レディ・バード
公開 2024/08/20 21:56
最終更新
2024/08/20 21:58
昨夜眠る前にU-NEXTでグレタ・ガーウィグの「レディ・バード」を観た。
偶々帰省後のタイミングで観てしまったおかげで刺さるところが多い。
(刺さるところが多すぎてワンシーンが長く感じた…新鮮な体験だった)
自分のいまいる環境から飛び出して刺激的な環境に生きたい、とは普遍的なものだろうなと思う。
母と子の描写が見につまされた。
母は仕事を持ち、社会的責任がある。子どもに対し無理解というわけでは無い。むしろ公平で理性的でありたいと、理想が高い故に、子どもの現在地点を受容できない。
母と子では時間の捉え方が違う。母にとって現在とは過去の経験から導かれるもの、または想像する未来からの逆算式だ。子にとって現在とは現在、過去も未来も関係しない、ただ純粋に存在するいまという時間である。
受容して欲しい子と受容できない母がいる。
でも救いはちゃんと描かれていた。
母が同じものを見て同じように感じて欲しい。とは子どもが世界を受け入れる(世界に受け入れられる)はじまりなのだな、と思う。
ぼくとしては「ドライブアウェイ・ドールズ」でキレキレの警官を演じていたビーニー・フェルドスタインが出ていたのが嬉しかった。好きな俳優が増えて嬉しい。
偶々帰省後のタイミングで観てしまったおかげで刺さるところが多い。
(刺さるところが多すぎてワンシーンが長く感じた…新鮮な体験だった)
自分のいまいる環境から飛び出して刺激的な環境に生きたい、とは普遍的なものだろうなと思う。
母と子の描写が見につまされた。
母は仕事を持ち、社会的責任がある。子どもに対し無理解というわけでは無い。むしろ公平で理性的でありたいと、理想が高い故に、子どもの現在地点を受容できない。
母と子では時間の捉え方が違う。母にとって現在とは過去の経験から導かれるもの、または想像する未来からの逆算式だ。子にとって現在とは現在、過去も未来も関係しない、ただ純粋に存在するいまという時間である。
受容して欲しい子と受容できない母がいる。
でも救いはちゃんと描かれていた。
母が同じものを見て同じように感じて欲しい。とは子どもが世界を受け入れる(世界に受け入れられる)はじまりなのだな、と思う。
ぼくとしては「ドライブアウェイ・ドールズ」でキレキレの警官を演じていたビーニー・フェルドスタインが出ていたのが嬉しかった。好きな俳優が増えて嬉しい。
