いでてなば
公開 2023/08/28 07:28
最終更新
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いでてなば
むかしむかし、あるところに使用人の小娘に想いを寄せる若い男がいたそうな。
その女は身分に似合わぬ華やかな顔立ちであった 。それゆえ「息子がおかしな気を起こすのでは…」と過保護な主人夫婦は心配し、ゆくゆくは女を追い出す心積りでいたそうな。そうは言っても男はまだ半人前で親を相手に我を押し通す力もなく、女の方も賎しい身分であれば主人に逆らえない。よもや心配するような事態はないだろうと主人夫婦も静観していたのだが…。男の様子に最初に勘づいたのは、母親の方であった。
(あの娘を見る目…間違いない!あぁ、やっぱり…心配していた通りだわ。)
止めようにも止まらないのが恋心というもの。男の想いは日増しに募り、すっかり女に熱を上げていたのである。
それはまずい、そのうち間違いを起こすぞ!妻から話を聞いたその家の主人は気色を変えて、あっという間に女を追い出す算段を調えてしまった。
「…お世話になりました…。」
「……。」
僅かな荷物を抱えた女は悲しげに、それでもきちんと主人夫婦と男に頭を下げて出て行った。想いを告げるどころか、親を説得して引き留めることも出来ず…人買いに連れられて遠ざかる女の背中を、男は涙を流して見送ることしか出来なかったのだった。
「いい加減に目を覚ましなさい。お前はこの家を継ぐ身なのだから、こんなことで躓いてどうするんだ。」
「そうですよ。間違いを起こす前で良かったわ。早く忘れておしまいなさい。」
いつまでもめそめそと泣いている息子を心配した両親が窘めると、
「出て行ったからって、誰がさっぱり諦められるって言うんですか。あの子がうちにいた時よりも…何にも言えずにただ見つめていた時よりも……ずっとずっと恋しくて堪らないんだよ!……っ…!」
「…!?おい、どうした…!」
言うや、男はバッタリ意識を失って倒れてしまった。慌てたのは親である。息子を思って小言を言ったが、まさかこんなことになるとは思いもせず。恐る恐る口許に手をかざすと息をしていないし、胸に耳を当ててもトクリともしない。これはもう神仏にお縋りするしかないと、両親は大慌てで願を立てた。すると両親必死の願立てのお陰か、男は丸一日以上経ってから辛くも息を吹き返したのだそうな。
むかしむかしの若者は、こんなふうに全身全霊を色恋に捧げたのだそうな。今日日のお利口ぶった草食系どもには、到底真似できないでしょうね。
むかしむかし、あるところに使用人の小娘に想いを寄せる若い男がいたそうな。
その女は身分に似合わぬ華やかな顔立ちであった 。それゆえ「息子がおかしな気を起こすのでは…」と過保護な主人夫婦は心配し、ゆくゆくは女を追い出す心積りでいたそうな。そうは言っても男はまだ半人前で親を相手に我を押し通す力もなく、女の方も賎しい身分であれば主人に逆らえない。よもや心配するような事態はないだろうと主人夫婦も静観していたのだが…。男の様子に最初に勘づいたのは、母親の方であった。
(あの娘を見る目…間違いない!あぁ、やっぱり…心配していた通りだわ。)
止めようにも止まらないのが恋心というもの。男の想いは日増しに募り、すっかり女に熱を上げていたのである。
それはまずい、そのうち間違いを起こすぞ!妻から話を聞いたその家の主人は気色を変えて、あっという間に女を追い出す算段を調えてしまった。
「…お世話になりました…。」
「……。」
僅かな荷物を抱えた女は悲しげに、それでもきちんと主人夫婦と男に頭を下げて出て行った。想いを告げるどころか、親を説得して引き留めることも出来ず…人買いに連れられて遠ざかる女の背中を、男は涙を流して見送ることしか出来なかったのだった。
「いい加減に目を覚ましなさい。お前はこの家を継ぐ身なのだから、こんなことで躓いてどうするんだ。」
「そうですよ。間違いを起こす前で良かったわ。早く忘れておしまいなさい。」
いつまでもめそめそと泣いている息子を心配した両親が窘めると、
「出て行ったからって、誰がさっぱり諦められるって言うんですか。あの子がうちにいた時よりも…何にも言えずにただ見つめていた時よりも……ずっとずっと恋しくて堪らないんだよ!……っ…!」
「…!?おい、どうした…!」
言うや、男はバッタリ意識を失って倒れてしまった。慌てたのは親である。息子を思って小言を言ったが、まさかこんなことになるとは思いもせず。恐る恐る口許に手をかざすと息をしていないし、胸に耳を当ててもトクリともしない。これはもう神仏にお縋りするしかないと、両親は大慌てで願を立てた。すると両親必死の願立てのお陰か、男は丸一日以上経ってから辛くも息を吹き返したのだそうな。
むかしむかしの若者は、こんなふうに全身全霊を色恋に捧げたのだそうな。今日日のお利口ぶった草食系どもには、到底真似できないでしょうね。
