隆房の思い出語り②
公開 2023/09/13 08:01
最終更新
2023/09/26 23:00
※平家公達草紙の一部をいい加減に意訳?脚色?したものです。
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安元三年三月一日の、雨が降る夜のことです。高倉帝の御前には、三位中将・基通殿、三位中将・知盛殿、頭中将・実宗殿、左馬頭・重衡殿、権亮少将・維盛殿、わたくし隆房など、御用を仕る人々が大勢侍っていました。すると帝がうんざりしたご様子で「…こう降っては退屈だな…なにかパッと目の醒めるようなことはないものか。」と仰いました。基通殿が「楽でも奏でましょうか。」と申しましたが、「いや…こうジメジメしていては澄んだ音色も出まい。何か面白おかしく、わっと笑えるようなことはないか。」と帝は仰います。
すると左馬頭・重衡殿が「皆様、私にひとつ、いい案があるのですが…」と真面目な顔で御前に侍る我々を見回しました。これには帝も「おや、悪戯好きと評判の重衡めが、素知らぬ顔で何かおもしろいことを言い出したぞ」と興味を惹かれたご様子です。して、案とは…と促しますと、重衡殿はニヤリと笑って「…盗人の真似をして、中宮様の女房たちを脅かすのです。」と言いました。「ほう、それは良い考えだ。」と一同も同意しましたが、「しかし、夜も遅い。怪しまれて途中で誰かに咎められたらいかがする。企みが破れてはおもしろくないぞ。」と帝が仰いますと、「もしそのようなことがありましても、『曲者と間違えるな』と言えば宜しいでしょう。」と言い、御前から一度下がって算段を始めました。
「あまり大勢では怪しまれましょう。実行役は一人か二人で」とのことで実行役は重衡殿と隆房が承り、各々の直衣を裏返して着て変装しようということになりました。しかし生憎、隆房の直衣は柳裏…青い裏地でしたので、「火影に青色では目立って良くないでしょう。私の直衣をお使いください。」と維盛殿がご自身が着ていた桜襲の…裏地が赤い直衣を脱いで隆房の直衣と交換してくれました。さらに直衣の袖を解いて冠に被せ…冠の形が見えては内裏の者とわかってしまいますからね。そういう訳で重衡殿と隆房は、裏返しの袖なし直衣に冠に袖を被せた格好です。さらに帝は念を入れて、宿直の者へ維盛殿を遣わせられ「もし女房たちが『誰か、早く早く』と騒いでも手出しをするな」とお命じになりました。さぁ、これで準備は整ったと、重衡殿と隆房はそっと出かけて行ったのです。
足音を忍ばせて行きますと、西の台盤所…女房たちの詰所がある庇の間には幾人か臥して寝ています。どうやら寝ていたのは、太政大臣・伊通殿の娘 御匣殿、左大将・兼長殿の娘 大納言殿、朝方殿の娘 右京大夫の君、すえなが殿の娘 少少将の君でした。それぞれ唐衣を着たまま単衣を羽織って、ちょっと仮眠を…という様子です。
「……。」
こちらを見た重衡殿の目が、薄暗がりにきらりと光ったようでした。手前に寝ていた女房の単衣をそろりと掴むや、さっと勢いよく引き剥がしたのです。突然のことに目を覚ました女房の顔と言ったら…。呆然と見開いた目は我々を曲者と疑いもせず、ひたすら恐ろしいものを見る心地だったのでしょう。声も出せず、血の気も失せた顔で…私はもう笑いそうになるのを堪えて、重衡殿と残りの女房達の単衣を引き剥がして立ち去ったのでした。
さて皆様のところへ戻って着物を直し、再び帝の御前に参りますと、帝は「どうだ、やり遂げたか」と待ちきれないご様子で尋ねられます。我々が「これこれこういう次第で…」と申し上げますと、「それは気の毒なことをしたなぁ」と帝も大いにお笑いになったのでした。
それからしばらく間をおいて、帝は中宮の御方…徳子様のもとへお渡りになりました。女房達の反応を確かめに行ったのです。我々もみな帝にお供して参上したのですが、左馬頭・重衡殿、権亮少将・維盛殿などは中宮様のご親戚ですから、表のみならず局への出入りを許されておりましたので。中宮様にお仕えする女房達のところへ顔を出しますと、もう先程の出来事で持ち切りのようでした。「あぁ、重衡様、維盛様!たった今、こんなことが…!」だの「なんの騒ぎかと思われるでしょうけれど、本当に怖かったんですから!」と騒ぐ女房達にお二人も耐えきれず吹き出しそうになったようですが、用事があるような振りをして話を切り上げ戻られたようでした。
その日の夜、重衡殿は維盛殿に「厄介なことがありました」と例の女房達宛てに文を書かせました。「参上する道中で賊に遭遇しまして、奴らを取り押さえた際にこれらを取り返しましたのでお返しします。」と…さも『昨日あなたがたの単衣を盗んだ賊を退治しました』と言わんばかりの文を添えて、女房達に単衣を届けさせたのでした。女房達からの返事では「私たち、生きていたのが不思議なくらいでしたわ!どうして居るはずの宿直の方も警護の者もいなかったのでしょうか…本当に恐ろしかったんですから。」と大納言の君が愚痴っておられましたが。
それからまた暫くして、帝から中宮様へ『実はこれこれこういう悪戯だった』とネタばらししますと、それこそ死ぬほど恐ろしい目にあった女房達は「もう!左馬頭様ったら…!」と重衡殿は随分恨まれたようです。またある女房は「恐ろしかったのは…まぁ、いいとして…。それよりもあんな気の抜けた寝姿を見られるなんて恥ずかしいったらないわ!隆房殿なんてろくすっぽ話したこともないのに!」とも愚痴っていたということでした。
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※『平家公達草紙〜「平家物語」読者が創った美しき貴公子たちの物語』 著:櫻井陽子・鈴木裕子・渡邉裕美子(敬称略)を元に現代語訳しています。
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安元三年三月一日の、雨が降る夜のことです。高倉帝の御前には、三位中将・基通殿、三位中将・知盛殿、頭中将・実宗殿、左馬頭・重衡殿、権亮少将・維盛殿、わたくし隆房など、御用を仕る人々が大勢侍っていました。すると帝がうんざりしたご様子で「…こう降っては退屈だな…なにかパッと目の醒めるようなことはないものか。」と仰いました。基通殿が「楽でも奏でましょうか。」と申しましたが、「いや…こうジメジメしていては澄んだ音色も出まい。何か面白おかしく、わっと笑えるようなことはないか。」と帝は仰います。
すると左馬頭・重衡殿が「皆様、私にひとつ、いい案があるのですが…」と真面目な顔で御前に侍る我々を見回しました。これには帝も「おや、悪戯好きと評判の重衡めが、素知らぬ顔で何かおもしろいことを言い出したぞ」と興味を惹かれたご様子です。して、案とは…と促しますと、重衡殿はニヤリと笑って「…盗人の真似をして、中宮様の女房たちを脅かすのです。」と言いました。「ほう、それは良い考えだ。」と一同も同意しましたが、「しかし、夜も遅い。怪しまれて途中で誰かに咎められたらいかがする。企みが破れてはおもしろくないぞ。」と帝が仰いますと、「もしそのようなことがありましても、『曲者と間違えるな』と言えば宜しいでしょう。」と言い、御前から一度下がって算段を始めました。
「あまり大勢では怪しまれましょう。実行役は一人か二人で」とのことで実行役は重衡殿と隆房が承り、各々の直衣を裏返して着て変装しようということになりました。しかし生憎、隆房の直衣は柳裏…青い裏地でしたので、「火影に青色では目立って良くないでしょう。私の直衣をお使いください。」と維盛殿がご自身が着ていた桜襲の…裏地が赤い直衣を脱いで隆房の直衣と交換してくれました。さらに直衣の袖を解いて冠に被せ…冠の形が見えては内裏の者とわかってしまいますからね。そういう訳で重衡殿と隆房は、裏返しの袖なし直衣に冠に袖を被せた格好です。さらに帝は念を入れて、宿直の者へ維盛殿を遣わせられ「もし女房たちが『誰か、早く早く』と騒いでも手出しをするな」とお命じになりました。さぁ、これで準備は整ったと、重衡殿と隆房はそっと出かけて行ったのです。
足音を忍ばせて行きますと、西の台盤所…女房たちの詰所がある庇の間には幾人か臥して寝ています。どうやら寝ていたのは、太政大臣・伊通殿の娘 御匣殿、左大将・兼長殿の娘 大納言殿、朝方殿の娘 右京大夫の君、すえなが殿の娘 少少将の君でした。それぞれ唐衣を着たまま単衣を羽織って、ちょっと仮眠を…という様子です。
「……。」
こちらを見た重衡殿の目が、薄暗がりにきらりと光ったようでした。手前に寝ていた女房の単衣をそろりと掴むや、さっと勢いよく引き剥がしたのです。突然のことに目を覚ました女房の顔と言ったら…。呆然と見開いた目は我々を曲者と疑いもせず、ひたすら恐ろしいものを見る心地だったのでしょう。声も出せず、血の気も失せた顔で…私はもう笑いそうになるのを堪えて、重衡殿と残りの女房達の単衣を引き剥がして立ち去ったのでした。
さて皆様のところへ戻って着物を直し、再び帝の御前に参りますと、帝は「どうだ、やり遂げたか」と待ちきれないご様子で尋ねられます。我々が「これこれこういう次第で…」と申し上げますと、「それは気の毒なことをしたなぁ」と帝も大いにお笑いになったのでした。
それからしばらく間をおいて、帝は中宮の御方…徳子様のもとへお渡りになりました。女房達の反応を確かめに行ったのです。我々もみな帝にお供して参上したのですが、左馬頭・重衡殿、権亮少将・維盛殿などは中宮様のご親戚ですから、表のみならず局への出入りを許されておりましたので。中宮様にお仕えする女房達のところへ顔を出しますと、もう先程の出来事で持ち切りのようでした。「あぁ、重衡様、維盛様!たった今、こんなことが…!」だの「なんの騒ぎかと思われるでしょうけれど、本当に怖かったんですから!」と騒ぐ女房達にお二人も耐えきれず吹き出しそうになったようですが、用事があるような振りをして話を切り上げ戻られたようでした。
その日の夜、重衡殿は維盛殿に「厄介なことがありました」と例の女房達宛てに文を書かせました。「参上する道中で賊に遭遇しまして、奴らを取り押さえた際にこれらを取り返しましたのでお返しします。」と…さも『昨日あなたがたの単衣を盗んだ賊を退治しました』と言わんばかりの文を添えて、女房達に単衣を届けさせたのでした。女房達からの返事では「私たち、生きていたのが不思議なくらいでしたわ!どうして居るはずの宿直の方も警護の者もいなかったのでしょうか…本当に恐ろしかったんですから。」と大納言の君が愚痴っておられましたが。
それからまた暫くして、帝から中宮様へ『実はこれこれこういう悪戯だった』とネタばらししますと、それこそ死ぬほど恐ろしい目にあった女房達は「もう!左馬頭様ったら…!」と重衡殿は随分恨まれたようです。またある女房は「恐ろしかったのは…まぁ、いいとして…。それよりもあんな気の抜けた寝姿を見られるなんて恥ずかしいったらないわ!隆房殿なんてろくすっぽ話したこともないのに!」とも愚痴っていたということでした。
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※『平家公達草紙〜「平家物語」読者が創った美しき貴公子たちの物語』 著:櫻井陽子・鈴木裕子・渡邉裕美子(敬称略)を元に現代語訳しています。
