飼い犬の躾
公開 2023/09/24 13:21
最終更新
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※いつものバク山です
執務室の扉が開かれると同時に、私の飼い犬の恨みがましい声が聞こえた。
「せんせーも、やっぱりああいう若い子のほうが好きなんですか!」
「は?」
頼んでおいたお使いから帰って来た山田さんが藪から棒にそんなことを言い出したので、思わず読んでいた本から目を離してしまう。
私の足元の床にどかりと座り込んだ山田さんはちょっとだけ不貞腐れたように頬を膨らませて、だけど視線は逸らしている。
いつもは私がやめろというまで真っ直ぐに私の顔を見つめてくるというのに。態度にすぐ現れてしまうこの愚直さを、私は存外気に入っている。
「何がそんなに悔しいのです」
「……悔しくなんかないもん」
「あなたがそうやって、小さな子供のように頬を膨らませているのは悔しいときでしょう? 私が頼んだお使い先で何かありましたか」
「……そっちは何もなかったけど、でも先生が」
「私がどうかしましたか」
「さっき事務所の外で、若い女の子と楽しそうに笑ってるとこが見えたから」
「…………?」
「十分前、コンビニのとこ」
「…………あぁ、あなたより背の低いあの女性」
「女の人は大体俺より背ぇ低いよ先生……」
少し笑ったことで気持ちも浮き上がったのか、ようやくおずおずと私を見上げた山田さんの顎を猫を相手にするように指先で撫でてやる。途端に嬉しそうな顔をして私の足へ凭れてくるのだから、本当に私のペットは現金なものだ。
「山田さんは私が知らない誰かと談笑した程度で嫉妬するのですか」
「んー……だってあんな風に先生が笑いかけるの珍しいから、本当はああいう小柄で若くて細くて可愛い感じのがタイプなのかなって」
「私は女性に対して常に紳士的に振る舞うことを心掛けております。ましてや乳幼児を抱えた方であれば尚更でしょう」
「……ん?」
「あなたから見えなかったのかもしれませんが、私はただ彼女が落とした荷物を渡しただけです。楽しそうに談笑したつもりはありませんが?」
「……ほんとに?」
「嘘はつかないと知っているでしょう。まったく早合点をするなと何度いえば分かる」
「そっかぁ……んふ、そっかぁ!」
今泣いた烏がもう笑う。ふくふくと笑っていた山田さんだが、まだ何かが気になっているらしくねぇ先生、と私の足に頬を乗せながら上目遣いで問い掛けてくる。
「でもさぁ、やっぱり先生も若い子のほうが好きだったりしないんですかぁ」
「まだ言いますか。しつこいですね」
「んー、ただ確認しておきたいだけですよぉ」
「ここでもし私が『そうだ』と言ったらあなたはどうするのです」
「え、うーん……どうしましょう?」
「……考えてから喋りなさい。まったく」
「えへへ」
まったく反省の色の見えないバカな仔犬の髪をわしわしとかき混ぜれば、指の間を柔らかい毛が跳ねていく。
整えて、崩して、を繰り返して手触りを楽しみながら、質問に答えてやることにした。
「好きですよ」
「へ?」
「好きですよ、あなたの言うとおり、若い子が」
「……へっ!?」
夢うつつに私の手を甘受していた山田さんは、私の返答に軽く顔を青ざめさせて飛び起きた。
「ところで山田さん、いくつになりましたか」
「えっ、あー……えっと、二十五歳、です」
「左様でしたね。あなたと初めて会ったあの日が懐かしい」
「そ、そーですね……えっと先生、俺」
「それから私の年齢を覚えていますか」
「……は? はぁ、先生は俺より八つ上だから、今年で三十三歳、ですよね」
「グッボーイ。よく出来ました。さて、お分かりですね山田さん」
「……え、何が?」
「あなたは私より八つも年下なのだから、つまり私より『若い子』です。年齢差だけは変えようがありません。永遠に、あなたは、私の、年下」
困惑した顔の山田さんに、わざと一言ずつ声を区切りながら伝えれば、じわじわと表情が滲んで口角が上がっていくのが見て分かる。
「……っ先生! それって、先生はこれから先もずーっと俺のこと大好きってことですよね!」
「まあ嫌いではありませんよ。あなたの、馬鹿で阿呆で迂闊で粗忽なところは可愛らしくもある」
「はい! 俺先生のためにも、これからも一段と馬鹿で阿呆で迂闊で粗忽な山田でいます!」
「そこは改善しろ、この馬鹿者」
「先生が俺のこと、可愛くて可愛くて手離したくないって思ってくれるまで、バクスチャー先生のためだけに全身全霊で尽くします!」
「……はぁ、まあ好きになさい。ただしあなたは目を離すとすぐに厄介事を引き起こしますので」
「うっ、す、すみません」
「だから私の手と目と声の届く範囲からは出ないように。分かりましたね、山田さん」
「……手の届く範囲だと、俺ずっと先生の身体に引っ付いてなきゃいけないですか?」
「おや、それならばあなたには首輪とリードでも着けさせましょうか? 飼い犬らしく飼い主から勝手に離れないように」
指の背で首筋を下からふわりと撫でてやると、それに合わせたように、山田さんの身体が小さく震えたのが触れた箇所から伝わってくる。
身体の震えに自然と軽く開いていた山田さんの唇にそのまま指先を滑らせれば、ぽってりとした二枚貝で挟まれ、れろりと爪の縁を舐められる。
「ああ、そういえばまだあなたにお使いを上手に出来たご褒美をあげていませんでしたね。どんなものがいいですか」
「……じゃあここで、先生の、飲んでもいい?」
「グッボーイ。上手に飲めたら、追加でご褒美をあげましょう。さっきから揺れている腰の、その奥にある場所に」
「……! はぁい、俺、頑張りますねぇ?」
うっとりと目を潤ませながら私のベルトに手を掛けた、馬鹿で阿呆で迂闊で粗忽な欲深い可愛い私の仔犬が、今日はどんな風に楽しませてくれるのか期待しながら。
咥えられる前に、と噛み付くようなキスをした。
執務室の扉が開かれると同時に、私の飼い犬の恨みがましい声が聞こえた。
「せんせーも、やっぱりああいう若い子のほうが好きなんですか!」
「は?」
頼んでおいたお使いから帰って来た山田さんが藪から棒にそんなことを言い出したので、思わず読んでいた本から目を離してしまう。
私の足元の床にどかりと座り込んだ山田さんはちょっとだけ不貞腐れたように頬を膨らませて、だけど視線は逸らしている。
いつもは私がやめろというまで真っ直ぐに私の顔を見つめてくるというのに。態度にすぐ現れてしまうこの愚直さを、私は存外気に入っている。
「何がそんなに悔しいのです」
「……悔しくなんかないもん」
「あなたがそうやって、小さな子供のように頬を膨らませているのは悔しいときでしょう? 私が頼んだお使い先で何かありましたか」
「……そっちは何もなかったけど、でも先生が」
「私がどうかしましたか」
「さっき事務所の外で、若い女の子と楽しそうに笑ってるとこが見えたから」
「…………?」
「十分前、コンビニのとこ」
「…………あぁ、あなたより背の低いあの女性」
「女の人は大体俺より背ぇ低いよ先生……」
少し笑ったことで気持ちも浮き上がったのか、ようやくおずおずと私を見上げた山田さんの顎を猫を相手にするように指先で撫でてやる。途端に嬉しそうな顔をして私の足へ凭れてくるのだから、本当に私のペットは現金なものだ。
「山田さんは私が知らない誰かと談笑した程度で嫉妬するのですか」
「んー……だってあんな風に先生が笑いかけるの珍しいから、本当はああいう小柄で若くて細くて可愛い感じのがタイプなのかなって」
「私は女性に対して常に紳士的に振る舞うことを心掛けております。ましてや乳幼児を抱えた方であれば尚更でしょう」
「……ん?」
「あなたから見えなかったのかもしれませんが、私はただ彼女が落とした荷物を渡しただけです。楽しそうに談笑したつもりはありませんが?」
「……ほんとに?」
「嘘はつかないと知っているでしょう。まったく早合点をするなと何度いえば分かる」
「そっかぁ……んふ、そっかぁ!」
今泣いた烏がもう笑う。ふくふくと笑っていた山田さんだが、まだ何かが気になっているらしくねぇ先生、と私の足に頬を乗せながら上目遣いで問い掛けてくる。
「でもさぁ、やっぱり先生も若い子のほうが好きだったりしないんですかぁ」
「まだ言いますか。しつこいですね」
「んー、ただ確認しておきたいだけですよぉ」
「ここでもし私が『そうだ』と言ったらあなたはどうするのです」
「え、うーん……どうしましょう?」
「……考えてから喋りなさい。まったく」
「えへへ」
まったく反省の色の見えないバカな仔犬の髪をわしわしとかき混ぜれば、指の間を柔らかい毛が跳ねていく。
整えて、崩して、を繰り返して手触りを楽しみながら、質問に答えてやることにした。
「好きですよ」
「へ?」
「好きですよ、あなたの言うとおり、若い子が」
「……へっ!?」
夢うつつに私の手を甘受していた山田さんは、私の返答に軽く顔を青ざめさせて飛び起きた。
「ところで山田さん、いくつになりましたか」
「えっ、あー……えっと、二十五歳、です」
「左様でしたね。あなたと初めて会ったあの日が懐かしい」
「そ、そーですね……えっと先生、俺」
「それから私の年齢を覚えていますか」
「……は? はぁ、先生は俺より八つ上だから、今年で三十三歳、ですよね」
「グッボーイ。よく出来ました。さて、お分かりですね山田さん」
「……え、何が?」
「あなたは私より八つも年下なのだから、つまり私より『若い子』です。年齢差だけは変えようがありません。永遠に、あなたは、私の、年下」
困惑した顔の山田さんに、わざと一言ずつ声を区切りながら伝えれば、じわじわと表情が滲んで口角が上がっていくのが見て分かる。
「……っ先生! それって、先生はこれから先もずーっと俺のこと大好きってことですよね!」
「まあ嫌いではありませんよ。あなたの、馬鹿で阿呆で迂闊で粗忽なところは可愛らしくもある」
「はい! 俺先生のためにも、これからも一段と馬鹿で阿呆で迂闊で粗忽な山田でいます!」
「そこは改善しろ、この馬鹿者」
「先生が俺のこと、可愛くて可愛くて手離したくないって思ってくれるまで、バクスチャー先生のためだけに全身全霊で尽くします!」
「……はぁ、まあ好きになさい。ただしあなたは目を離すとすぐに厄介事を引き起こしますので」
「うっ、す、すみません」
「だから私の手と目と声の届く範囲からは出ないように。分かりましたね、山田さん」
「……手の届く範囲だと、俺ずっと先生の身体に引っ付いてなきゃいけないですか?」
「おや、それならばあなたには首輪とリードでも着けさせましょうか? 飼い犬らしく飼い主から勝手に離れないように」
指の背で首筋を下からふわりと撫でてやると、それに合わせたように、山田さんの身体が小さく震えたのが触れた箇所から伝わってくる。
身体の震えに自然と軽く開いていた山田さんの唇にそのまま指先を滑らせれば、ぽってりとした二枚貝で挟まれ、れろりと爪の縁を舐められる。
「ああ、そういえばまだあなたにお使いを上手に出来たご褒美をあげていませんでしたね。どんなものがいいですか」
「……じゃあここで、先生の、飲んでもいい?」
「グッボーイ。上手に飲めたら、追加でご褒美をあげましょう。さっきから揺れている腰の、その奥にある場所に」
「……! はぁい、俺、頑張りますねぇ?」
うっとりと目を潤ませながら私のベルトに手を掛けた、馬鹿で阿呆で迂闊で粗忽な欲深い可愛い私の仔犬が、今日はどんな風に楽しませてくれるのか期待しながら。
咥えられる前に、と噛み付くようなキスをした。
