初冠
公開 2023/08/27 18:10
最終更新 2023/09/01 20:33
初冠

むかしむかし、あるところひとりの男がいたそうな。
彼はまだ元服して間もない年頃の青年であったが、かつての平城京あたり、春日の里というところに所領を持っていた。これはそのあたりへ鷹狩に出かけた折のことである。
狩りの途中で男は従者に、
「この里に美しい姉妹が住んでいると噂に聞いたが…お前は知っているか。」
と尋ねた。従者は仔細は存じませんが、と前置きしてから「ちょうどこのあたりだと聞いたことがあります」と答えた。へぇ、このあたりに…。若さゆえか、天性の色好みがそうさせるのか。興味を惹かれた男は狩りを中断して小者に姉妹の家を探すよう命じた。やがて小者はそれらしい家を見つけたと、一行をある屋敷へと案内した。屋敷と言っても、柴垣を巡らせた質素なものである。
(さて、どんな娘だろう。没落した家の娘か、それとも小金持ちの田舎娘か…。)
男はそっと柴垣を分けて庭を覗き込んだ。
(……!)
田舎ゆえ人目もないと油断していたのか。御簾を上げた板敷に女が座っているのが見えた。籠に入った小鳥を眺めて微笑む女を見た瞬間、どっと耳の奥で鼓動が跳ねた。寂れた田舎に何故と思うほど可憐な姿に、一瞬で心奪われ夢中になってしまったのだった。
男は逸る気持ちを抑えながら着ていた信夫摺りの狩衣を切り取って、
「春の枯れ野に思いがけず可憐な花を見初めて、私の心はこの摺り衣のようにどうしようもなく乱れてしまいました…」
と歌を書き付けて女に贈った。大人ぶって何か気の利いた趣向をと、「みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに…」という古い歌を引用したものである。
昔の人は、こんなふうに熱烈な想いを雅な言葉に託して伝えたのだそうな。
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
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