行く蛍
公開 2023/08/28 06:05
最終更新
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行く蛍
むかしむかし、あるところに箱入りの令嬢がいたそうな。
ある男に密かに想いを寄せていたが、さてどう想いを告げたらいいのかもわからない。身近な人に打ち明けることも出来ず、悶々と悩み続けた末にとうとう寝付いてしまった。祈祷だお匙だと両親は駆け回ったものの、回復する兆しも見えず、とうとう危篤に陥ってしまった。
「……、…」
娘の唇が億劫そうに開かれる。最後を看取るため枕元に詰める親は、涙を拭って娘の頬に顔を近づけた。恐らくこれが娘の最期の言葉である。聞き漏らさんと耳をそばだてていると、血の気のない唇がぽつり…ぽつり…と秘めた恋心を打ち明けたのだった。
「あぁ…なんてことだ…お前がそんなにその方を想っていたなんて…!」
せめて最期に会わせてやりたいと男へ遣いを出して、どうにかこうにか令嬢の屋敷へ男を連れてきたのだが…男が辿り着いた時には、令嬢はすでに帰らぬ人となっていた。
死の穢れに触れたまま帰るわけにはいかない。男はそのまま令嬢の屋敷に籠り、物忌みすることになった。いきなり知らない娘の死の床に連れてこられて、巻き込まれるかたちでの物忌みである。悲しもうにも分かち合う思い出もない。仕方のないこととはいえ、男は尻の座りが悪い思いをしながら手持ち無沙汰で籠っていた。
季節は水無月の終わり。夏の終わりとはいえ、まだまだ蒸し暑い時期である。手慰みに管弦を奏でていたがそれにも飽きてきた頃、夜更けてようやく少し涼しい風が吹いてきた。
(あぁ…ようやく人心地着いたようだ…。)
風に当たろうと簀子に出ると男の足音に驚いたのか、庭先に蛍がわっと舞い上がった。簀子にごろりと横になって見るともなしに眺めると、臨終の床や娘の亡骸に取り縋る親の姿が浮かんでくる。
「…なぁ、君。空の上まで昇るなら、ここにはもう秋風が吹いてるよ。雁と一緒に帰っておいでよ。」
・ついでにもっと涼しい風も一緒に連れてきてくれると助かるけど。…と令嬢の魂…もとい蛍へ呼び掛けた。ふわり、ふわり…まるで未練そのものののように、男の傍を寄りつ離れつ蛍が舞う。小さな光をふっと吹き散らして、男はぽつりと
「…退屈しているせいかな…何となくセンチメンタルな気分になるのは…。」
と詠んだのだそうな。
むかしむかし、あるところに箱入りの令嬢がいたそうな。
ある男に密かに想いを寄せていたが、さてどう想いを告げたらいいのかもわからない。身近な人に打ち明けることも出来ず、悶々と悩み続けた末にとうとう寝付いてしまった。祈祷だお匙だと両親は駆け回ったものの、回復する兆しも見えず、とうとう危篤に陥ってしまった。
「……、…」
娘の唇が億劫そうに開かれる。最後を看取るため枕元に詰める親は、涙を拭って娘の頬に顔を近づけた。恐らくこれが娘の最期の言葉である。聞き漏らさんと耳をそばだてていると、血の気のない唇がぽつり…ぽつり…と秘めた恋心を打ち明けたのだった。
「あぁ…なんてことだ…お前がそんなにその方を想っていたなんて…!」
せめて最期に会わせてやりたいと男へ遣いを出して、どうにかこうにか令嬢の屋敷へ男を連れてきたのだが…男が辿り着いた時には、令嬢はすでに帰らぬ人となっていた。
死の穢れに触れたまま帰るわけにはいかない。男はそのまま令嬢の屋敷に籠り、物忌みすることになった。いきなり知らない娘の死の床に連れてこられて、巻き込まれるかたちでの物忌みである。悲しもうにも分かち合う思い出もない。仕方のないこととはいえ、男は尻の座りが悪い思いをしながら手持ち無沙汰で籠っていた。
季節は水無月の終わり。夏の終わりとはいえ、まだまだ蒸し暑い時期である。手慰みに管弦を奏でていたがそれにも飽きてきた頃、夜更けてようやく少し涼しい風が吹いてきた。
(あぁ…ようやく人心地着いたようだ…。)
風に当たろうと簀子に出ると男の足音に驚いたのか、庭先に蛍がわっと舞い上がった。簀子にごろりと横になって見るともなしに眺めると、臨終の床や娘の亡骸に取り縋る親の姿が浮かんでくる。
「…なぁ、君。空の上まで昇るなら、ここにはもう秋風が吹いてるよ。雁と一緒に帰っておいでよ。」
・ついでにもっと涼しい風も一緒に連れてきてくれると助かるけど。…と令嬢の魂…もとい蛍へ呼び掛けた。ふわり、ふわり…まるで未練そのものののように、男の傍を寄りつ離れつ蛍が舞う。小さな光をふっと吹き散らして、男はぽつりと
「…退屈しているせいかな…何となくセンチメンタルな気分になるのは…。」
と詠んだのだそうな。
