懐かしいボタン
公開 2024/02/21 22:29
最終更新
2024/02/22 10:37
小学生の頃どんな遊びをしていたか、と子どもに聞かれて(学校の宿題だ)、友だちと外でばかり遊んでたよ。そのころ肘も膝も擦り傷だらけだったと言うと子どもはえー…と引いていた。
活発になったのは引っ越した先で友だちが出来たからで、それ以前はひとりで空想遊びばかりしていた気がする。
姉の雛人形が飾られるのは毎年楽しみだった。ひな壇に飾られた蜜柑?の木や弓矢を持った人形、面白い顔の三人組などはぼくがさわっても何も言われなかったので、ぼくの家(と呼んでいたテーブルの下)に招いて遊んだ。
服の仕立てをしていた母の仕事場にはたくさんのボタンが箱に入っていて、それを開けて眺めるのも好きだった。
剥げたり欠けたりして使わないボタンをあげると言われてもあまりピンと来ず、紙に縫いとめてあるたくさんのボタンを見るのが好きだった。

そういう事をつらつらと思い出して、あまったタルトの生地とチョコレートでボタンを作った。m&mを使ったり楽しかった。
チョコレートはボタンの型に流して固める。
母は一貫して自分と同じか少し上の世代のひとへの服を作った。歳とともに華やかな素材は手放した。亡くなった後整理のために入ったミシン部屋には、記憶にあるキラキラしたボタンは無かった。
子どもの服はいつでも窮屈だったが、おとなの服は着心地が良かったらしい。
母の葬儀のときそう言ってくれた方がいた。
活発になったのは引っ越した先で友だちが出来たからで、それ以前はひとりで空想遊びばかりしていた気がする。
姉の雛人形が飾られるのは毎年楽しみだった。ひな壇に飾られた蜜柑?の木や弓矢を持った人形、面白い顔の三人組などはぼくがさわっても何も言われなかったので、ぼくの家(と呼んでいたテーブルの下)に招いて遊んだ。
服の仕立てをしていた母の仕事場にはたくさんのボタンが箱に入っていて、それを開けて眺めるのも好きだった。
剥げたり欠けたりして使わないボタンをあげると言われてもあまりピンと来ず、紙に縫いとめてあるたくさんのボタンを見るのが好きだった。

そういう事をつらつらと思い出して、あまったタルトの生地とチョコレートでボタンを作った。m&mを使ったり楽しかった。
チョコレートはボタンの型に流して固める。
母は一貫して自分と同じか少し上の世代のひとへの服を作った。歳とともに華やかな素材は手放した。亡くなった後整理のために入ったミシン部屋には、記憶にあるキラキラしたボタンは無かった。
子どもの服はいつでも窮屈だったが、おとなの服は着心地が良かったらしい。
母の葬儀のときそう言ってくれた方がいた。
