とりとめなく考えた事
公開 2025/02/11 22:19
最終更新
2025/02/11 23:01
「仮面」の中の劇がエレクトラであったことはエディプス(コンプレックス)の性において対称をなすものだったからだろうか。
二人の女性の対話(厳密には一方は失語してるけど)とは監督が男性である事からその内部の深い部分で起きてることだろう。
母を殺さねばならない娘。を演じる最中に声が出なくなった、とは興味深い。どんな風にも解釈できる広がりがある。母性の欠落。殺さねばならない母の不在。母性幻想への畏怖。直視したくない何か?
そもそも映画とは不在を描くものだったなと思い出す。父の不在。母の不在。
母性は実存として描かれない。アルマの私は子どもを作るわ、とは観念的な声明だ。ただの言葉。仮面とは言葉でつくられる。
父も無く母も無い己の深淵に気づいたとしても、日常とは鈍く堅固で強かな一面であり、適した仮面をつけ(換え)続ける事で営んでいけるのだ、とこれもまた真理だろうと思う。
二人の女性の対話(厳密には一方は失語してるけど)とは監督が男性である事からその内部の深い部分で起きてることだろう。
母を殺さねばならない娘。を演じる最中に声が出なくなった、とは興味深い。どんな風にも解釈できる広がりがある。母性の欠落。殺さねばならない母の不在。母性幻想への畏怖。直視したくない何か?
そもそも映画とは不在を描くものだったなと思い出す。父の不在。母の不在。
母性は実存として描かれない。アルマの私は子どもを作るわ、とは観念的な声明だ。ただの言葉。仮面とは言葉でつくられる。
父も無く母も無い己の深淵に気づいたとしても、日常とは鈍く堅固で強かな一面であり、適した仮面をつけ(換え)続ける事で営んでいけるのだ、とこれもまた真理だろうと思う。
