Pinky swear
公開 2023/09/24 17:16
最終更新
-
※タンザ期
仕事に向かうためにリチャードが出ていったあとの部屋は、酷く静かだ。
ルームサービスを頼んでおいたと言っていたから、あと少ししたらスタッフの人が朝食を運んできてくれるのだろう。最近また食欲の落ちた俺のことを考えて消化のいい、スープか何かを。
柔らかい日差しが差し込む高級ホテルのスイートルーム。そのソファの上で、俺はじっと自分の右手の小指を見ていた。
◇ ◇ ◇
「では正義、次は明日の夜に伺います」
「……リチャード、あのな、無理しなくても」
「ノン。それ以上は聞けません。私は無理をしているわけではありませんし、あなたに会えるのが嬉しいし、楽しいのです。それに私のことを心配するのであれば、その顔色をもう少し明るくしてから言うべきですね」
「う。……心配かけてごめん」
「謝罪はいりません。今のは少し、意地悪を言ってしまいました」
リチャードは全身鏡でさっと身嗜みを確認してから、正面で俺と向き合った。無言で見てくるのが不思議だったけれど、ふと気付いて思わず笑いが零れる。
「うん、大丈夫。いつも通りどこから見ても一番綺麗なリチャードだ。……心配してくれてありがとう、リチャード。明日の夜に会えるのを楽しみにしてる」
「グッフォーユー。ありがとうございます、正義。私も楽しみにしています」
横に置いていたキャリーケースに手を掛け、そのまま出ていく──かと思われたリチャードだったが、何かを思い出したように振り向いて、スッと右手を差し出した。正確には、右手の小指を。
「……えっと?」
「正義、約束をしましょう」
「指切りってことか? 海外にもその文化あるんだな」
「英語圏では『小指の誓約』などと呼ばれています。明日、あなたに会いに来ることを約束しておこうかと思いまして」
さあ、と突き出してくる小指に、今度こそ笑いながら俺も自分の右手の小指を絡めた。リチャードの少し冷たい指がきゅっと絡んでくるのがこそばゆい。
「そんな約束しなくても疑ってないよ……じゃあ、俺も約束する。リチャードが来てくれた時は、今よりも、もう少し元気な顔で出迎えるよ」
「……そういうつもりではありません。無理をする必要は」
「無理じゃない。俺は大丈夫だって信じてくれてるだろ、リチャード」
少し強張った指が、俺が震えているわけではないことを証明してくれる。目を真っ直ぐに見つめられて、見惚れながらもこの約束は嘘じゃないと、どうにか視線で訴えた。
「……わかりました。約束です」
「うん、約束。嘘ついたら針千本飲むか?」
「あなたのプリンを好きなだけ食べれる権利を頂きたいですね」
「そんなの、お前にならいつだってあげるよ」
リチャードの願いごとはいつだってささやかだなぁと考えている間に、もう一度だけ強く絡んだ小指が離れていった。指に残る感触と体温に思わず左手で握っていると、リチャードはふわりと笑って頭を撫でてくれた。
「では正義。……また、明日」
「うん。気を付けてな、リチャード。また、明日」
──そうして今度こそ、麗しのリチャードの姿はドアの向こうに消えた。
◇ ◇ ◇
もうリチャードの体温は消えてしまったというのに、どこかじんわりとした温もりを感じてしまう。交わしたのは人からすればなんてことのない、些細な口約束だ。それでも、こうして離れたあとでも、思い出すだけで幸せになれる、俺とリチャードだけの約束。
「……頑張ろう」
ちゃんと食べて、ちゃんと眠って。最近手付かずのままになっていた課題図書を読むのもいいだろう。俺にやれることはまだまだたくさんあるのだから。
よし、と顔を上げたタイミングで、ルームサービスを知らせるベルが鳴った。
仕事に向かうためにリチャードが出ていったあとの部屋は、酷く静かだ。
ルームサービスを頼んでおいたと言っていたから、あと少ししたらスタッフの人が朝食を運んできてくれるのだろう。最近また食欲の落ちた俺のことを考えて消化のいい、スープか何かを。
柔らかい日差しが差し込む高級ホテルのスイートルーム。そのソファの上で、俺はじっと自分の右手の小指を見ていた。
◇ ◇ ◇
「では正義、次は明日の夜に伺います」
「……リチャード、あのな、無理しなくても」
「ノン。それ以上は聞けません。私は無理をしているわけではありませんし、あなたに会えるのが嬉しいし、楽しいのです。それに私のことを心配するのであれば、その顔色をもう少し明るくしてから言うべきですね」
「う。……心配かけてごめん」
「謝罪はいりません。今のは少し、意地悪を言ってしまいました」
リチャードは全身鏡でさっと身嗜みを確認してから、正面で俺と向き合った。無言で見てくるのが不思議だったけれど、ふと気付いて思わず笑いが零れる。
「うん、大丈夫。いつも通りどこから見ても一番綺麗なリチャードだ。……心配してくれてありがとう、リチャード。明日の夜に会えるのを楽しみにしてる」
「グッフォーユー。ありがとうございます、正義。私も楽しみにしています」
横に置いていたキャリーケースに手を掛け、そのまま出ていく──かと思われたリチャードだったが、何かを思い出したように振り向いて、スッと右手を差し出した。正確には、右手の小指を。
「……えっと?」
「正義、約束をしましょう」
「指切りってことか? 海外にもその文化あるんだな」
「英語圏では『小指の誓約』などと呼ばれています。明日、あなたに会いに来ることを約束しておこうかと思いまして」
さあ、と突き出してくる小指に、今度こそ笑いながら俺も自分の右手の小指を絡めた。リチャードの少し冷たい指がきゅっと絡んでくるのがこそばゆい。
「そんな約束しなくても疑ってないよ……じゃあ、俺も約束する。リチャードが来てくれた時は、今よりも、もう少し元気な顔で出迎えるよ」
「……そういうつもりではありません。無理をする必要は」
「無理じゃない。俺は大丈夫だって信じてくれてるだろ、リチャード」
少し強張った指が、俺が震えているわけではないことを証明してくれる。目を真っ直ぐに見つめられて、見惚れながらもこの約束は嘘じゃないと、どうにか視線で訴えた。
「……わかりました。約束です」
「うん、約束。嘘ついたら針千本飲むか?」
「あなたのプリンを好きなだけ食べれる権利を頂きたいですね」
「そんなの、お前にならいつだってあげるよ」
リチャードの願いごとはいつだってささやかだなぁと考えている間に、もう一度だけ強く絡んだ小指が離れていった。指に残る感触と体温に思わず左手で握っていると、リチャードはふわりと笑って頭を撫でてくれた。
「では正義。……また、明日」
「うん。気を付けてな、リチャード。また、明日」
──そうして今度こそ、麗しのリチャードの姿はドアの向こうに消えた。
◇ ◇ ◇
もうリチャードの体温は消えてしまったというのに、どこかじんわりとした温もりを感じてしまう。交わしたのは人からすればなんてことのない、些細な口約束だ。それでも、こうして離れたあとでも、思い出すだけで幸せになれる、俺とリチャードだけの約束。
「……頑張ろう」
ちゃんと食べて、ちゃんと眠って。最近手付かずのままになっていた課題図書を読むのもいいだろう。俺にやれることはまだまだたくさんあるのだから。
よし、と顔を上げたタイミングで、ルームサービスを知らせるベルが鳴った。
