つくも髪
公開 2023/08/28 19:06
最終更新
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つくも髪
むかしむかし、あるところに熟れた体を持て余す熟女がいたそうな。
悶々と日々を暮らしていたが、口添えしてくれる人もいない。あぁ…どうにかして優しくて素敵な殿方とオトナな関係になりたい…そうだわ!あれこれ悩んだ末に、女はあることを思いついた。
さっそく独立している息子たち三人を呼び出して、「お母さんね、ちょっと素敵な夢を見たの…」と自分が見たという吉夢を披露した。
曰く、夢の中で大変美しい鳥が女の前に舞い降り、「お前を訪う男が来たら必ず肌を合わせよ。さすれば大いなる福が訪れるだろう」と言ったのだと言う。当然この夢は作り話だが、この当時の夢は神仏や人ならざる存在からの『お告げ』と考えられ大変重んじられていた。それ故に女は夢語りをし、出会いのキッカケ作りをしようとしたのてあるが…。
「ね!素敵な夢でしょう?通ってくる方がいらしたら絶対運気ハナマル急上昇な気がするのよ。」
「……。」
太郎殿と次郎殿はあまりのくだらなさに素っ気なく「…はぁ…」と答えて黙り込んでしまった。しかし三郎殿だけは「素晴らしい殿方が母上のところへ通って来られるというお告げでしょう」と夢を判ずるので、女はほくほく顔で頷いたのだった。
当然、三郎殿も夢語りを信じた訳ではない。しかし何とか母上を喜ばせて差し上げたいと考えたのである。となればお相手には、あの在五中将…業平殿しかあるまい。どうにかして通って頂けないか…と考えを巡らせていた。そんなある日のこと。業平殿が狩りをしているところへ行きあった三郎殿は、折を見て業平殿の馬の轡を取り、
「実は在五中将様に御相談が…」
と声を落として母の夢語りの話を打ち明けた。
「これこれこう言う訳でして…母が夢語りまで持ち出して言うものですから、何だかいじらしく思えてしまって…。どうか、母のお相手をお願いできませんでしょうか。」
「……。」
何ともまあ、呆れた話ではあるものの。母親思いの心に打たれた業平殿は、少々考えた末に「…分かりました。では一度だけ、」と了承して、三郎殿の母と一夜を共にしたのだそうな。
さて文字通り夢のような一夜を過したその後。女はまた悶々としていた。あの一夜以来、業平殿はとんと尋ねてこない。いったいどうしたのかしら。あんなに激しく燃えたのに…まさか別の人のところへ通っていらっしゃるのかも…!?そう思えば居ても立ってもいられない。女は家人を急きたてて夕暮れの中を飛び出した。業平殿の屋敷に着いたのは、もう薄暗くなった頃である。車を降りた女は、垣根をそっと分けて薄暗くなった屋敷の中に目を凝らした。
「……ん?あれは…」
そろそろ灯りを持ってこさせようと思っていた業平殿の目の端に、何かが動いた。横目で見れば、垣根の上に白髪混じりの頭が夕闇に白々と見える。男が女の屋敷を垣間見るならともかく、女が男の屋敷を垣間見るなど聞いたこともない。
(……まさか私が訪ねて来ないからと覗きにきたと?いやまさかなぁ…)
半信半疑の業平殿は、
「おやおや…切に私を思ってくださっている方がいるようだ。目の端に白髪混じりの影が浮かぶよ」
と歌を詠んで立ち上がり、どこかへ出かける様子を見せてみた。すると女は「あ!私のところへいらっしゃるのだわ!こうしてはいられない!」と思ったのだろう。垣根のカラタチや茨に着物をぶちぶち引っ掛けながら、慌てた様子で引き返していく。
(おいおいマジか…あの人なのか…うーわ…
)
ドン引きつつ好奇心が勝ったのだろう。日もとっぷり暮れた頃、業平殿は女の屋敷へ向かった。しかしただ訪ねてはおもしろくない。
(どれどれ…今どうしてるかな)
屋敷から離れた場所に車を停めた業平殿は、女がしたようにそっと外から屋敷を覗き見た。女はすっかり準備万端のようで、衣を被って伏せている。板敷に例の白髪混じりの垂髪がぞろりと散らばっている。
(えぇぇ…トーク無しでいきなり本番はないわ…がっつき過ぎ…)
笑いを噛み殺して眺めていた業平殿であったが。ごろりと寝返りを打った女が寂しそうに
「今夜も独り寂しく寒い床で眠るのかしら…」と詠むのを聞いて笑みを引っ込めた。女の辛い心を汲み、その晩は一夜を共にしたのだそうな。
想い合う者同士が情を交わすのが世の常識でであるけれども、業平殿は自分のことを想う女性には分け隔てなく情をかける優しい心の持ち主なのである。
むかしむかし、あるところに熟れた体を持て余す熟女がいたそうな。
悶々と日々を暮らしていたが、口添えしてくれる人もいない。あぁ…どうにかして優しくて素敵な殿方とオトナな関係になりたい…そうだわ!あれこれ悩んだ末に、女はあることを思いついた。
さっそく独立している息子たち三人を呼び出して、「お母さんね、ちょっと素敵な夢を見たの…」と自分が見たという吉夢を披露した。
曰く、夢の中で大変美しい鳥が女の前に舞い降り、「お前を訪う男が来たら必ず肌を合わせよ。さすれば大いなる福が訪れるだろう」と言ったのだと言う。当然この夢は作り話だが、この当時の夢は神仏や人ならざる存在からの『お告げ』と考えられ大変重んじられていた。それ故に女は夢語りをし、出会いのキッカケ作りをしようとしたのてあるが…。
「ね!素敵な夢でしょう?通ってくる方がいらしたら絶対運気ハナマル急上昇な気がするのよ。」
「……。」
太郎殿と次郎殿はあまりのくだらなさに素っ気なく「…はぁ…」と答えて黙り込んでしまった。しかし三郎殿だけは「素晴らしい殿方が母上のところへ通って来られるというお告げでしょう」と夢を判ずるので、女はほくほく顔で頷いたのだった。
当然、三郎殿も夢語りを信じた訳ではない。しかし何とか母上を喜ばせて差し上げたいと考えたのである。となればお相手には、あの在五中将…業平殿しかあるまい。どうにかして通って頂けないか…と考えを巡らせていた。そんなある日のこと。業平殿が狩りをしているところへ行きあった三郎殿は、折を見て業平殿の馬の轡を取り、
「実は在五中将様に御相談が…」
と声を落として母の夢語りの話を打ち明けた。
「これこれこう言う訳でして…母が夢語りまで持ち出して言うものですから、何だかいじらしく思えてしまって…。どうか、母のお相手をお願いできませんでしょうか。」
「……。」
何ともまあ、呆れた話ではあるものの。母親思いの心に打たれた業平殿は、少々考えた末に「…分かりました。では一度だけ、」と了承して、三郎殿の母と一夜を共にしたのだそうな。
さて文字通り夢のような一夜を過したその後。女はまた悶々としていた。あの一夜以来、業平殿はとんと尋ねてこない。いったいどうしたのかしら。あんなに激しく燃えたのに…まさか別の人のところへ通っていらっしゃるのかも…!?そう思えば居ても立ってもいられない。女は家人を急きたてて夕暮れの中を飛び出した。業平殿の屋敷に着いたのは、もう薄暗くなった頃である。車を降りた女は、垣根をそっと分けて薄暗くなった屋敷の中に目を凝らした。
「……ん?あれは…」
そろそろ灯りを持ってこさせようと思っていた業平殿の目の端に、何かが動いた。横目で見れば、垣根の上に白髪混じりの頭が夕闇に白々と見える。男が女の屋敷を垣間見るならともかく、女が男の屋敷を垣間見るなど聞いたこともない。
(……まさか私が訪ねて来ないからと覗きにきたと?いやまさかなぁ…)
半信半疑の業平殿は、
「おやおや…切に私を思ってくださっている方がいるようだ。目の端に白髪混じりの影が浮かぶよ」
と歌を詠んで立ち上がり、どこかへ出かける様子を見せてみた。すると女は「あ!私のところへいらっしゃるのだわ!こうしてはいられない!」と思ったのだろう。垣根のカラタチや茨に着物をぶちぶち引っ掛けながら、慌てた様子で引き返していく。
(おいおいマジか…あの人なのか…うーわ…
)
ドン引きつつ好奇心が勝ったのだろう。日もとっぷり暮れた頃、業平殿は女の屋敷へ向かった。しかしただ訪ねてはおもしろくない。
(どれどれ…今どうしてるかな)
屋敷から離れた場所に車を停めた業平殿は、女がしたようにそっと外から屋敷を覗き見た。女はすっかり準備万端のようで、衣を被って伏せている。板敷に例の白髪混じりの垂髪がぞろりと散らばっている。
(えぇぇ…トーク無しでいきなり本番はないわ…がっつき過ぎ…)
笑いを噛み殺して眺めていた業平殿であったが。ごろりと寝返りを打った女が寂しそうに
「今夜も独り寂しく寒い床で眠るのかしら…」と詠むのを聞いて笑みを引っ込めた。女の辛い心を汲み、その晩は一夜を共にしたのだそうな。
想い合う者同士が情を交わすのが世の常識でであるけれども、業平殿は自分のことを想う女性には分け隔てなく情をかける優しい心の持ち主なのである。
