宇佐の使
公開 2023/08/28 19:00
最終更新
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宇佐の使
むかしむかし、あるところにすれ違った夫婦がいたそうな。
夫は宮仕えで忙しく、また忙しさにかまけて家庭を顧みない男であったから、妻である女は随分寂しい思いや不満を溜めて込んでいたのだろう。あるとき親身になって話を聞いてくれた男に惹かれ、夫を捨ててその男と一緒に出て行ってしまった。
さてそれから後。男は宇佐八幡宮への奉幣の勅使に任ぜられ、都から豊前へ向かっていた。その道中、ある国に立ち寄った折のことである。男は酒宴の席につくと、勅使の接待役の役人に「ここの女主人に酌させなさい。女主人の酌でなければ飲みません。」と言い出した。困った役人や周りの者がどれだけ勧めても手を付けない。いったいどういう訳でそんなことを…といぶかりながらも、これでは接待役として顔が立たない。役人は妻を呼び寄せ、男の隣に侍らせた。
「…お待たせ致しました。」
「……。」
戸惑いつつも女が瓶子を取ると、男は何も言わず勧められるままにくいっと盃をひと舐めする。
「……?…」
「……。」
しばらく勧められるまま黙って酒を煽っていた男だったが、ふと肴の皿から橘の種をひとつ摘んでぽつりと言った
「瑞々しい橘の花の匂いをかぐと、むかし愛した人の香りを思い出すのですよ。私と彼女もこんなふうに寄り添っていた頃もあったのだと…。」
…あなたはもうお忘れのようですが。
「……あなたは…、」
役人の妻の目まん丸く開かれる。その女は、かつて男から去って行った元の妻であった。男はかつての妻が、接待役の妻になったと聞いて彼女を試したのである。女は宴席で暴露されたことであれこれ噂され、思い悩んだ末に髪を下ろして尼になったのだそうな。
むかしむかし、あるところにすれ違った夫婦がいたそうな。
夫は宮仕えで忙しく、また忙しさにかまけて家庭を顧みない男であったから、妻である女は随分寂しい思いや不満を溜めて込んでいたのだろう。あるとき親身になって話を聞いてくれた男に惹かれ、夫を捨ててその男と一緒に出て行ってしまった。
さてそれから後。男は宇佐八幡宮への奉幣の勅使に任ぜられ、都から豊前へ向かっていた。その道中、ある国に立ち寄った折のことである。男は酒宴の席につくと、勅使の接待役の役人に「ここの女主人に酌させなさい。女主人の酌でなければ飲みません。」と言い出した。困った役人や周りの者がどれだけ勧めても手を付けない。いったいどういう訳でそんなことを…といぶかりながらも、これでは接待役として顔が立たない。役人は妻を呼び寄せ、男の隣に侍らせた。
「…お待たせ致しました。」
「……。」
戸惑いつつも女が瓶子を取ると、男は何も言わず勧められるままにくいっと盃をひと舐めする。
「……?…」
「……。」
しばらく勧められるまま黙って酒を煽っていた男だったが、ふと肴の皿から橘の種をひとつ摘んでぽつりと言った
「瑞々しい橘の花の匂いをかぐと、むかし愛した人の香りを思い出すのですよ。私と彼女もこんなふうに寄り添っていた頃もあったのだと…。」
…あなたはもうお忘れのようですが。
「……あなたは…、」
役人の妻の目まん丸く開かれる。その女は、かつて男から去って行った元の妻であった。男はかつての妻が、接待役の妻になったと聞いて彼女を試したのである。女は宴席で暴露されたことであれこれ噂され、思い悩んだ末に髪を下ろして尼になったのだそうな。
