のこしたりしないから
公開 2023/09/24 11:56
最終更新
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※バクな山田さん=バク山
夜が来ると、山田さんの頭には小さな黒い耳が生える。
「…………パンダですか?」
「ちがいますよぉ、先生。バクですバク。わるーい夢を食べちゃうアイツです」
先生の見る悪い夢、全部おれが食べちゃおうって思って。ニコニコと笑いながらそんなことを言う山田さんの姿こそが一種の悪夢だと告げたら、どんな表情を浮かべるのだろう。
そう思いながらも「左様ですか、では悪夢を見たらお願いしましょう」などとあしらい、いつも通り山田さんを抱き締めて眠った。胸に抱えた頭の上で、ぴこぴこと動く耳を感じながら。
朝になると耳は消えていた。
いつからバクだったのですか、という問い掛けに「バクってなに?」ときょとんとしていたから、夜の――バクの耳が生えている間の記憶はないのかもしれない。
その日の夜も、次の日の夜も山田さんは耳を生やしてはニコニコと笑って告げた。
「先生の見る悪い夢、全部おれが食べちゃいますよ」
☆ ☆ ☆
いつもの文言のあとにぐぅ、と腹の虫が鳴いた音がしたのは1週間目のことだ。
「山田さん、お腹が空いているのですか。夕飯はしっかり召し上がっていたと思いますが」
「鳴ったのはお腹だけど、これは別の空腹です」
「別の空腹?」
「……先生の悪夢を食べてないから、おなかが空いてるんです」
「それはそれは……大変申し訳ありません」
「先生はおれに夢を食べられるのが嫌? だから悪夢を見てないの? ちょっと前までは、たくさん、たくさん悪夢を見てたのに」
「それは」
それはあなたが、私の言いつけを守らず命を危険に晒したからだ。思わず強く詰りそうになるのをぐっと堪える。
1ヶ月半程前、山田さんを伴って買い物に出掛けた時のことだ。帰り道で敵対組織から急襲された際に山田さんは私を庇って鎖骨の辺りと腹に銃弾を受けた。すぐに救援が到着し治療が行われたものの出血が酷く、意識が戻るまでの2週間は私にとって地獄に等しいものだった。
出来る限り仕事を減らし、山田さんの眠るベッド横にほぼ付きっきりで様子を見ていた。若干浅い呼吸を小まめに確認し、手を握り締めながら短い睡眠を取った。
見る夢はすべて悪夢で、赤いシャツを錆び色に変えながらも私の腕の中で微笑んで息絶える姿、手術室の中で冷たくなっている姿、自宅で食事をしていると思えば突然血を吐いて倒れる姿など多岐に渡った。夢から覚めるたび、震える指先で呼吸と脈を確認し、山田さんが生きていることを実感した。
意識が戻り退院したあとは自室のキングサイズのベッドに困惑する山田さんを引きずり込み抱きかかえて眠るようになったのだが――
「バクになった原因は私、ということですか」
「……わかんない。おれに分かるのは先生が辛そうだってことだけ。だからその辛いの、おれが全部……全部引き受けるよ」
「その必要はありませんよ、山田さん。私の悪夢は私が負うべきものです。それにあなたが傍に居てくれるのであれば、私はもう悪夢を見ないでしょう」
「……おれ、もういらない?」
「何故そうなるのです。逆ですよ。あなたはここに居なくてはならない」
「でも、夢を食べなきゃおなかが減ったままなんです」
「……では別の方法でお腹を満たしてみましょうか」
横向きで向かい合っていた山田さんの腰に両手を回し、ぐっと抱き寄せる。そのまま片手を下に滑らせて、寝間着代わりのハーフパンツの上から臀部、そして奥の窄まりに指を走らせればさっと顔が紅く色付いた。
「こちらで、味わっていただくしかありませんね。ここまで酷い空腹にさせてしまった分はもちろん満足させて差し上げるつもりですが」
いかがですか、と鼻の頭がぶつかる距離で目を合わせながら尋ねれば、トロリとした琥珀が瞬いた。
「……おなかいっぱい、いっぱい食べさせて、せんせぇ」
夜が来ると、山田さんの頭には小さな黒い耳が生える。
「…………パンダですか?」
「ちがいますよぉ、先生。バクですバク。わるーい夢を食べちゃうアイツです」
先生の見る悪い夢、全部おれが食べちゃおうって思って。ニコニコと笑いながらそんなことを言う山田さんの姿こそが一種の悪夢だと告げたら、どんな表情を浮かべるのだろう。
そう思いながらも「左様ですか、では悪夢を見たらお願いしましょう」などとあしらい、いつも通り山田さんを抱き締めて眠った。胸に抱えた頭の上で、ぴこぴこと動く耳を感じながら。
朝になると耳は消えていた。
いつからバクだったのですか、という問い掛けに「バクってなに?」ときょとんとしていたから、夜の――バクの耳が生えている間の記憶はないのかもしれない。
その日の夜も、次の日の夜も山田さんは耳を生やしてはニコニコと笑って告げた。
「先生の見る悪い夢、全部おれが食べちゃいますよ」
☆ ☆ ☆
いつもの文言のあとにぐぅ、と腹の虫が鳴いた音がしたのは1週間目のことだ。
「山田さん、お腹が空いているのですか。夕飯はしっかり召し上がっていたと思いますが」
「鳴ったのはお腹だけど、これは別の空腹です」
「別の空腹?」
「……先生の悪夢を食べてないから、おなかが空いてるんです」
「それはそれは……大変申し訳ありません」
「先生はおれに夢を食べられるのが嫌? だから悪夢を見てないの? ちょっと前までは、たくさん、たくさん悪夢を見てたのに」
「それは」
それはあなたが、私の言いつけを守らず命を危険に晒したからだ。思わず強く詰りそうになるのをぐっと堪える。
1ヶ月半程前、山田さんを伴って買い物に出掛けた時のことだ。帰り道で敵対組織から急襲された際に山田さんは私を庇って鎖骨の辺りと腹に銃弾を受けた。すぐに救援が到着し治療が行われたものの出血が酷く、意識が戻るまでの2週間は私にとって地獄に等しいものだった。
出来る限り仕事を減らし、山田さんの眠るベッド横にほぼ付きっきりで様子を見ていた。若干浅い呼吸を小まめに確認し、手を握り締めながら短い睡眠を取った。
見る夢はすべて悪夢で、赤いシャツを錆び色に変えながらも私の腕の中で微笑んで息絶える姿、手術室の中で冷たくなっている姿、自宅で食事をしていると思えば突然血を吐いて倒れる姿など多岐に渡った。夢から覚めるたび、震える指先で呼吸と脈を確認し、山田さんが生きていることを実感した。
意識が戻り退院したあとは自室のキングサイズのベッドに困惑する山田さんを引きずり込み抱きかかえて眠るようになったのだが――
「バクになった原因は私、ということですか」
「……わかんない。おれに分かるのは先生が辛そうだってことだけ。だからその辛いの、おれが全部……全部引き受けるよ」
「その必要はありませんよ、山田さん。私の悪夢は私が負うべきものです。それにあなたが傍に居てくれるのであれば、私はもう悪夢を見ないでしょう」
「……おれ、もういらない?」
「何故そうなるのです。逆ですよ。あなたはここに居なくてはならない」
「でも、夢を食べなきゃおなかが減ったままなんです」
「……では別の方法でお腹を満たしてみましょうか」
横向きで向かい合っていた山田さんの腰に両手を回し、ぐっと抱き寄せる。そのまま片手を下に滑らせて、寝間着代わりのハーフパンツの上から臀部、そして奥の窄まりに指を走らせればさっと顔が紅く色付いた。
「こちらで、味わっていただくしかありませんね。ここまで酷い空腹にさせてしまった分はもちろん満足させて差し上げるつもりですが」
いかがですか、と鼻の頭がぶつかる距離で目を合わせながら尋ねれば、トロリとした琥珀が瞬いた。
「……おなかいっぱい、いっぱい食べさせて、せんせぇ」
