魔法使いと小悪魔
公開 2023/09/24 00:13
最終更新
2023/09/24 12:11
※2020年 ハロウィンと幼稚園児たち
ピンポーン、とインターホンの音が鳴り、リビングで待機していたリチャードとバクスチャーは早足で玄関へと向かった。いまインターホンを鳴らしたのが、自分たちの愛する子供たちだと予め分かっていたからだ。
期待に胸を躍らせながら玄関を開けた保護者達の目に飛び込んできたのは。
「あっ、りちゃーど! といっく、あ、といーと!」
「といっく、あー、といーとー! せんせい、おかしくれなきゃ、いたずらするよ!」
「わうっ! わんっ」
とびきり可愛いくてとびきり元気な、小さな二人の魔法使いとシーツお化けの犬だった。
☆ ☆ ☆
今日はハロウィン。数名の大人の引率の元、町内会の子供たちが各家庭を回りお菓子をもらうという企画が行われていた。それに賛同したリチャードの家にも、午後から何度か子供たちが各々好きな仮装をしてお菓子をもらいに訪れている。
そしてもちろん、そのイベントにはリチャードの養い子である中田正義と、その親友・山田誠司も参加していた。
正義にとっては友達と迎える初めてのハロウィンのイベントだ。それはもう楽しみにしていたのだが、なにもはしゃいでいたのは子供たちばかりではない。
むしろ保護者たちのほうが張り切っていた。
よく双子に間違われるほどにそっくりな正義と誠司には何を着せても可愛いが、せっかくなのでとびきりの衣装を準備しよう。そのついでというわけではないが引率も引き受ければ、子供たちに降りかかる危険も避けられる上に、日々成長している可愛い姿をずっと見ていられるではないか。
……そんな風に考えていた保護者達の計画は、早々に崩壊する。
発端は、どこから話を聞きつけたのかアメリカにいるジェフリーから「二人の当日の衣装は僕が用意するからね、リッキー!」とメールが届いたことだった。
服のサイズは確認済み、もちろん、着心地だけじゃなくて仕立てのしっかりしている店を選んでおいたから安心してほしい。なんたってここはアメリカですからね、種類も豊富だよ! あ、せっかくのイベントだし、どうせならリッキーたちには当日までどんな衣装か秘密にしようかな。サプラーイズ! ってことで。
……エトセトラ、エトセトラ。
自室で長いメールの文面を呼んだあとすぐさま鼻で笑い「過干渉お断り」と返信しようとしたリチャードだったのだが、残念ながら今回ばかりはジェフリーの方が上手だった。
「あっりちゃーど、きいて! あのね、じぇふりーさんがね、おれとせいじの『はろいん』のおようふく、えらんでくれるんだって!」
いつでも自由に使って構わないと居間に置いているタブレットを持った正義が嬉しそうに走り寄ってくる。よく見ればタブレットの画面にはジェフリーがいてビデオ通話がオンの状態になっていた。画面に映し出される笑顔が憎たらしい。
「それでね、おれたちのおようふく、おそろいにしてくれるんだって! おれ、せいじとおそろい、すごくうれしい! たのしみだねぇ、りちゃーど! はやくせいじにもおしえなきゃ!」
大人の魂胆など知る由もない、ただただ純粋に親友とのイベントを心から楽しみにしている正義からこんなにも嬉しそうに言われてしまっては、リチャードはもう「そうですか、それは楽しみですね」と返すしかなかった。
……それでも従兄を睨んでおくことは忘れなかったのだが。
衣装を準備することが出来ないのならばせめて当日の引率を、と考えたところで今度はリチャードのスマホが着信を知らせた。画面に表示された名前に嫌な予感が走る。一呼吸おいてから通話ボタンを押せば、酷く落ち込んだバクスチャーの声が聞こえてきた。
『……私の親族が、ハロウィンの当日の引率を勝手に部下に頼んでいたのです。ええ、以前お使いの時に護衛を頼んだ彼です。しかもそれを誠司に先に報告していて……誠司も大変喜んでおりまして……』
思わず「お互い面倒な親族を持ちましたね」と言いかけてギリギリのところで踏み止まった。
お使いの時の護衛、と言われて浮かんだのは、山田誠司が言うところの「びぃさん」という男性だった。リチャードの知人にもよく似た彼が大変機転が利き、有能なことは知っているが、今だけはその有能さが腹立たしくもある。
いつの間にかジェフとのビデオ通話を終えていた正義が、今度は山田誠司と通話状態にあり(子供の電子機器への適応力の高さには本当に驚かされる)幼い二人が楽しそうにハロウィンの話をしているのを保護者たちは肩をがっくりと落としながら聞くしかなかった。
……そんな経緯から始まったハロウィン。
ジェフリーの「サプライズ」という言葉の通り、リチャードとバクスチャーは着替えの時点から徹底して二人の姿を見せてもらえなかった。
「どうやって調べたのかは知りませんけど、衣装はもう直接俺の方に届いてますし。着替え用にバンを用意してますんで、チビたちは車の中で着替えさせます。あー、ちゃんとスモーク貼ってあるんで安心してください。……は? 別に一番に見れなくてもどうせ夜にパーティするんでしょ。少しは我慢してくださいよ」
と子供二人と正義の愛犬であるジローを連れ去っていった「びぃさん」に、せめてこれで録画しておいてください、とバクチャーがビデオカメラを渡していたのだが(それに対して彼は思いきり顔を顰めていたが、結局は受け取ってくれた)その後もこまめに連絡を寄越してくれる当たり、彼は根はいい人らしい。
訪れる近所の子供たちにお菓子を配り引率の大人と挨拶を交わしながらも、そわそわと待つこと一時間。
『最後の家を訪問したんで、帰らせます。あとはあんたたちのとこだけです』
リチャード宅のインターホンが鳴ったのは、その連絡があってから数分後のことだ。
☆ ☆ ☆
お揃いの白いシャツに黒のかぼちゃパンツ。シャツの首元には、細い黒のレースがリボンの形に結ばれている。
シャツの上には光沢のあるローブを羽織り、足元を見れば小さな蝙蝠の羽の付いた白い靴下に黒い靴。頭にかぶるのは、つばが広めのとんがり帽子。
シャツ以外は基本黒でまとめられた衣装だったが、要所要所にオレンジ色のラインが入っている。とんがり帽子は見た目よりも柔らかい素材で出来ているのか、先端部分が少しだけクタッとしているのがなんとも可愛らしい。
両手が空くようとの配慮からか、二人のお菓子入れはカボチャの形をしたショルダーバッグだった。中にはお菓子がたっぷり入っているようでかなり膨らんでいる。
引率役の彼からの連絡によれば、途中で最寄りの商店街の面々に見つかったそうだ。
あらあら二人とも可愛い服着てどうしたの? ハロウィン? じゃあお菓子あげるからちょっと寄って行きなさいよ! と、あっという間に商店街の大人たちが集まりお菓子をたんまりとくれたらしい。
それはさておき。
──ふたりもおかしくれる? くれるでしょ?
キラキラと目を輝かせる魔法使い二人の横で、散歩を兼ねた番犬として同行したはずのジローが目と耳の部分に穴の開けられたシーツを被っていた。
ジローの分までジェフリーが用意していたのかは不明だが、ただの犬を連れて回るよりは余程馴染んでいただろう。
隠しきれていない尻尾をぶんぶんと振っている様子から、こちらもおやつを楽しみにしているのかもしれない。
「おやおや、これは可愛いお客様ですね」
「えへへ、りちゃーど、ありがとー」
「本当に愛くるしい。あとで記念撮影をしましょう」
「うん! おれ、せんせいとしゃしんとりたい!」
「ですが申し訳ありません、正義……生憎、お菓子を切らしてしまったのです」
「ええ、思いの外たくさんの方がいらっしゃったものですから」
……もちろん、嘘だ。
近所に住む同じ幼稚園の子供たちが訪れた際に配るお菓子は別に、正義と誠司の分のお菓子はちゃんと確保してあった。
着替えの準備の際にヴィが言った通り、ダイニングにはこのあとのハロウィンパーティーのために用意したサンドイッチやサイドディッシュだけでなく、ケーキも数種類用意してある。それでも嘘を吐いたのはただ単純に──優しいこの子供たちがもしイタズラを仕掛けてくるのであれば……それはどんなものかと気になっただけだった。
子供に嘘を吐くのは大変心苦しいし、いつもであれば決して嘘など吐かない二人なのだが。今回ばかりは好奇心が勝ってしまった。
「そっかぁ、なくなっちゃったのかぁ……」
「うーん、せいじ、どうしよ?」
「びぃさんがいってたでしょ。おかしないなら、いたずらしなきゃだよ、せいぎ」
「いたずら?」
「うん、あのね、いいことおもいついたの……」
帽子が脱げないように押さえつつ、正義と誠司が頭をこつんと寄せて内緒話をする。
おみみくすぐったい、と時々笑いつつ二人の内緒話は少しだけ長く続いた。
リチャードは二人の様子を微笑ましく眺めながらジローにおやつのジャーキーを与えて足を拭いてやる。バクスチャーも黙って二人の様子を見つめていた。
「……えー、そうかなぁ? うーん、うーん……」
「そうだよぉ。だって……だもん。ね? せいぎもそうおもったでしょ」
「……うん、それは、うん」
「せいぎ、さっきいったこと、できる?」
「……うん、できる! せいじといっしょならできる」
「うん、いっしょにやろ!」
どうやらイタズラの内容は決まったらしい。
妙に自信満々の誠司と、反対に少しだけ腰が引けているような様子の正義。二人の態度の違いが保護者たちは気になったが、今はイタズラの内容に集中することにした。
「せんせー!」
「はい、誠司」
「あぅ、り、りちゃーど」
「ええ、正義」
跪き目線を近付けてやると、おずおずと伸ばされた小さな手が頬にくっついた。外を歩き回ってきたせいかいつもより少しだけ冷たい手のひらに思わず自分の手を重ねそうになった時。
「……うそは、だめですー!!」
二人同時に小さく叫んだあと、むにぃ! と小さな手に頬をつままれて好き勝手に揉まれる。予想外の行動に保護者たちは思わず固まった。
「せんせいは、ぜったいおれのためにおかしのこしてるもん! うそはだめだよー!」
「りちゃーども、おれにおかし、のこしてくれてるんでしょ……? うそついちゃ、だめ」
びょんびょん、むにむに。
子供たちに頬を好き勝手に揉まれるなど初めてのことでリチャードもバクスチャーも驚きと喜びが混在して思考が停止していたのだが。
子供たちが頬を揉む手を止める頃には、さすがにいつもの調子を取り戻していた。
「嘘をついてすみません、正義。確かにあなたのためだけのお菓子を用意してあります」
「私も、嘘をついてしまいました。あなたのお菓子は用意していましたよ、誠司。すみません」
素直に謝れば「しってたもん!」と笑いながら許される。さっきまで冷たかった手もいつもの体温を取り戻していた。頬に当てられたその温もりが愛おしい。
可愛らしいトリックももらったことだし、早速ハロウィンパーティーを始めましょうかとリチャードが口にしたところで、正義と誠司はチラリと視線を合わせ。
そして。
保護者の頬に当てた手はそのままに、素早く顔を近付け──チュッ、とリップ音を立てながらキスをした。
「えへへ……りちゃーどにいたずら、うまくできた」
「せんせいにもいたずら、うまくできた!」
さすがに恥ずかしかったのか頬をいつもよりも赤くして、帽子が外れるのも構わず胸元に飛び込んでくる愛し子を抱き締めながらも。
……保護者たちの思考は、再び停止した。
──そしてその一部始終は、完全に存在を無視されていた引率役・ヴィがげんなりしながらも回していたカメラによって、永久保存されることとなり。
ヴィはしっかりと臨時ボーナスをもらったという。
ピンポーン、とインターホンの音が鳴り、リビングで待機していたリチャードとバクスチャーは早足で玄関へと向かった。いまインターホンを鳴らしたのが、自分たちの愛する子供たちだと予め分かっていたからだ。
期待に胸を躍らせながら玄関を開けた保護者達の目に飛び込んできたのは。
「あっ、りちゃーど! といっく、あ、といーと!」
「といっく、あー、といーとー! せんせい、おかしくれなきゃ、いたずらするよ!」
「わうっ! わんっ」
とびきり可愛いくてとびきり元気な、小さな二人の魔法使いとシーツお化けの犬だった。
☆ ☆ ☆
今日はハロウィン。数名の大人の引率の元、町内会の子供たちが各家庭を回りお菓子をもらうという企画が行われていた。それに賛同したリチャードの家にも、午後から何度か子供たちが各々好きな仮装をしてお菓子をもらいに訪れている。
そしてもちろん、そのイベントにはリチャードの養い子である中田正義と、その親友・山田誠司も参加していた。
正義にとっては友達と迎える初めてのハロウィンのイベントだ。それはもう楽しみにしていたのだが、なにもはしゃいでいたのは子供たちばかりではない。
むしろ保護者たちのほうが張り切っていた。
よく双子に間違われるほどにそっくりな正義と誠司には何を着せても可愛いが、せっかくなのでとびきりの衣装を準備しよう。そのついでというわけではないが引率も引き受ければ、子供たちに降りかかる危険も避けられる上に、日々成長している可愛い姿をずっと見ていられるではないか。
……そんな風に考えていた保護者達の計画は、早々に崩壊する。
発端は、どこから話を聞きつけたのかアメリカにいるジェフリーから「二人の当日の衣装は僕が用意するからね、リッキー!」とメールが届いたことだった。
服のサイズは確認済み、もちろん、着心地だけじゃなくて仕立てのしっかりしている店を選んでおいたから安心してほしい。なんたってここはアメリカですからね、種類も豊富だよ! あ、せっかくのイベントだし、どうせならリッキーたちには当日までどんな衣装か秘密にしようかな。サプラーイズ! ってことで。
……エトセトラ、エトセトラ。
自室で長いメールの文面を呼んだあとすぐさま鼻で笑い「過干渉お断り」と返信しようとしたリチャードだったのだが、残念ながら今回ばかりはジェフリーの方が上手だった。
「あっりちゃーど、きいて! あのね、じぇふりーさんがね、おれとせいじの『はろいん』のおようふく、えらんでくれるんだって!」
いつでも自由に使って構わないと居間に置いているタブレットを持った正義が嬉しそうに走り寄ってくる。よく見ればタブレットの画面にはジェフリーがいてビデオ通話がオンの状態になっていた。画面に映し出される笑顔が憎たらしい。
「それでね、おれたちのおようふく、おそろいにしてくれるんだって! おれ、せいじとおそろい、すごくうれしい! たのしみだねぇ、りちゃーど! はやくせいじにもおしえなきゃ!」
大人の魂胆など知る由もない、ただただ純粋に親友とのイベントを心から楽しみにしている正義からこんなにも嬉しそうに言われてしまっては、リチャードはもう「そうですか、それは楽しみですね」と返すしかなかった。
……それでも従兄を睨んでおくことは忘れなかったのだが。
衣装を準備することが出来ないのならばせめて当日の引率を、と考えたところで今度はリチャードのスマホが着信を知らせた。画面に表示された名前に嫌な予感が走る。一呼吸おいてから通話ボタンを押せば、酷く落ち込んだバクスチャーの声が聞こえてきた。
『……私の親族が、ハロウィンの当日の引率を勝手に部下に頼んでいたのです。ええ、以前お使いの時に護衛を頼んだ彼です。しかもそれを誠司に先に報告していて……誠司も大変喜んでおりまして……』
思わず「お互い面倒な親族を持ちましたね」と言いかけてギリギリのところで踏み止まった。
お使いの時の護衛、と言われて浮かんだのは、山田誠司が言うところの「びぃさん」という男性だった。リチャードの知人にもよく似た彼が大変機転が利き、有能なことは知っているが、今だけはその有能さが腹立たしくもある。
いつの間にかジェフとのビデオ通話を終えていた正義が、今度は山田誠司と通話状態にあり(子供の電子機器への適応力の高さには本当に驚かされる)幼い二人が楽しそうにハロウィンの話をしているのを保護者たちは肩をがっくりと落としながら聞くしかなかった。
……そんな経緯から始まったハロウィン。
ジェフリーの「サプライズ」という言葉の通り、リチャードとバクスチャーは着替えの時点から徹底して二人の姿を見せてもらえなかった。
「どうやって調べたのかは知りませんけど、衣装はもう直接俺の方に届いてますし。着替え用にバンを用意してますんで、チビたちは車の中で着替えさせます。あー、ちゃんとスモーク貼ってあるんで安心してください。……は? 別に一番に見れなくてもどうせ夜にパーティするんでしょ。少しは我慢してくださいよ」
と子供二人と正義の愛犬であるジローを連れ去っていった「びぃさん」に、せめてこれで録画しておいてください、とバクチャーがビデオカメラを渡していたのだが(それに対して彼は思いきり顔を顰めていたが、結局は受け取ってくれた)その後もこまめに連絡を寄越してくれる当たり、彼は根はいい人らしい。
訪れる近所の子供たちにお菓子を配り引率の大人と挨拶を交わしながらも、そわそわと待つこと一時間。
『最後の家を訪問したんで、帰らせます。あとはあんたたちのとこだけです』
リチャード宅のインターホンが鳴ったのは、その連絡があってから数分後のことだ。
☆ ☆ ☆
お揃いの白いシャツに黒のかぼちゃパンツ。シャツの首元には、細い黒のレースがリボンの形に結ばれている。
シャツの上には光沢のあるローブを羽織り、足元を見れば小さな蝙蝠の羽の付いた白い靴下に黒い靴。頭にかぶるのは、つばが広めのとんがり帽子。
シャツ以外は基本黒でまとめられた衣装だったが、要所要所にオレンジ色のラインが入っている。とんがり帽子は見た目よりも柔らかい素材で出来ているのか、先端部分が少しだけクタッとしているのがなんとも可愛らしい。
両手が空くようとの配慮からか、二人のお菓子入れはカボチャの形をしたショルダーバッグだった。中にはお菓子がたっぷり入っているようでかなり膨らんでいる。
引率役の彼からの連絡によれば、途中で最寄りの商店街の面々に見つかったそうだ。
あらあら二人とも可愛い服着てどうしたの? ハロウィン? じゃあお菓子あげるからちょっと寄って行きなさいよ! と、あっという間に商店街の大人たちが集まりお菓子をたんまりとくれたらしい。
それはさておき。
──ふたりもおかしくれる? くれるでしょ?
キラキラと目を輝かせる魔法使い二人の横で、散歩を兼ねた番犬として同行したはずのジローが目と耳の部分に穴の開けられたシーツを被っていた。
ジローの分までジェフリーが用意していたのかは不明だが、ただの犬を連れて回るよりは余程馴染んでいただろう。
隠しきれていない尻尾をぶんぶんと振っている様子から、こちらもおやつを楽しみにしているのかもしれない。
「おやおや、これは可愛いお客様ですね」
「えへへ、りちゃーど、ありがとー」
「本当に愛くるしい。あとで記念撮影をしましょう」
「うん! おれ、せんせいとしゃしんとりたい!」
「ですが申し訳ありません、正義……生憎、お菓子を切らしてしまったのです」
「ええ、思いの外たくさんの方がいらっしゃったものですから」
……もちろん、嘘だ。
近所に住む同じ幼稚園の子供たちが訪れた際に配るお菓子は別に、正義と誠司の分のお菓子はちゃんと確保してあった。
着替えの準備の際にヴィが言った通り、ダイニングにはこのあとのハロウィンパーティーのために用意したサンドイッチやサイドディッシュだけでなく、ケーキも数種類用意してある。それでも嘘を吐いたのはただ単純に──優しいこの子供たちがもしイタズラを仕掛けてくるのであれば……それはどんなものかと気になっただけだった。
子供に嘘を吐くのは大変心苦しいし、いつもであれば決して嘘など吐かない二人なのだが。今回ばかりは好奇心が勝ってしまった。
「そっかぁ、なくなっちゃったのかぁ……」
「うーん、せいじ、どうしよ?」
「びぃさんがいってたでしょ。おかしないなら、いたずらしなきゃだよ、せいぎ」
「いたずら?」
「うん、あのね、いいことおもいついたの……」
帽子が脱げないように押さえつつ、正義と誠司が頭をこつんと寄せて内緒話をする。
おみみくすぐったい、と時々笑いつつ二人の内緒話は少しだけ長く続いた。
リチャードは二人の様子を微笑ましく眺めながらジローにおやつのジャーキーを与えて足を拭いてやる。バクスチャーも黙って二人の様子を見つめていた。
「……えー、そうかなぁ? うーん、うーん……」
「そうだよぉ。だって……だもん。ね? せいぎもそうおもったでしょ」
「……うん、それは、うん」
「せいぎ、さっきいったこと、できる?」
「……うん、できる! せいじといっしょならできる」
「うん、いっしょにやろ!」
どうやらイタズラの内容は決まったらしい。
妙に自信満々の誠司と、反対に少しだけ腰が引けているような様子の正義。二人の態度の違いが保護者たちは気になったが、今はイタズラの内容に集中することにした。
「せんせー!」
「はい、誠司」
「あぅ、り、りちゃーど」
「ええ、正義」
跪き目線を近付けてやると、おずおずと伸ばされた小さな手が頬にくっついた。外を歩き回ってきたせいかいつもより少しだけ冷たい手のひらに思わず自分の手を重ねそうになった時。
「……うそは、だめですー!!」
二人同時に小さく叫んだあと、むにぃ! と小さな手に頬をつままれて好き勝手に揉まれる。予想外の行動に保護者たちは思わず固まった。
「せんせいは、ぜったいおれのためにおかしのこしてるもん! うそはだめだよー!」
「りちゃーども、おれにおかし、のこしてくれてるんでしょ……? うそついちゃ、だめ」
びょんびょん、むにむに。
子供たちに頬を好き勝手に揉まれるなど初めてのことでリチャードもバクスチャーも驚きと喜びが混在して思考が停止していたのだが。
子供たちが頬を揉む手を止める頃には、さすがにいつもの調子を取り戻していた。
「嘘をついてすみません、正義。確かにあなたのためだけのお菓子を用意してあります」
「私も、嘘をついてしまいました。あなたのお菓子は用意していましたよ、誠司。すみません」
素直に謝れば「しってたもん!」と笑いながら許される。さっきまで冷たかった手もいつもの体温を取り戻していた。頬に当てられたその温もりが愛おしい。
可愛らしいトリックももらったことだし、早速ハロウィンパーティーを始めましょうかとリチャードが口にしたところで、正義と誠司はチラリと視線を合わせ。
そして。
保護者の頬に当てた手はそのままに、素早く顔を近付け──チュッ、とリップ音を立てながらキスをした。
「えへへ……りちゃーどにいたずら、うまくできた」
「せんせいにもいたずら、うまくできた!」
さすがに恥ずかしかったのか頬をいつもよりも赤くして、帽子が外れるのも構わず胸元に飛び込んでくる愛し子を抱き締めながらも。
……保護者たちの思考は、再び停止した。
──そしてその一部始終は、完全に存在を無視されていた引率役・ヴィがげんなりしながらも回していたカメラによって、永久保存されることとなり。
ヴィはしっかりと臨時ボーナスをもらったという。
