システム・クラッシャー
公開 2024/06/28 23:15
最終更新
2024/06/28 23:15
オラが街での最終上映だったので駆け込みで観てきた。「システムクラッシャー」、2019年のドイツ映画だ。
初上映は2020年の東京国際映画祭とのことで、今年正式に公開されて本当によかったと思う。
ベニーは暴力的な衝動を抑えられない9才の女の子だ。まだ9才。母親と離れて暮らしていて、福祉施設と病院を行ったり来たりしている。
端からみてああすべき、こうすべきとは誰もが考える事だろうと思う。ママに会いたい!ママ!ママ!と激しく叫んで暴れるベニーをみていたら、ケアされるべきは子どもはもちろん親もではないか、と考えてしまう。
母親は責任の生じる場面において全て及び腰だ。
重要な事は男親に決めて欲しいと思ってるタイプにみえた。女の子なんだから男の人には愛想良くね、女の子は自分の意見なんて持たない方が良いのよ、などの呪いをかけられ、そのまま成長したようにみえる。
映画はある種の典型を描いていて上手いなと思う。母親とベニーの幼いきょうだい達が暮らす部屋に母親の恋人がやって来るのだが、この恋人というのが支配的で、つまり幼稚なんである。うわまたでかい赤ん坊が来よったで!と唸ってしまう。ベニーに烈しいトラウマを与えたベニーの父親も同じタイプだったのだろう。強い男性を求めてでかい赤ん坊を引き寄せてしまう母親の認知を正すケアを…どうか…と祈るように観てしまう。
だから、非暴力トレーナーの男性であるミヒャが申し出た森で過ごす三週間は、本当は母親とベニーが経験すれば良いのだと思った。電気も水道もない環境で、二人きりで「生活」する体験が必要なのはベニーと母親ではないかと。
森の生活のあと、当然ベニーはミヒャに転移の感情を抱く。ミヒャはそれを察知し、深入りしたことを反省するのだ。この場面は観ていて辛く感じた。
ママが手に入らない事に気づき始めて、「わたしだけの」存在を求めて彷徨うベニーを助けようとするのは、皆その仕事をするひとたちだ。皆仕事だ。それでお金を得ている。
仕事である以上不可侵のプライベートがあり、そこに踏み込んで来るベニーをどうすればいいのか。
映画を観終わって何とも気持ちの置きどころがなく、河合隼雄さんの対談を読み返した。心理療法の仕事をしていて(問題を抱えた)クライアントから「先生と寝たらわたしの病気は治る」と言われた。それに対し、「あなたの言ってることは正しい、そのとおりだろうけど、でも人間は正しいことばかりして生きておられない。ぼくは残念ながらその正しいことができない」と言う。
だから人間としてできるよい方法を考え出して行こうと。
ぼくにとっては、河合隼雄さんの「治るばかりが能じゃない、生きる事が大事だ」という言葉が救いになっている。
初上映は2020年の東京国際映画祭とのことで、今年正式に公開されて本当によかったと思う。
ベニーは暴力的な衝動を抑えられない9才の女の子だ。まだ9才。母親と離れて暮らしていて、福祉施設と病院を行ったり来たりしている。
端からみてああすべき、こうすべきとは誰もが考える事だろうと思う。ママに会いたい!ママ!ママ!と激しく叫んで暴れるベニーをみていたら、ケアされるべきは子どもはもちろん親もではないか、と考えてしまう。
母親は責任の生じる場面において全て及び腰だ。
重要な事は男親に決めて欲しいと思ってるタイプにみえた。女の子なんだから男の人には愛想良くね、女の子は自分の意見なんて持たない方が良いのよ、などの呪いをかけられ、そのまま成長したようにみえる。
映画はある種の典型を描いていて上手いなと思う。母親とベニーの幼いきょうだい達が暮らす部屋に母親の恋人がやって来るのだが、この恋人というのが支配的で、つまり幼稚なんである。うわまたでかい赤ん坊が来よったで!と唸ってしまう。ベニーに烈しいトラウマを与えたベニーの父親も同じタイプだったのだろう。強い男性を求めてでかい赤ん坊を引き寄せてしまう母親の認知を正すケアを…どうか…と祈るように観てしまう。
だから、非暴力トレーナーの男性であるミヒャが申し出た森で過ごす三週間は、本当は母親とベニーが経験すれば良いのだと思った。電気も水道もない環境で、二人きりで「生活」する体験が必要なのはベニーと母親ではないかと。
森の生活のあと、当然ベニーはミヒャに転移の感情を抱く。ミヒャはそれを察知し、深入りしたことを反省するのだ。この場面は観ていて辛く感じた。
ママが手に入らない事に気づき始めて、「わたしだけの」存在を求めて彷徨うベニーを助けようとするのは、皆その仕事をするひとたちだ。皆仕事だ。それでお金を得ている。
仕事である以上不可侵のプライベートがあり、そこに踏み込んで来るベニーをどうすればいいのか。
映画を観終わって何とも気持ちの置きどころがなく、河合隼雄さんの対談を読み返した。心理療法の仕事をしていて(問題を抱えた)クライアントから「先生と寝たらわたしの病気は治る」と言われた。それに対し、「あなたの言ってることは正しい、そのとおりだろうけど、でも人間は正しいことばかりして生きておられない。ぼくは残念ながらその正しいことができない」と言う。
だから人間としてできるよい方法を考え出して行こうと。
ぼくにとっては、河合隼雄さんの「治るばかりが能じゃない、生きる事が大事だ」という言葉が救いになっている。
