藤原の敏行
公開 2023/08/28 20:41
最終更新
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藤原の敏行
むかしむかし、あるところに若い男と女の間を取り持つ男がいたそうな。
ある身分の高い男のもとに身を寄せる、内記の藤原敏行という男がいた。この男がとある女に想いを寄せていたのだが…若輩ゆえに恋の仕方を知らないようで。相手に文もろくに出さず、気の利いた文句も知らず、もちろん歌の心得もない。そんな体たらくだったので、見かねたその家の男が
「…それじゃあいつまで経っても恋に進展はないですよ。これは私が作ったアンチョコですから…これを参考にして相手に送って差し上げたら。」
と歌の下書きをくれた。歌の上手な男からの下書きである。敏行殿はこれぞ天の助けとコメツキバッタのように伏し拝んで、さっそく女へ歌を送ったのだった。
一方で歌を贈られた女もまた、敏行殿と同様に年若く歌の心得はさっぱりであった。
「徒然に降る長雨に涙河の水かさは増すばかり…あなたにお逢いするすべもなく、遠くから見つめては涙の河に袖を濡らして途方に暮れているのです。」
想いを募らせ、思い悩むこの私の、切なる想いにどうか応えてほしい。そう訴える恋文を例の男に差し出して「どうお返ししたらよろしいでしょうか…」と恥ずかしげに頬を染める。女の感触は上々とにんまり笑った例の男は「では…代わりに私が返事を書きましょう」と申し出て、
「袖が濡れるのは、涙の河が浅いからでしょう。私を想ってくださるなら、どうして『体さえ流されるほど深く』…と仰ってくださらないの?」
もっともっと『好きだ』と言ってください…。と歌を返した。受けった敏行殿はその歌に感激して、丁寧に巻いて今でも文箱に大切にしまっているのだという。
さて、敏行殿と女が深い仲になってからのこと。今にもポツポツと落ちてきそうな夕暮れに、敏行殿から女へ「雨が振りそうなので、今日お伺いするのは辞めておこうかなーどうしようかなー…と考えております。運が良ければ降ってこないでしょうが。」と文を出した。激しく降る雨を眺めて、「あの方、今日も来ないおつもりなのね…」と寂しげな女に代わり例の男が、
「何度も何度も『本当に愛されているのかしら』と不安になって、でも言い出せなくて…『あぁ、やっぱり…』と今夜は降りしきる涙の雨に濡れております…。」
やっぱりわたしは愛されてなかったんですね…。と詠んで敏行殿のもとへやらせた。するとその歌を受け取った敏行殿は、蓑も笠も付けず、取る物もとりあえずといったナリで。土砂降りの雨の中、ずぶ濡れになりながら女のもとへ飛んできたのだそうな。
むかしむかし、あるところに若い男と女の間を取り持つ男がいたそうな。
ある身分の高い男のもとに身を寄せる、内記の藤原敏行という男がいた。この男がとある女に想いを寄せていたのだが…若輩ゆえに恋の仕方を知らないようで。相手に文もろくに出さず、気の利いた文句も知らず、もちろん歌の心得もない。そんな体たらくだったので、見かねたその家の男が
「…それじゃあいつまで経っても恋に進展はないですよ。これは私が作ったアンチョコですから…これを参考にして相手に送って差し上げたら。」
と歌の下書きをくれた。歌の上手な男からの下書きである。敏行殿はこれぞ天の助けとコメツキバッタのように伏し拝んで、さっそく女へ歌を送ったのだった。
一方で歌を贈られた女もまた、敏行殿と同様に年若く歌の心得はさっぱりであった。
「徒然に降る長雨に涙河の水かさは増すばかり…あなたにお逢いするすべもなく、遠くから見つめては涙の河に袖を濡らして途方に暮れているのです。」
想いを募らせ、思い悩むこの私の、切なる想いにどうか応えてほしい。そう訴える恋文を例の男に差し出して「どうお返ししたらよろしいでしょうか…」と恥ずかしげに頬を染める。女の感触は上々とにんまり笑った例の男は「では…代わりに私が返事を書きましょう」と申し出て、
「袖が濡れるのは、涙の河が浅いからでしょう。私を想ってくださるなら、どうして『体さえ流されるほど深く』…と仰ってくださらないの?」
もっともっと『好きだ』と言ってください…。と歌を返した。受けった敏行殿はその歌に感激して、丁寧に巻いて今でも文箱に大切にしまっているのだという。
さて、敏行殿と女が深い仲になってからのこと。今にもポツポツと落ちてきそうな夕暮れに、敏行殿から女へ「雨が振りそうなので、今日お伺いするのは辞めておこうかなーどうしようかなー…と考えております。運が良ければ降ってこないでしょうが。」と文を出した。激しく降る雨を眺めて、「あの方、今日も来ないおつもりなのね…」と寂しげな女に代わり例の男が、
「何度も何度も『本当に愛されているのかしら』と不安になって、でも言い出せなくて…『あぁ、やっぱり…』と今夜は降りしきる涙の雨に濡れております…。」
やっぱりわたしは愛されてなかったんですね…。と詠んで敏行殿のもとへやらせた。するとその歌を受け取った敏行殿は、蓑も笠も付けず、取る物もとりあえずといったナリで。土砂降りの雨の中、ずぶ濡れになりながら女のもとへ飛んできたのだそうな。
