塩竈に
公開 2023/08/28 22:32
最終更新
2023/08/28 22:32
塩竈に
むかしむかし、賀茂河のほとりに左大臣様が屋敷を構えておられたそうな。
賀茂河のほとり、六条辺に趣向を凝らした屋敷は河原院と呼ばれ、左大臣・源融様が住んでおられた。神無月のつごもりがた、移菊の紅はいよいよ美しく、種々の紅葉も色付く季節である。左大臣様は親王様たちをお招きして、秋の庭を愛でる宴を開かれた。宴は夜通し続き、ようよう空も明け始めたころ。白い陽が優しく庭を照らし、朝靄の中に庭石や苔がまるで海に浮かぶ島のように現れた。えも言われぬ美しい景色におましになった親王様がたはみな嘆息され、ひとり、またひとりとこの屋敷を褒める歌をお詠みになった。
さて、この景色を見ていた者がもうひとり。板敷の下で夜を明かしていた老乞食である。尊い方々が詠む歌にじっと耳を傾けていた老乞食は、座の方々が詠み終えるのを待って、
「おやおや…いつの間にやら塩竈へ来てしまったようだ。朝凪の海に漁をする舟は、ここへは立ち寄らないのだろうか。」
私も乗せて連れて行ってくれんかなぁ…懐かしいあの塩竈へ…。と遠い日を見つめて詠んだ。
老乞食はかつて陸奥に旅したことがある。その旅路で見た景色はどれも不思議な趣きのある場所ばかりで、我が国六十余国の中でも塩竈と似た景色はひとつとしてなかった。だからきっと、老乞食は一層この景色を愛おしく懐かしんで「いつの間にやら塩竈に来てしまったようだ」と詠んだのだろう。
むかしむかし、賀茂河のほとりに左大臣様が屋敷を構えておられたそうな。
賀茂河のほとり、六条辺に趣向を凝らした屋敷は河原院と呼ばれ、左大臣・源融様が住んでおられた。神無月のつごもりがた、移菊の紅はいよいよ美しく、種々の紅葉も色付く季節である。左大臣様は親王様たちをお招きして、秋の庭を愛でる宴を開かれた。宴は夜通し続き、ようよう空も明け始めたころ。白い陽が優しく庭を照らし、朝靄の中に庭石や苔がまるで海に浮かぶ島のように現れた。えも言われぬ美しい景色におましになった親王様がたはみな嘆息され、ひとり、またひとりとこの屋敷を褒める歌をお詠みになった。
さて、この景色を見ていた者がもうひとり。板敷の下で夜を明かしていた老乞食である。尊い方々が詠む歌にじっと耳を傾けていた老乞食は、座の方々が詠み終えるのを待って、
「おやおや…いつの間にやら塩竈へ来てしまったようだ。朝凪の海に漁をする舟は、ここへは立ち寄らないのだろうか。」
私も乗せて連れて行ってくれんかなぁ…懐かしいあの塩竈へ…。と遠い日を見つめて詠んだ。
老乞食はかつて陸奥に旅したことがある。その旅路で見た景色はどれも不思議な趣きのある場所ばかりで、我が国六十余国の中でも塩竈と似た景色はひとつとしてなかった。だからきっと、老乞食は一層この景色を愛おしく懐かしんで「いつの間にやら塩竈に来てしまったようだ」と詠んだのだろう。
