからあの女と恋仲になったのだろう…あの女がいるから、私の想いに応えて下さらなかったのだろうか…。床に入ったものの、悶々と寝付けないまま夜明けを迎えてしまいました。
翌朝早く、私は思い切って小松谷の御屋敷へ向かいました。お門違いと思われましょうが、あの女について問い詰めなければ気が収まらなかったのです。屋敷に上がり案内された東の対をそっと覗いて見ましたが、少将の姿がありません。「少将はどちらか」と案内の者に問いますと、「お父上様からすぐに来るように、と呼ばれて席を外しております。」と言います。待っていようかとも思いましたが好奇心を抑えきれず…。私は東の対に入り、少将の私室と思しき所へそっと足を踏み入れたのでした。少将らしい整えられた室内を見回しますと、文机にたった今まで使っていたらしい硯が置かれ、その下に白い薄様が見えました。
「………っ…!」
あの女への文に違いない…!そう思えばもう止められません。そっと硯をどけて、涼やかな墨跡を追いました。書き出しの言葉からしてもう、昨夜初めて思いを遂げたのだろうことが見て取れて。自分から見ておいて落ち込むなど馬鹿馬鹿しいことですが…その時はただただ悲しくて悔しくてほろほろと涙が零れたのでした。
そうこうしているうちに、権亮少将が戻ってきた足音が聞こえます。私は慌てて文を元に戻し少将の私室から出て、たった今来たような素振りで外に立つと一つ二つ咳払いをしました。少将に私の場所を伝えるためです。
しばらく間を置いて私室に通されますと、例の文はもう書き終えてあの女のところへ届けさせたのでしょうか。文机の上には硯さえ片付けられて何もありませんでした。応対した少将は丁子染めの薄い狩衣に撫子襲の衣を羽織り、薄色の指貫を履いて…気の抜けた寝起きの姿でありながら、なんとも言えず清々と爽やかな姿で。
(…なんて美しい方だろう。鏡に映る自分の姿などとは比べようもない…帝のお召しさえすげなく断ったあの女が靡くのも道理だ。)
と思いました。
(…そもそも今朝の書きさしの文は筆遣いから始まって、焚き締めた香の匂いさえ、しっとりと美しかったなぁ…あの文を受け取った女は、どれほど胸をときめせただろう…。)
想いを綴った墨跡を記憶の中でなぞるたび、梨の礫の自分と比べてしまいひどく惨めな、遣り切れない思いに襲われました。
(たとえ女の家から出てくる姿を見たとしても、少将の心までは見えなかったものを…。あの硯の下の文さえ…隠された少将の想いさえ見なければ…こんなに辛い気持ちには…。)
悶々と湧き上がる少将への恨みは沈めがたく、つい「随分気の抜けたお姿で…着替える間すら惜しいほどお忙しかったようですね。後朝の御文は書き終えましたか?お待ちになっている方は、さぞヤキモキされていることでしょう。」と嫌味が口をついて出ました。しかし少将は青くなるでも眦を釣り上げるでもなく「何のことでしょう?仰る意味がわかりかねますが。」と素知らぬ顔で淡々と言うのです。これには私も少しムキになって、「おっと、貴方こそ随分な仰りようではありませんか。何も喧嘩しようというのではありませんよ。」と返しました。いえ、喧嘩しようと思ってはいませんでしたが、どうしても言わずにいられなかったのです。
「ただ、少将殿はあまりマメにお返事をしない方と聞きましたので。『ある人』もあなたの気を惹こうと何度か文を贈ったようですが、たった一行のお返事どころか取り次いでさえ頂けなかったとなると…『その人』はきっと人知れず心を痛めて、思い詰めただろうと…」
***
※ここから先は原文が欠落しているそうです。嘘だと言って…。°(°`ω´ °)°。
※丁子染めの薄い狩衣に撫子襲の衣を羽織り、薄色の指貫を履いて…正月に薄い狩衣、夏物の撫子襲というのは、Tシャツ・ジャージに夏物のシャツを羽織った感じでしょうか?寝起きでお父さんに呼ばれたからパジャマの上に適当に引っ掛けて、というシチュエーションかなと。
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治承元年、正月の十日のことでした。わたし隆房がこっそり通っている方の元から帰る途中、ある場所に趣のある造りながら長いこと人の手が入っていないと見える屋敷があるのですが。その日はどういうわけか屋敷に牛車が停まっていました。昼間でしたら気にもしませんが、まだうっすら明るくなり始めた時分です。車には薄く霜が降り、傍らに座り込んだ従者がうたた寝していました。どう見ても車の主はそこで夜を明かした様子です。
(ははぁ…何やら事情のある車と見えるな)
その車の主が何者なのか、興味を引かれた私はこっそり隠れて見ていることにしました。「あの屋敷にはいったい誰が住んでいるのだ。」と従者に尋ねますと、「久我の内大臣・雅通様という方の娘がこちらにお住いだそうです。」というのです。
(久我の内大臣の娘と言えば、大変な美人と評判だったな。二条院の御代には噂を耳にした帝から何度も所望されたが、もう後宮に入るような歳ではないからと断っていたと聞いたが。さて、いったいどういう気の変わりようだろう…。)
そんなことを思いつつ、屋敷の門に車を停めた者たちをこっそり隠れて見ておりますと、直衣姿の人が車に乗り込むのが見えました。
いったい何者か…と目を凝らして見ていますと、なんと小松殿の権亮少将…維盛殿だったのです。
(……っ…、)
私は思わず胸を抑えました。『何やら事情があるようだ』などと勘ぐっておきながら、いざ正体を知ってこんなに動揺するなんて…我ながらみっともないことです。
いつからあの女と恋仲になったのだろう…あの女がいるから、私の想いに応えて下さらなかったのだろうか…。床に入ったものの、悶々と寝付けないまま夜明けを迎えてしまいました。
翌朝早く、私は思い切って小松谷の御屋敷へ向かいました。お門違いと思われましょうが、あの女について問い詰めなければ気が収まらなかったのです。屋敷に上がり案内された東の対をそっと覗いて見ましたが、少将の姿がありません。「少将はどちらか」と案内の者に問いますと、「お父上様からすぐに来るように、と呼ばれて席を外しております。」と言います。待っていようかとも思いましたが好奇心を抑えきれず…。私は東の対に入り、少将の私室と思しき所へそっと足を踏み入れたのでした。少将らしい整えられた室内を見回しますと、文机にたった今まで使っていたらしい硯が置かれ、その下に白い薄様が見えました。
「………っ…!」
あの女への文に違いない…!そう思えばもう止められません。そっと硯をどけて、涼やかな墨跡を追いました。書き出しの言葉からしてもう、昨夜初めて思いを遂げたのだろうことが見て取れて。自分から見ておいて落ち込むなど馬鹿馬鹿しいことですが…その時はただただ悲しくて悔しくてほろほろと涙が零れたのでした。
そうこうしているうちに、権亮少将が戻ってきた足音が聞こえます。私は慌てて文を元に戻し少将の私室から出て、たった今来たような素振りで外に立つと一つ二つ咳払いをしました。少将に私の場所を伝えるためです。
しばらく間を置いて私室に通されますと、例の文はもう書き終えてあの女のところへ届けさせたのでしょうか。文机の上には硯さえ片付けられて何もありませんでした。応対した少将は丁子染めの薄い狩衣に撫子襲の衣を羽織り、薄色の指貫を履いて…気の抜けた寝起きの姿でありながら、なんとも言えず清々と爽やかな姿で。
(…なんて美しい方だろう。鏡に映る自分の姿などとは比べようもない…帝のお召しさえすげなく断ったあの女が靡くのも道理だ。)
と思いました。
(…そもそも今朝の書きさしの文は筆遣いから始まって、焚き締めた香の匂いさえ、しっとりと美しかったなぁ…あの文を受け取った女は、どれほど胸をときめせただろう…。)
想いを綴った墨跡を記憶の中でなぞるたび、梨の礫の自分と比べてしまいひどく惨めな、遣り切れない思いに襲われました。
(たとえ女の家から出てくる姿を見たとしても、少将の心までは見えなかったものを…。あの硯の下の文さえ…隠された少将の想いさえ見なければ…こんなに辛い気持ちには…。)
悶々と湧き上がる少将への恨みは沈めがたく、つい「随分気の抜けたお姿で…着替える間すら惜しいほどお忙しかったようですね。後朝の御文は書き終えましたか?お待ちになっている方は、さぞヤキモキされていることでしょう。」と嫌味が口をついて出ました。しかし少将は青くなるでも眦を釣り上げるでもなく「何のことでしょう?仰る意味がわかりかねますが。」と素知らぬ顔で淡々と言うのです。これには私も少しムキになって、「おっと、貴方こそ随分な仰りようではありませんか。何も喧嘩しようというのではありませんよ。」と返しました。いえ、喧嘩しようと思ってはいませんでしたが、どうしても言わずにいられなかったのです。
「ただ、少将殿はあまりマメにお返事をしない方と聞きましたので。『ある人』もあなたの気を惹こうと何度か文を贈ったようですが、たった一行のお返事どころか取り次いでさえ頂けなかったとなると…『その人』はきっと人知れず心を痛めて、思い詰めただろうと…」
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※ここから先は原文が欠落しているそうです。嘘だと言って…。°(°`ω´ °)°。
※丁子染めの薄い狩衣に撫子襲の衣を羽織り、薄色の指貫を履いて…正月に薄い狩衣、夏物の撫子襲というのは、Tシャツ・ジャージに夏物のシャツを羽織った感じでしょうか?寝起きでお父さんに呼ばれたからパジャマの上に適当に引っ掛けて、というシチュエーションかなと。
