武蔵鐙
公開 2023/08/27 18:24
最終更新
2023/09/06 06:34
武蔵鐙
むかしむかし、京の女へ手紙を寄越した男がいたそうな。
みよし野の里で妻を得た男から、京の女の許へ、「貴方のお耳に入れるのは気が引けますが、かと言って黙っているのも心苦しく…」と近況を綴った手紙が届けられた。「武蔵の男から文を差し上げます」と洒落た言い回しの表書きは実にあの男らしい手紙であったが、その手紙を最後に彼からの音信はぷっつり途絶えた。
「夢でいいからお顔を見たい」などと旅路から文を寄越してきた男だったが、なるほど…武蔵の女とよろしくやっているらしい。
(…ずっと気を掛けていたのは私だけだったのかしら……勝手にすればいいわ…)
不快に眉を寄せて京の女は、
「どうしていらっしゃるか聞こえてこないのは辛いことですが、かと言って新しい妻がどうのとゴチャゴチャ聞かされても鬱陶しいだけです。私にどうしろと仰るのでしょう。」
と手紙を返した。返事を受け取った男は、予想外に冷たい女の態度に心臓を氷の手で掴まれたような心地になり、
「…近況を聞かせれば文句を言われ、黙っていれば恨まれる…。こんな気持ちのときに、人は自ら命を絶とうとするんだろうな…」
と青白い顔で胸を押さえたのだそうな。
むかしむかし、京の女へ手紙を寄越した男がいたそうな。
みよし野の里で妻を得た男から、京の女の許へ、「貴方のお耳に入れるのは気が引けますが、かと言って黙っているのも心苦しく…」と近況を綴った手紙が届けられた。「武蔵の男から文を差し上げます」と洒落た言い回しの表書きは実にあの男らしい手紙であったが、その手紙を最後に彼からの音信はぷっつり途絶えた。
「夢でいいからお顔を見たい」などと旅路から文を寄越してきた男だったが、なるほど…武蔵の女とよろしくやっているらしい。
(…ずっと気を掛けていたのは私だけだったのかしら……勝手にすればいいわ…)
不快に眉を寄せて京の女は、
「どうしていらっしゃるか聞こえてこないのは辛いことですが、かと言って新しい妻がどうのとゴチャゴチャ聞かされても鬱陶しいだけです。私にどうしろと仰るのでしょう。」
と手紙を返した。返事を受け取った男は、予想外に冷たい女の態度に心臓を氷の手で掴まれたような心地になり、
「…近況を聞かせれば文句を言われ、黙っていれば恨まれる…。こんな気持ちのときに、人は自ら命を絶とうとするんだろうな…」
と青白い顔で胸を押さえたのだそうな。
