わがままの伝え方
公開 2023/09/24 17:34
最終更新
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※2.5部軸、付き合ってません。
「正義、お茶をどうぞ」
「お、サンキュー」
久し振りに口にするリチャードが淹れてくれたロイヤルミルクティーの味に、ほぅっと無意識に息が漏れた。
この一ヶ月間、俺たちは買い付け、商談、顧客先への訪問、オークションへの参加、それに伴う移動、打合せ、移動の毎日で、顔を合わせるのはスマホかPCモニター越しだった。
シャウルさんやヴィンスさんの手も借りつつ、大きめの仕事は片付けたので、こうしてのんびりと過ごすための時間を確保することが出来た。
とはいえ、各所との調整や連絡はまだまだ残っているのだけれど。
俺が食事を作り、片付けは二人で、食後のお茶はリチャードが淹れる。というのが俺たちの間のルールになりつつある。今日もリチャードがお茶を淹れている間に俺はメールをいくつか送り、次の出張の飛行機やホテルの手配を済ませた。
「……忙しかったなぁ。バレンタインでもクリスマスでもないのに……」
「記念日は人の数だけありますからね。仕方のないことです」
ソファで並んで座りながら、リチャードと取り留めもない話をするこの時間が俺はとても好きだ。キャンディに戻ったのが夕方だったのでジローとサブローはまだ預けたままだが、いつもはジローは俺の、サブローはリチャードの足の上に乗って、撫でられて気持ち良さそうな顔をする二匹を見ては癒されるのだ。
それぞれの出張先で見た景色の話から、美味しいワインまで。その他にも移動途中で食べたサンドイッチが絶品だったと言うとリチャードが少し興味を示したので、今度出来るだけ再現して作ると約束をしたり。
それから、オーダーを受けていたジュエリーを届けに行った先で、それを目にしたときのお客様のキラキラした笑顔が見れたことも話す。
「……あれを見ると、『よし、これからも頑張るぞ!』って気持ちになるよ」
「ええ。その気持ちは私にもとてもよく分かります」
「おまえが俺の作ったプリンを食べてるのを見るときにも思ってたけど」
「……左様ですか。かくいう私も、あなたが出迎えて下さる時の笑顔に、同じく活力を頂いておりますが」
「さ、左様ですか」
「出迎えに限らず、毎朝の素晴らしい朝食を告げる歌声にも」
「わー! わー! わかったから!」
じわじわと沸き上がる恥ずかしさにリチャードの口を手で覆うようにすれば、小さく笑う息が手のひらに当たって余計に恥ずかしくなる。
リチャードはその容姿が美しいだけでなく、こぼす吐息までもが柔らかくて、優しくて、まるで春のそよ風のようだ。くすぐったくて、だけどこのままずっと触れていたかったが、これ以上はいろいろと……いろいろとまずい気がしたので慌てて手を引っ込める。
俺のそんな胸の裡など知らないだろうリチャードが壁の時計を見たのが視線の動きでわかった。今は夜の十時。普段の寝る時間にはまだ少し早いが出張続きで疲れた身体を休めなければならない。だけど、今日は妙に離れがたかった。
もう少し話していたい。明日も一緒に居られるとしても。
リチャードが立ち上がりそうな気配に、咄嗟に引き留めようとした俺の脳は、口よりも先に身体を動かすことを選択したらしい。気が付けば俺はリチャードの足の上に──リラックスする時のサブローの定位置である──頭を乗せていた。
「…………は?」
「……それを言いたいのは私の方ですが」
「うわ、わー! ごっ、ごめん! すぐよけっむぐ」
リチャードの上から急いでよけようとした頭が、逆に押し付けられる。今俺の頭の下にあるのは、柔らかくも程好く引き締まった、こいつが最近愛用している香水のラストノートが感じられる、間違いなく世界一高級で尊い枕──もとい、麗しの宝石商リチャード氏の足だ。
もっというと、俺の好きな人の足でもある。
「リ、リリリ、リチャード!?」
「鈴虫ですかあなたは。……離れて欲しくないのであれば、口で言いなさい」
「ぐっ。ご、ごめん。あの時みたいにお盆かなにか乗せれば良かったよな……。え、あれ、なんで俺が離れて欲しくないって思ったのわかったんだ……?」
リチャードが俺の頭を撫で始めたのに、俺も無駄な抵抗は諦めて強ばっていた身体を脱力させた。目を閉じると両頬にリチャードの体温が感じられる。まるで楽園の空にふわふわと浮かんでいるみたいだ。
「あなたの目と表情は雄弁だと以前伝えたことがありませんでしたか。まだ話し足りないのだと、顔を見ればすぐに分かりましたよ」
「……おまえには本当に全部お見通しなんだなぁ……その通りです」
「それに私も、あなたと過ごすこの時間をまだ続けたいと思っていましたから」
リチャードのその小さな声に、思わず目を開きその表情を確認してしまった。この角度でリチャードを見上げのはほぼ初めてだ。グレーが濃くなった青灰色の瞳が幸せそうに細められていて、息が止まりそうになる。
「……じゃあ、お互い様、だよな」
「ええ、お互い様です」
「明日もオフだし、寝坊しても……あっ、ジローたち迎えに行かなきゃだけど」
「あの子達も少しの間なら許してくれますよ」
さりさり、さり。俺の短い髪を飽きもせず梳き続ける音と静かな呼吸音だけが部屋に響いていた。まだ話をしたいと言ったのは俺なのに、こうしているだけで幸せで、言葉なんか要らないとすら思えた。
矛盾しているのに、その矛盾が嬉しい。
あまりの心地好さに眠ってしまいそうになるのを堪えるべく、なにか、何でもいいから会話をしなくてはと考えた末に、俺はさっきから気になっていたことを聞いてみることにした。
「……なぁ、リチャード……?」
「なんでしょう」
「おまえ、さぁ……いつも、ここに香水つけてるのか……?」
本当に無意識に、半分以上寝ている頭で太股に頬を擦り付けた俺に、直前まで機嫌良く髪と頭を撫でていた手をピタリと止めたリチャードは。
──そのまま勢い良く、頭を叩いて俺の眠気を吹き飛ばしてくれた。
「正義、お茶をどうぞ」
「お、サンキュー」
久し振りに口にするリチャードが淹れてくれたロイヤルミルクティーの味に、ほぅっと無意識に息が漏れた。
この一ヶ月間、俺たちは買い付け、商談、顧客先への訪問、オークションへの参加、それに伴う移動、打合せ、移動の毎日で、顔を合わせるのはスマホかPCモニター越しだった。
シャウルさんやヴィンスさんの手も借りつつ、大きめの仕事は片付けたので、こうしてのんびりと過ごすための時間を確保することが出来た。
とはいえ、各所との調整や連絡はまだまだ残っているのだけれど。
俺が食事を作り、片付けは二人で、食後のお茶はリチャードが淹れる。というのが俺たちの間のルールになりつつある。今日もリチャードがお茶を淹れている間に俺はメールをいくつか送り、次の出張の飛行機やホテルの手配を済ませた。
「……忙しかったなぁ。バレンタインでもクリスマスでもないのに……」
「記念日は人の数だけありますからね。仕方のないことです」
ソファで並んで座りながら、リチャードと取り留めもない話をするこの時間が俺はとても好きだ。キャンディに戻ったのが夕方だったのでジローとサブローはまだ預けたままだが、いつもはジローは俺の、サブローはリチャードの足の上に乗って、撫でられて気持ち良さそうな顔をする二匹を見ては癒されるのだ。
それぞれの出張先で見た景色の話から、美味しいワインまで。その他にも移動途中で食べたサンドイッチが絶品だったと言うとリチャードが少し興味を示したので、今度出来るだけ再現して作ると約束をしたり。
それから、オーダーを受けていたジュエリーを届けに行った先で、それを目にしたときのお客様のキラキラした笑顔が見れたことも話す。
「……あれを見ると、『よし、これからも頑張るぞ!』って気持ちになるよ」
「ええ。その気持ちは私にもとてもよく分かります」
「おまえが俺の作ったプリンを食べてるのを見るときにも思ってたけど」
「……左様ですか。かくいう私も、あなたが出迎えて下さる時の笑顔に、同じく活力を頂いておりますが」
「さ、左様ですか」
「出迎えに限らず、毎朝の素晴らしい朝食を告げる歌声にも」
「わー! わー! わかったから!」
じわじわと沸き上がる恥ずかしさにリチャードの口を手で覆うようにすれば、小さく笑う息が手のひらに当たって余計に恥ずかしくなる。
リチャードはその容姿が美しいだけでなく、こぼす吐息までもが柔らかくて、優しくて、まるで春のそよ風のようだ。くすぐったくて、だけどこのままずっと触れていたかったが、これ以上はいろいろと……いろいろとまずい気がしたので慌てて手を引っ込める。
俺のそんな胸の裡など知らないだろうリチャードが壁の時計を見たのが視線の動きでわかった。今は夜の十時。普段の寝る時間にはまだ少し早いが出張続きで疲れた身体を休めなければならない。だけど、今日は妙に離れがたかった。
もう少し話していたい。明日も一緒に居られるとしても。
リチャードが立ち上がりそうな気配に、咄嗟に引き留めようとした俺の脳は、口よりも先に身体を動かすことを選択したらしい。気が付けば俺はリチャードの足の上に──リラックスする時のサブローの定位置である──頭を乗せていた。
「…………は?」
「……それを言いたいのは私の方ですが」
「うわ、わー! ごっ、ごめん! すぐよけっむぐ」
リチャードの上から急いでよけようとした頭が、逆に押し付けられる。今俺の頭の下にあるのは、柔らかくも程好く引き締まった、こいつが最近愛用している香水のラストノートが感じられる、間違いなく世界一高級で尊い枕──もとい、麗しの宝石商リチャード氏の足だ。
もっというと、俺の好きな人の足でもある。
「リ、リリリ、リチャード!?」
「鈴虫ですかあなたは。……離れて欲しくないのであれば、口で言いなさい」
「ぐっ。ご、ごめん。あの時みたいにお盆かなにか乗せれば良かったよな……。え、あれ、なんで俺が離れて欲しくないって思ったのわかったんだ……?」
リチャードが俺の頭を撫で始めたのに、俺も無駄な抵抗は諦めて強ばっていた身体を脱力させた。目を閉じると両頬にリチャードの体温が感じられる。まるで楽園の空にふわふわと浮かんでいるみたいだ。
「あなたの目と表情は雄弁だと以前伝えたことがありませんでしたか。まだ話し足りないのだと、顔を見ればすぐに分かりましたよ」
「……おまえには本当に全部お見通しなんだなぁ……その通りです」
「それに私も、あなたと過ごすこの時間をまだ続けたいと思っていましたから」
リチャードのその小さな声に、思わず目を開きその表情を確認してしまった。この角度でリチャードを見上げのはほぼ初めてだ。グレーが濃くなった青灰色の瞳が幸せそうに細められていて、息が止まりそうになる。
「……じゃあ、お互い様、だよな」
「ええ、お互い様です」
「明日もオフだし、寝坊しても……あっ、ジローたち迎えに行かなきゃだけど」
「あの子達も少しの間なら許してくれますよ」
さりさり、さり。俺の短い髪を飽きもせず梳き続ける音と静かな呼吸音だけが部屋に響いていた。まだ話をしたいと言ったのは俺なのに、こうしているだけで幸せで、言葉なんか要らないとすら思えた。
矛盾しているのに、その矛盾が嬉しい。
あまりの心地好さに眠ってしまいそうになるのを堪えるべく、なにか、何でもいいから会話をしなくてはと考えた末に、俺はさっきから気になっていたことを聞いてみることにした。
「……なぁ、リチャード……?」
「なんでしょう」
「おまえ、さぁ……いつも、ここに香水つけてるのか……?」
本当に無意識に、半分以上寝ている頭で太股に頬を擦り付けた俺に、直前まで機嫌良く髪と頭を撫でていた手をピタリと止めたリチャードは。
──そのまま勢い良く、頭を叩いて俺の眠気を吹き飛ばしてくれた。
