花の歌(12歌)
公開 2023/09/04 00:25
最終更新 2023/09/04 00:25
花の錦の下紐は
解けて、なかなかよしなや
柳の糸の乱れ心
いつ忘れうぞ、寝乱れ髪の面影

「高嶺の花のあの人と想いを通わせたけれど、どうしよう…却って困ったことになった。私の心は風に揺れる柳のように縺れ乱れて…あぁ、床に流れる寝乱れた黒髪の、あの人の面影が忘れられない…。」

***

木の芽春雨降るとても
木の芽春雨降るとても
なほ消え難きこの野辺の
雪の下なる若菜をば
今幾日ありて摘ままし
春立つと、言ふばかりにや三吉野の
山も霞みて白雪の
消えし跡こそ道となれ
消えし跡こそ道となれ

「春雨に瑞々しく張る木の芽のように、あの子はますます娘らしさを帯びてきた。裳を着けるのが待ち遠しい…まだあどけなさの残るあの子を、あとどれほど待てば妻にできるだろう。春になり、三吉野の山に霞が立って雪が解けるように…あの子と想いを通じあわせたいなぁ、どうか可愛いあの子と…」

***

誰が袖触れし梅が香ぞ
春に問はばや
物言ふ月に逢ひたやなう

「ここに漂う芳しい梅の香は、いったいどなたの残り香だろう。春よ、どうか教えておくれ。朧月のように霞んだその人は、いったいどんな方なんだい?お逢いしてみたいものだなぁ…」

***

梅花は雨に
柳絮は風に
世はただ虚に、揉まるる

「梅花は雨に打ち散らされ、柳絮は風に吹き散らされ。人の世は、ただつまらない虚飾に翻弄される。」

***

老をな隔てそ垣穂の梅
さてこそ花の情知れ
花に三春の約あり
人に一夜を馴れそめて
後いかならん、うちつけに
心虚に楢柴の
馴れは増さらで
恋の増さらん、悔しさよ

「年寄りだからとつれなくしないでおくれ、梅のように凛々しい君よ。まったく、花の情けというものがあるだろうに。春になれば花は必ず咲くというのに…君と来たら一夜を共にして、その気にさせてそれっきりだなんて。
胸にぽっかり穴が空いたようだ。あれきり触れることはおろか、好きだとも言ってくれないなんて…なんて口惜しいことだろう。」

────────
※梅は美少年のたとえだそうです

***

人の姿は花靱
優しさうで、逢うたりや嘘の皮靱

「靱に花を挿してるなんて優しげな方ね、といざ情を交わしたら…優しげなのは見た目だけ。とんだ食わせ者だったわ!」

***

吹くや心にかかるは
花の辺あたりの山颪
更くる間を惜しむや
稀に逢ふ夜なるらん
この、稀に逢ふ夜なるらん

「吹くと気がかりなのは、野辺の花を苛む山颪。夜が更けるのを惜しむのは、滅多に逢えない人との逢瀬…今夜の、貴方との逢瀬なんですよ。」

─────
親の目を盗んで、やっとのことで野辺で落ち合った逢瀬…みたいなシチュエーションでしょうか。

***

散らであれかし桜花
散れかし口と花心

「散らないでと願うのは桜の花、さっさと散れと思うのは調子のいいアイツの口八丁とあだ心」

***

菜を摘まば
沢に根芹や
峰に虎杖
鹿の立ち隠れ

「菜を摘む娘の手を取って、『君を妻に』と青年が言う。根芹が沢を好むように、虎杖が峰を好むように…奥へ分け入り睦み合う二人を、独り身の独活がこっそり影から見ていたよ。」

***

花ゆゑゆゑに、顕れたよなう
あら卯の花や、卯の花や

「夜目にも白い卯の花襲がゆらゆらと…だから見つかってしまったんだよ。おやおや、まるで卯の花のような白い脛だこと」

***

しひて手折らまし
折らでやかざさましやな
弥生の永き春日も
なほ飽かなくに暮らしつ

「手折ってしまおうかな、それとも手折らずにもう少し少女のまま愛でてようかなぁ…。まだまだ暮れるまでには間があるけれど、どうしたものか…とあの子を眺めながらつらつら考えているんだ」

─────
光る君と若紫みたいな?(訳者)

***

思ひ初めずは紫の
濃くも薄くも、物は思はじ

「あなたを好きにならなければ、紫草の花の色が濃かろうが薄いかろうが、なんとも思わなかったのに。今はすっかりあなたに心を染められて、些細なことでさえ一喜一憂してしまうの」
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
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