山科の禅師の親王
公開 2023/08/28 20:47
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山科の禅師の親王

むかしむかし、文徳天皇の女御・多可幾子様の四十九日の法要が安祥寺で執り行われたのだそうな。
法要に参列した右大将の藤原常行殿はその帰路の途中、山科の法親王様の御屋敷に詣でられた。山科の宮は庭に滝を落とし、川や泉を走らせるなど、趣向を凝らした風雅なお庭と聞いて是非拝見したいと考えたのである。しかし庭を見たら帰ります。というわけにいかないので、法親王様の御前に平伏した右大将殿は、
「近頃はなかなかお側に仕える機会に恵まれず、心苦しく思っておりました。今宵はぜひ法親王様のお側にお仕えさせていただきたく…」
と願い出ると法親王様は大変お喜びになり、夜の宴の準備をするよう近習の者に申し付けられた。
さて御前を下がった右大将殿はさっそくお庭に出て楽しみながら、「しかし宮のお側にお仕えするというのに贈り物のひとつもないというのもなぁ…」と考えを巡らせ、おぉ、そうだ。と手を叩いた。
「三条の父上の屋敷に行幸があった折、ある人がぜひ主上にご覧頂きたいと、父上にとても趣きのある石を献上したと言っていたのだった。たしか紀の国の千里の浜にあった石だとか…」
しかし献上されたのは行幸の後であったので、仕方なく誰ぞの御曹司の溝に据えたのだとかなんとか…。
「……。」
言いながら右大将殿はちらりと右馬頭の男を見て、また素知らぬ顔で続ける。
「法親王様は泉水を用いた造りを好まれるお方。その石なら贈り物にはうってつけだ。その石を献上しよう。」
お前たち、今言った石を取りに行って参れ。と随身の方、舎人たちにお命じになり、それからさほど待たずに例の石が右大将殿に届けられた。
「ほう…これは…」
その石はご覧になった右大将殿も関心するような、聞きしに優る趣きの石であった。しかしこれをただ献上しては芸がないと仰って、供奉の方たちに歌を詠ませた。
「…ふぅむ…では、そなたの歌に」
皆の歌をぐるりとご覧になった右大将殿は、意地悪げな笑みを浮かべて右馬頭の歌をお取り上げになった。
「とても表しきれませんが、この岩に代えて私の心を贈ります。目には見えない私の心を貴方様にお見せする方法が他にありませんので…」
歌を石に糊で書き、刻んだ青苔を振るって蒔絵のように仕立てて法親王様に献上したのだそうな。その歌は右大将殿から法親王様へゴマスリの歌であるけれども、同時に「この岩に飽きたわけではありませんが、右大将殿が仰るなら…。こんなことでしか二心無いことを示せませんので」という右馬頭の心を詠んだ歌でもある。先の藤の一件で不興を買ったこともあり、恭順を示すためそのような歌を詠んだのだそうな。もちろん右大将殿も全てご承知の上でのやり取りである。
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
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