キススルスキル
公開 2023/09/24 00:29
最終更新
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お上手? #
「ねぇねぇ正義」
「んー?」
「リチャードさんてやっぱり上手いの?」
「上手い……て何が?」
「キス」
「キッ………!?」
「先生はめちゃくちゃ上手いよぉ」
「キス、してるのか……」
「? するでしょそりゃ」
「いや、俺とリチャードはそういう仲じゃないし……」
「本当に?」
「う、うん」
「……したくないの?」
「えっ」
「絶対上手いよぉ、リチャードさん。唇も舌も柔らかそうだし。あんないろんな国の言葉話せるんだから舌遣いとかエグそうだもん」
「え、えぐ……!?」
「先生もねぇ、リチャードさんと同じくらい沢山の言葉を話すからもう堪らないんだよ。キスだけで蕩けちゃうし、たまにイカされちゃうこともあるんだぁ」
「は、いや、あの」
「……ふふ、正義も一度してごらんよ。その前に俺で練習してみる? 先生に仕込まれてるから俺も結構上手くなってると思うからさぁ……」
「やま、山田……あの、ちょ、ちかい」
「だいじょーぶだいじょーぶ、優しくするよぉ」
「……お客様、当店の従業員に迫るのはやめていただけますか」
「えっあっリチャード!」
「ちぇーもう少しだったのに」
「もう少しだった、ではありませんよ山田さん。何をしているのか」
「んー……お裾分け?」
「まったく……戻ったらお仕置きですよ」
「えー!? 酷くないですか先生!!」
「セリフと顔面がまったく一致していない。覚悟なさい。……失礼、それではまた」
「ええ、今度はしっかりと躾をしてからご来店いただけますよう宜しくお願い致します」
「じゃあ正義、またねー!」
「あ、うん……」
「はぁ……なんだったんだ……」
「それはこちらのセリフです。なぜあんな距離になるまで拒否しなかったのですか」
「いや拒否する間もなく近付かれて……あいつ猫みたいにスルリと近付くんだよな。本当にキスされるかと思った」
「……もう少し危機感を持ってください」
「申し訳ありませんでした。……やっぱり、上手いのか?」
「……は?」
「いや、キスが……あっいや何でもない、ごめん、忘れてく「試してみますか」
「えっ?」
「試して、みますか?」
「えっ、と……」
お上手です #
ん、とかあ、しか声が出ない。出せない。
動きは静かなのに呼吸を全部奪われるような錯覚に囚われる。鼻で息をするんだよと教えられてもこっちは初心者なのだからそんなにすぐ出来てたまるか。
抗議するように閉じていた瞼を開いて睨み付ければ、ずっと俺のことを眺めていたらしい瞳がニンマリと細くなる。
息を吸おうと唇をずらしたタイミングで、顔ごと角度を変えた山田の舌がさらに入り込んでくる。じゅるりと俺の舌を巻き取りながら歯の裏から上顎までを一気に舐めていった。
あ、ヤバい。
今のは気持ち良かった。
声には出してないはずなのに、息の乱れを感じとったのか執拗なほどに同じポイントを刺激してくる。俺の舌はもうコントロールを失って、吸われれば吸われたまま、山田の口に誘われれば誘われたまま甘噛みしたりされたり……もう、どこが境界線なのかがわからないくらいに溶けていくのを感じる。
……山田は、先生と呼ぶあの人の方が自分より何倍も何十倍も上手いと言っていた。それからリチャードも先生と同じくらい上手いだろう、と。
これよりもっと、気持ちよくなれるんだろうか。リチャードの、あのいつだって美しい言葉を紡ぎ出す桃色の唇の奥に隠された舌に触れることが出来たなら、分かるのだろうか。
クチュリ、と合わさっていた口の端からもはやどちらのものか分からない唾液が溢れるのと、聞き慣れた足音が響いたのはどちらが先だっただろう。
……ああ、リチャードが、ここへ来てしまう。
ソレに気付いた瞬間にぶわりと背筋を走ったものの正体を、俺はまだ知らない。
