源の至
公開 2023/08/28 06:04
最終更新
-
源の至
むかしむかし、あるところに密かに内親王の葬列を見送る男がいたそうな。
淳和帝…西院の帝と呼ばれた方のご息女に、崇子内親王様と仰る方がいらっしゃったがこの方がお亡なりになられた。御葬儀の夜。隣に住んでいた男は内親王の葬列を見送ろうと、無理を言って知り合いの女車に同乗させてもらい出かけた。ところが棺を載せた車がなかなか門から出てこない。
無理を言って乗せてもらっていることもあり、「…このまま崇子様の死を嘆くばかりで見送りも出来ずに帰らなくてはいけないのか…」と考えていたそんな折のこと。
葬列の見物に来ていた人の群れに、源至という天下に聞こえた色好みがいた。源至殿は男の乗る車を女車と見るや、さっそく良からぬ心を起こしたらしい。女車に車を寄せて、
「こんばんは、お嬢さん。君も見物に来たのかい?」
と色気づいた様子で話しかけてきた。面倒なことになった…と女車の人々は黙ってやり過ごそうとしたが、相手は名の知れたナンパ野郎である。女車の反応がないのでさらに気を引こうと、
「面白いものを見せてあげよう。私はね、実は不思議な力があるんだ……ほら、人魂捕まえた!」
と従者に捕まえさせた蛍を女車に放り入れたのだった。暗い車の中を小さな光がちらちら舞い飛ぶ。
「なんてことを…外にあなたの影が透けてしまいますわ。早く消さなければ…!」
そう言って、同乗の女が慌てて袖をうち払った。
「……。」
静かに悼んで見送りたい、ただそれだけなのに…なんて情けない目に遭うことだろう。男は悲しみと静かな腹立たしさを込めて、
「葬列が行ってしまえばそれっきりお会いできないと…千秋の思いで待っているんです。消沈して泣く私の声があなたには聞こえませんか。」
と歌を詠み、前簾から差し出した。従者からその歌を受け取った至殿は、
「お嬢さんの悲しく泣く声…私にも聞こえました。聞こえましたら、なお一層愛らしいお声だ、是非お会いしたいという思いはうち消し難く…」
と天下の色好みらしく通常運転で歌を返してきたのだった。源至殿は源順の祖父にあたる。嵯峨天皇の血筋であるが…崇子様も草葉の陰で呆れておられることだろう。
むかしむかし、あるところに密かに内親王の葬列を見送る男がいたそうな。
淳和帝…西院の帝と呼ばれた方のご息女に、崇子内親王様と仰る方がいらっしゃったがこの方がお亡なりになられた。御葬儀の夜。隣に住んでいた男は内親王の葬列を見送ろうと、無理を言って知り合いの女車に同乗させてもらい出かけた。ところが棺を載せた車がなかなか門から出てこない。
無理を言って乗せてもらっていることもあり、「…このまま崇子様の死を嘆くばかりで見送りも出来ずに帰らなくてはいけないのか…」と考えていたそんな折のこと。
葬列の見物に来ていた人の群れに、源至という天下に聞こえた色好みがいた。源至殿は男の乗る車を女車と見るや、さっそく良からぬ心を起こしたらしい。女車に車を寄せて、
「こんばんは、お嬢さん。君も見物に来たのかい?」
と色気づいた様子で話しかけてきた。面倒なことになった…と女車の人々は黙ってやり過ごそうとしたが、相手は名の知れたナンパ野郎である。女車の反応がないのでさらに気を引こうと、
「面白いものを見せてあげよう。私はね、実は不思議な力があるんだ……ほら、人魂捕まえた!」
と従者に捕まえさせた蛍を女車に放り入れたのだった。暗い車の中を小さな光がちらちら舞い飛ぶ。
「なんてことを…外にあなたの影が透けてしまいますわ。早く消さなければ…!」
そう言って、同乗の女が慌てて袖をうち払った。
「……。」
静かに悼んで見送りたい、ただそれだけなのに…なんて情けない目に遭うことだろう。男は悲しみと静かな腹立たしさを込めて、
「葬列が行ってしまえばそれっきりお会いできないと…千秋の思いで待っているんです。消沈して泣く私の声があなたには聞こえませんか。」
と歌を詠み、前簾から差し出した。従者からその歌を受け取った至殿は、
「お嬢さんの悲しく泣く声…私にも聞こえました。聞こえましたら、なお一層愛らしいお声だ、是非お会いしたいという思いはうち消し難く…」
と天下の色好みらしく通常運転で歌を返してきたのだった。源至殿は源順の祖父にあたる。嵯峨天皇の血筋であるが…崇子様も草葉の陰で呆れておられることだろう。
