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公開 2023/09/24 17:49
最終更新
2023/09/24 17:52
※2部軸ラスト、公務員試験に向かう正義くんとリチャの話
付き合ってません
「忘れ物はありませんか」
公務員試験を目前に控えて、とうとう一時帰国をする日がやってきた。
荷造りを終えたキャリーケースを玄関横に置くために自室を出た俺に、階段の下にいたリチャードが声をかけてきた。それに荷物を上げて応えて見せる。
「うん。持ち物は二回チェックしたし、飛行機が無事飛ぶかの方が心配だよ」
「明日は昼前の便でしたね。戻りは四日後の予定のままですか?」
「そのつもりだ。試験のあとはひろみたちのとこに寄ってそのまま泊まることになってるよ。俺も色々とお父さんと話したいことあるし、ちょうど良かった」
「……もう少しゆっくりしてきても良いのですよ?」
荷物を置いて振り向けば、リチャードが少し顔を逸らしていた。言葉と態度が噛み合ってないことに笑ってしまいそうになったが、少しは俺の不在が寂しいと感じてくれたのならこんなに嬉しいことはない。
「そう言われてもなぁ……。あっちで行きたい場所はエトランジェくらいだけど、今週はシャウルさんが一人で回すって決まってるんだろ? 俺が行っても邪魔になるだろうし、何より今の俺のホームはここだから」
「……左様ですか」
「左様です。おまえはしばらくこっちで仕事だよな。ジローたちのことよろしく」
「ええ、お任せ下さい。それから明日は空港まで見送りますのでそのつもりで」
「え、いや、一人で行こうと思ってたんだけど」
「四日後も迎えに行きますのでそのおつもりで」
「お、おう、そうか。じゃあ、お願いします」
「お気になさらず」
完全に押し切られる形になったが、リチャードが満足そうなので良しとする。それにその提案は、俺にとっても有り難かった。
「……実を言うとほっとしてる」
「? 何にです」
「試験に行く直前におまえの顔が見れることも、帰ってきて一番最初におまえに迎えてもらえることも、すごく嬉しいから。もちろん全力を尽くすつもりだけどおまえが居てくれると思うとそれだけでお守りになるよ」
「おほん、おほん! そうですか、それは何よりです。存分に眺めなさい」
「それは離れがたくなるだろ! でもハグはさせてくれ。元気になるから」
いつものハグの仕草――腕を軽く広げて見せると、リチャードがすぽりとその中におさまった。ぎょっとしたが、背中に回された腕に身動きが取れなかった。
「……今はしなくてもよかったんだけど」
「……何度しても減るものではありません」
「……それもそうか」
まだ微妙に混乱していたが、黙ってリチャードを抱き締めた。いつもの香水に混ざった、リチャードそのものの薫りが感じられる、この隙間のない距離が俺はとても好きだ。言ったことはないけれど。
トン、トンと軽く背中を叩かれるのを、リチャードの肩口に頬をのせて黙って受け入れる。
「あなたなら大丈夫です」
「うん」
「もしあちらで落ち込みそうになったら、いつでも電話を」
「うん」
「あなたの帰りを、待っています。もちろんジローとサブローも一緒に」
「うん、すぐに帰るよ。もちろん試験も頑張ってくる。おまえやみんなに助けてもらった恩を返さないとな!」
「恩返しなど不要ですから、思う存分やりなさい」
「……それに早く進路の話したいし」
「? 正義、何か言いましたか?」
「なんでもない! ありがとうリチャード、今日の分は充電完了だ!」
馴染んだ体温を振り切るように身体を離せば、リチャードもどこか残念そうに微笑んでいた。……そんな顔をしないでくれ。また抱き締めたくなってしまう。
「今日は早めに休みなさい。機内でも眠れるとは限りません」
「そうする。……おやすみリチャード」
「おやすみなさい、正義。良い夢を」
ジローたちともおやすみの挨拶を済ませて、自室へ戻る。
――もし公務員試験に受かっても、別の道を進むつもりなのだとリチャードに隠し通している俺の心苦しさと共に、キャンディの夜は静かに更けていった。
付き合ってません
「忘れ物はありませんか」
公務員試験を目前に控えて、とうとう一時帰国をする日がやってきた。
荷造りを終えたキャリーケースを玄関横に置くために自室を出た俺に、階段の下にいたリチャードが声をかけてきた。それに荷物を上げて応えて見せる。
「うん。持ち物は二回チェックしたし、飛行機が無事飛ぶかの方が心配だよ」
「明日は昼前の便でしたね。戻りは四日後の予定のままですか?」
「そのつもりだ。試験のあとはひろみたちのとこに寄ってそのまま泊まることになってるよ。俺も色々とお父さんと話したいことあるし、ちょうど良かった」
「……もう少しゆっくりしてきても良いのですよ?」
荷物を置いて振り向けば、リチャードが少し顔を逸らしていた。言葉と態度が噛み合ってないことに笑ってしまいそうになったが、少しは俺の不在が寂しいと感じてくれたのならこんなに嬉しいことはない。
「そう言われてもなぁ……。あっちで行きたい場所はエトランジェくらいだけど、今週はシャウルさんが一人で回すって決まってるんだろ? 俺が行っても邪魔になるだろうし、何より今の俺のホームはここだから」
「……左様ですか」
「左様です。おまえはしばらくこっちで仕事だよな。ジローたちのことよろしく」
「ええ、お任せ下さい。それから明日は空港まで見送りますのでそのつもりで」
「え、いや、一人で行こうと思ってたんだけど」
「四日後も迎えに行きますのでそのおつもりで」
「お、おう、そうか。じゃあ、お願いします」
「お気になさらず」
完全に押し切られる形になったが、リチャードが満足そうなので良しとする。それにその提案は、俺にとっても有り難かった。
「……実を言うとほっとしてる」
「? 何にです」
「試験に行く直前におまえの顔が見れることも、帰ってきて一番最初におまえに迎えてもらえることも、すごく嬉しいから。もちろん全力を尽くすつもりだけどおまえが居てくれると思うとそれだけでお守りになるよ」
「おほん、おほん! そうですか、それは何よりです。存分に眺めなさい」
「それは離れがたくなるだろ! でもハグはさせてくれ。元気になるから」
いつものハグの仕草――腕を軽く広げて見せると、リチャードがすぽりとその中におさまった。ぎょっとしたが、背中に回された腕に身動きが取れなかった。
「……今はしなくてもよかったんだけど」
「……何度しても減るものではありません」
「……それもそうか」
まだ微妙に混乱していたが、黙ってリチャードを抱き締めた。いつもの香水に混ざった、リチャードそのものの薫りが感じられる、この隙間のない距離が俺はとても好きだ。言ったことはないけれど。
トン、トンと軽く背中を叩かれるのを、リチャードの肩口に頬をのせて黙って受け入れる。
「あなたなら大丈夫です」
「うん」
「もしあちらで落ち込みそうになったら、いつでも電話を」
「うん」
「あなたの帰りを、待っています。もちろんジローとサブローも一緒に」
「うん、すぐに帰るよ。もちろん試験も頑張ってくる。おまえやみんなに助けてもらった恩を返さないとな!」
「恩返しなど不要ですから、思う存分やりなさい」
「……それに早く進路の話したいし」
「? 正義、何か言いましたか?」
「なんでもない! ありがとうリチャード、今日の分は充電完了だ!」
馴染んだ体温を振り切るように身体を離せば、リチャードもどこか残念そうに微笑んでいた。……そんな顔をしないでくれ。また抱き締めたくなってしまう。
「今日は早めに休みなさい。機内でも眠れるとは限りません」
「そうする。……おやすみリチャード」
「おやすみなさい、正義。良い夢を」
ジローたちともおやすみの挨拶を済ませて、自室へ戻る。
――もし公務員試験に受かっても、別の道を進むつもりなのだとリチャードに隠し通している俺の心苦しさと共に、キャンディの夜は静かに更けていった。
