水口に
公開 2023/08/28 06:06
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水口に
むかしむかし、あるところに不義理をしてしまった男がいたそうな。
初めの一夜こそ通ってきた男であったが、どうしたことか次の夜も、そのまた次の夜も通って来なかった。本来ならば初めの三夜は毎晩通うしきたりであるから、女にとっては大変な悲しみと屈辱であったことだろう。
「……。」
(…とうとう今夜も来なかった…。)
来ない男を待ち続けて三度目の夜を明かした女は、身仕舞いの途中で手を止めて盥の前に座り込んでいた。何をするのも億劫な気分で、盥に貫簀を掛けることもせず。溜まったままの水に女の疲れた顔が映っている。
(…想い想われた仲だと思っていたのは、私だけだったのかしら…私、弄ばれたっていうの………あら?)
水面に別の影が差したのはそのときである。
「……。」
「……私ほど思い悩んでいる人なんていないと思ったけれど…水の下にもうひとりいたわ。」
女は盥を見つめたまま、顔を上げずにチクリとトゲのある歌を詠んだ。
「…今さら何のおつもり?」
水面に映る影…昨晩もそのまた前の晩もすっぽかした男が、バツの悪い顔で御簾の影に立っている。
「…水口の蛙だって、私が来たらケロケロ鳴いて喜んでくれますよ。あなたは喜んでくれないんですか?」
悪いことをしたと思っているからこそ来たんです……機嫌を治してくださいよ…。そう言って男は御簾の中に消えたのだそうな。
むかしむかし、あるところに不義理をしてしまった男がいたそうな。
初めの一夜こそ通ってきた男であったが、どうしたことか次の夜も、そのまた次の夜も通って来なかった。本来ならば初めの三夜は毎晩通うしきたりであるから、女にとっては大変な悲しみと屈辱であったことだろう。
「……。」
(…とうとう今夜も来なかった…。)
来ない男を待ち続けて三度目の夜を明かした女は、身仕舞いの途中で手を止めて盥の前に座り込んでいた。何をするのも億劫な気分で、盥に貫簀を掛けることもせず。溜まったままの水に女の疲れた顔が映っている。
(…想い想われた仲だと思っていたのは、私だけだったのかしら…私、弄ばれたっていうの………あら?)
水面に別の影が差したのはそのときである。
「……。」
「……私ほど思い悩んでいる人なんていないと思ったけれど…水の下にもうひとりいたわ。」
女は盥を見つめたまま、顔を上げずにチクリとトゲのある歌を詠んだ。
「…今さら何のおつもり?」
水面に映る影…昨晩もそのまた前の晩もすっぽかした男が、バツの悪い顔で御簾の影に立っている。
「…水口の蛙だって、私が来たらケロケロ鳴いて喜んでくれますよ。あなたは喜んでくれないんですか?」
悪いことをしたと思っているからこそ来たんです……機嫌を治してくださいよ…。そう言って男は御簾の中に消えたのだそうな。
