おのが世々
公開 2023/08/28 20:34
最終更新
2024/05/24 19:51
おのが世々
むかしむかし、あるところに大変なおしどり夫婦がいたそうな。
夫と妻、互いに目移りすることなく仲睦まじく暮らしていた。ところがいったい何があったのか、妻は些細なことで夫を疎ましく思うようになった。
(……。)
ついに決意した妻は
「出て行ったと聞いたら、どうしてそんな軽はずみなことを、とみんな言うでしょうね。夫婦の間のことなんて、周りはなんにも知らないんだから」
と書き付けて、出ていってしまった。帰宅して妻の書き置きを見つけた夫は酷く狼狽し、
「どうして…変わった様子なんかなかったのに…いったい何があってこんなことを…!?」
と門を飛び出して妻を探しに行こうとしたものの、あっちを見回し、こっちを見回ししても、どこへ探しに行けばいいかさえ見当もつかない。すっかり消沈して家に入った夫は玄関に座り込み、
「…愛していたのは俺だけだったのかよ…アイツと暮らした年月も何もかも、無駄だったのかよ…。」
と呟いた。人気のない家をぼんやり見渡せば、そこを見ても、あちらを見ても、妻と暮らした思い出が浮かんでくる。男の目にまた涙が込み上げた。
「……アイツは躊躇いもしなかったんだろうか。俺は何を見てもアイツの面影ばかり浮かぶと言うのに…。」
そう口にすればまた、男の頬をほろほろと涙が流れた。
さて、女が出ていって随分経った頃。独りの寂しさに堪えきれなくなったのか、女が歌を詠み送ってきた。
「もう私のことなんて忘れていらっしゃるかもしれないけど…せめてこの手紙を読んでいる今だけは、私のこと思い出してほしいの。」
勝気だった女のばつの悪い顔が思い出されて、懐かしさを覚えた男は
「お前がせめて『もう私のことは忘れて』とでも言ってきたなら、まだお前の心に俺がいるんだと思えたのになぁ……あぁ、覚えているよ。」
と苦笑いして詠み返した。そのやり取りを機に、あの頃よりもなお熱心に読み交わした。まるでお互い時が戻ったかのように…しかし。
「『もう私のことなんて忘れているかも』…とお前は言ったな。お前は俺の心を信じていなかったんだな…俺にはそれが何よりも辛いよ。お前が出ていったあの日よりも…。」
信じきれなかった女と想い続けていた男…すれ違い続けたふたりの心が再びひとつになることはないのだろう。男の言葉にそれを察した女は、
「宙ぶらりんだった私たちの関係もこれでスッパリ終わりってわけね。あーあ…独りぼっちになってしまったわ、わたし…。」
込み上げる涙を堪えて殊勝に詠み返したのだった。
結局その後、彼らはそれぞれ別々の相手と暮らすようになり、やり取りも関係も絶えてしまったのだそうな。
むかしむかし、あるところに大変なおしどり夫婦がいたそうな。
夫と妻、互いに目移りすることなく仲睦まじく暮らしていた。ところがいったい何があったのか、妻は些細なことで夫を疎ましく思うようになった。
(……。)
ついに決意した妻は
「出て行ったと聞いたら、どうしてそんな軽はずみなことを、とみんな言うでしょうね。夫婦の間のことなんて、周りはなんにも知らないんだから」
と書き付けて、出ていってしまった。帰宅して妻の書き置きを見つけた夫は酷く狼狽し、
「どうして…変わった様子なんかなかったのに…いったい何があってこんなことを…!?」
と門を飛び出して妻を探しに行こうとしたものの、あっちを見回し、こっちを見回ししても、どこへ探しに行けばいいかさえ見当もつかない。すっかり消沈して家に入った夫は玄関に座り込み、
「…愛していたのは俺だけだったのかよ…アイツと暮らした年月も何もかも、無駄だったのかよ…。」
と呟いた。人気のない家をぼんやり見渡せば、そこを見ても、あちらを見ても、妻と暮らした思い出が浮かんでくる。男の目にまた涙が込み上げた。
「……アイツは躊躇いもしなかったんだろうか。俺は何を見てもアイツの面影ばかり浮かぶと言うのに…。」
そう口にすればまた、男の頬をほろほろと涙が流れた。
さて、女が出ていって随分経った頃。独りの寂しさに堪えきれなくなったのか、女が歌を詠み送ってきた。
「もう私のことなんて忘れていらっしゃるかもしれないけど…せめてこの手紙を読んでいる今だけは、私のこと思い出してほしいの。」
勝気だった女のばつの悪い顔が思い出されて、懐かしさを覚えた男は
「お前がせめて『もう私のことは忘れて』とでも言ってきたなら、まだお前の心に俺がいるんだと思えたのになぁ……あぁ、覚えているよ。」
と苦笑いして詠み返した。そのやり取りを機に、あの頃よりもなお熱心に読み交わした。まるでお互い時が戻ったかのように…しかし。
「『もう私のことなんて忘れているかも』…とお前は言ったな。お前は俺の心を信じていなかったんだな…俺にはそれが何よりも辛いよ。お前が出ていったあの日よりも…。」
信じきれなかった女と想い続けていた男…すれ違い続けたふたりの心が再びひとつになることはないのだろう。男の言葉にそれを察した女は、
「宙ぶらりんだった私たちの関係もこれでスッパリ終わりってわけね。あーあ…独りぼっちになってしまったわ、わたし…。」
込み上げる涙を堪えて殊勝に詠み返したのだった。
結局その後、彼らはそれぞれ別々の相手と暮らすようになり、やり取りも関係も絶えてしまったのだそうな。
