天の逆手
公開 2023/08/28 20:39
最終更新
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天の逆手
むかしむかし、あるところに口説き続ける男がいたそうな。
ある女に懸想して口説くこと数年。女も木石ではないので、流石に男の好意をのらりくらり交わし続けるのは心苦しく思ったか、だんだんいじらしく思えてきた。ちょうど季節は水無月の望。大変蒸し暑い時期である。男からの逢瀬の誘いはあったものの、女の肌に出来物が一つ二つ出来てしまった。肌を合わせるには些か…と思い、「今はもう何の他意もなく、あなたの想いに応えたいと思うのだけれど…ちょっとね、かぶれてしまって。とても暑い季節ですし、もう少し秋風が吹く涼しい時期になりましたら必ずお会いしましょう。」と書き送った。
すると秋を待つ間に、男と同様に女に懸想して口説いていた他の者たちから「どうもあの男と逃げる気らしいぞ」と口々にやっかみの声が上がった。思わせ振りな態度に散々振り回されたのだから無理もない。しかし妹の悪い噂を聞きつけた兄が、顔色を変えて飛んできた。
「いったい何をやっているんだお前は…!?これ以上ここには置いておけん。一緒に来なさい。」
「……。」
女は不満げであったが、現にやっかみは煩わしいし、兄の言うことであれば逆らえない。去り際、女は使用人に拾わせた楓の初紅葉に、
「『秋になったら』とは言いましたけれど、貴方に飽きたわけではありませんのに…。私たちの縁は海松の生い茂る江ではなく、こんな落ち葉が降り敷く瀬のような…浅い浅い縁でしたわね。」
とうとうお目にかかることもなく、これっきりになってしまいましたわ。と歌を書き付け 、「例の…あの方のところから使いの者が来たらこれを渡しなさい。」と言いつけて、女は兄に連れられいずこへか去っていった。
さて女がどこぞへ消えたと男が知っのは、 それからだいぶ経ってのち。いつまでも便りを寄越さない女に痺れを切らして、使いの者を送った今日まで女が消えたなどとついぞ知りもしなかった。あの女はいま心穏やかに暮らしているのだろうか、泣き暮らしているのだろうか。何処にいるのかさえわからない。
例の男と言えばあれ以来、「あの女め、私の心を散々弄びやがって…!」と天の逆手を打ち鳴らして、女に呪いをかけているらしい。何ともおぞましいこと…『人を呪わば穴二つ』と言うだろうに、「今に見ていろ…呪いを受けるがいい…!」と言っていたのだそうな。
むかしむかし、あるところに口説き続ける男がいたそうな。
ある女に懸想して口説くこと数年。女も木石ではないので、流石に男の好意をのらりくらり交わし続けるのは心苦しく思ったか、だんだんいじらしく思えてきた。ちょうど季節は水無月の望。大変蒸し暑い時期である。男からの逢瀬の誘いはあったものの、女の肌に出来物が一つ二つ出来てしまった。肌を合わせるには些か…と思い、「今はもう何の他意もなく、あなたの想いに応えたいと思うのだけれど…ちょっとね、かぶれてしまって。とても暑い季節ですし、もう少し秋風が吹く涼しい時期になりましたら必ずお会いしましょう。」と書き送った。
すると秋を待つ間に、男と同様に女に懸想して口説いていた他の者たちから「どうもあの男と逃げる気らしいぞ」と口々にやっかみの声が上がった。思わせ振りな態度に散々振り回されたのだから無理もない。しかし妹の悪い噂を聞きつけた兄が、顔色を変えて飛んできた。
「いったい何をやっているんだお前は…!?これ以上ここには置いておけん。一緒に来なさい。」
「……。」
女は不満げであったが、現にやっかみは煩わしいし、兄の言うことであれば逆らえない。去り際、女は使用人に拾わせた楓の初紅葉に、
「『秋になったら』とは言いましたけれど、貴方に飽きたわけではありませんのに…。私たちの縁は海松の生い茂る江ではなく、こんな落ち葉が降り敷く瀬のような…浅い浅い縁でしたわね。」
とうとうお目にかかることもなく、これっきりになってしまいましたわ。と歌を書き付け 、「例の…あの方のところから使いの者が来たらこれを渡しなさい。」と言いつけて、女は兄に連れられいずこへか去っていった。
さて女がどこぞへ消えたと男が知っのは、 それからだいぶ経ってのち。いつまでも便りを寄越さない女に痺れを切らして、使いの者を送った今日まで女が消えたなどとついぞ知りもしなかった。あの女はいま心穏やかに暮らしているのだろうか、泣き暮らしているのだろうか。何処にいるのかさえわからない。
例の男と言えばあれ以来、「あの女め、私の心を散々弄びやがって…!」と天の逆手を打ち鳴らして、女に呪いをかけているらしい。何ともおぞましいこと…『人を呪わば穴二つ』と言うだろうに、「今に見ていろ…呪いを受けるがいい…!」と言っていたのだそうな。
