チューリップ組へようこそ
公開 2023/09/24 00:01
最終更新
2023/09/24 00:23
おともだち編 #
毎朝リチャードは玄関で跪いて、正義のスモックの左胸に名札を付けてやる。赤いチューリップの形をした名札には、ひらがなで「なかた せいぎ」と書いてあり、初めてそれを見た正義が「りちゃーど、おれのなまえがかいてある!」と小さな指先でバッジを摘まんで嬉しそうに笑顔を浮かべた時の顔を、今でもはっきりと思い出せる。
「……はい、出来ました。今日も大変かわ……格好いいですよ、正義」
「りちゃーど、ありがとう!」
「忘れ物はありませんね。では行きましょうか」
「はーい! くまーらさん、じろー、いってきまーす!」
家政婦のクマーラと愛犬のジローに挨拶をして、正義はリチャードと手を繋いで幼稚園へと向かう。日除けの帽子をかぶる姿も、お気に入りのピンクオレンジのトートバッグを握る手も、ずんずんと歩いていくのに歩幅が小さすぎてなかなか進まない姿も、何もかもが可愛らしい。口に出して言いたい。可愛らしい。まるで天使のように。いや本物の天使より可愛いだろうという確信がある。
しかし正義に向かって可愛らしいですね、というと「かわいいじゃなくてかっこいいがいいの!」とまろい頬を膨らませて怒るので(もちろんその姿も大変可愛らしいと思っているし実は写真も撮ってある)リチャードはなるべく、なるべく「可愛い」より「格好いい」を使うようにしているのだが、如何せん正義は大変可愛らしいのでついつい口から出てしまう。我慢できないくらい愛らしいのだ。仕方がない。
「りちゃーどは、きょうはどこにいくの?」
「本日は都内のお客様のところを3件ほど訪問する予定です。お迎えの時間はいつもと変わりませんよ」
「そっかぁ。きをつけていってきてね!」
「ふふ、もちろんそのつもりです。正義は今日は何をする予定なのですか?」
「きょうはねー、せいじとねんどであそぶやくそくしてるんだぁ。たのしみ!」
「…………なるほど、また彼ですか」
今日も正義の口から出てきたその名に、リチャードは知らず声が低くなった。正義が幼稚園で一番仲良くしているという「彼」……山田誠司という園児こそ、リチャードが現在進行形で頭を悩ませている存在だからである。
☆ ☆ ☆
おとうさんからにげて、それからおかあさんが「にゅういん」した。
おかあさんといっしょにすめなくなったおれは、りちゃーどとくらすようになった。りちゃーどはえほんにでてきたてんしさまみたいにきらきらしてて、ガイジンさんなのに、おれとおんなじことばをはなしてくれる。
りちゃーどのおうちには、ごはんをつくってくれるくまーらさんと、いぬのじろーがいる。みんなといっしょのせいかつはたのしい。
おかあさんとは、ときどきしかあえなかったけど、いつも「さみしくさせてごめんね」とかなしそうにするから、おれはさみしくないよっていつもおかあさんにいってた。ほんとうに、りちゃーどがいてくれるからあんまりさみしくなかった。それにじろーとあそんでるとたのしくて、さみしいをわすれちゃう。
だけどりちゃーどに、あたらしいようちえんにいきましょうか、といわれたときすぐに「うん」とはいえなかった。だっておれは、このまちにはきたばっかりで、まえにすんでいたところみたいに……いっしょにあそんでくれるようなともだちも、いなかったから。
おかあさんとすんでないこは、へんだっていわれるかなぁ。
ようちえんのみんなが、りちゃーどのことをすきになっちゃったら、どうしようかなぁ。
……おれにも、あたらしいおともだち、できるかなぁ。
ようちえんにいくまえのひはぜんぜんねむれなくて、なんどかべっどのうえをごろごろしたけどだめだった。
まくらをかかえたままりちゃーどのへやにいったら、りちゃーどはなにもいわないでだっこしてくれて、じぶんのおふとんのなかにいれてくれた。
トントンってゆっくりせなかをたたいてくれるのがきもちよくて、おれはすぐにねむっちゃった。
「はじめまして、なかた、せいぎです」
ごあいさつはおおきなこえですること。
おかあさんがいつもいってたことをおもいだして、なるべくおおきいこえでいった。けど、おなじくらすのみんなのかおはちゃんとみれなかった。
はずかしい。ちょっとこわい。へんななまえっていわれたらどうしよう。
でもじゆうじかんになると、みんながめずらしそうにわぁわぁとしつもんしてきてくれた。でもおれはびっくりしすぎて、ちゃんとしゃべれなかったとおもう。
あぅぅ、とくちをもごもごさせていたらいつのまにかみんながはなれてて、ひとりきりになっていて、みんなになにもいえなくて……じわりとめがあつくなったとき。
「おまえ、おれとにてるな!」
「ふぇっ?」
したをむいてぎゅうっとふくをにぎってたおれのほっぺたが、むに、とおなじくらいのおおきさのてにはさまれる。むりやりかおをあげさせられたそこには、おおきなおはなみたいにわらうかおがあった。
なんだっけこれ。おおきいおはな……あ、ひまわりだ。
その、ひまわりみたいにわらうおとこのこは、まっくろなかみと、ちょっとちゃいろいめがほんとうにおれとそっくりで、ちらりとみえたなふだにかいてあるなまえもにていた。
「やまだ、せいじ?」
「そう、おれのなまえー! なまえまでにてるのすごーい! せいぎ、ともだちになろう!」
「えっ」
「おれのことはせいじってよんでいいよ!」
「えっ、えっ」
とつぜんともだちができたことにびっくりしていたら、せいじがてをひいて「あんないしてあげる! ともだちだから!」といいだして、ようちえんのなかをあちこちつれていってくれた。
えんちょうせんせいのへや、といれ、となりのたんぽぽくみとさくらくみ、えんていのはじっこにあるとりごやとはたけ、せいじがすきなひかげのばしょ。
とおりすぎるひとみんなに「せいぎとともだちになった!」とせいじがいうから、おれはだんだんはずかしいのとうれしいのとがいっしょになって、つないだてがはなれないようにつよくにぎった。
……このこ、おれのこと、おともだちだって、いった。
「せ、せいじ……せいじ、あのね」
「なぁにー?」
「おれ、と……おともだち、なって、くれて……ありがと」
「……! せいぎかわいい! だいすきー!!」
くるりとふりかえったせいじがだきついてきたせいで、おれたちはふたりいっしょにたおれておそろいのたんこぶができた。
いたかったけど、いたくなかった。へんなの。
☆ ☆ ☆
入園初日のお迎えのとき、2人は大変仲良くしていたのですがはしゃぎすぎてたんこぶを作りました……という報告を担任の谷本先生から受けたときには、リチャードの脳内ブラックリストに「山田誠司」の名前は載せられていた。
肝心の正義はけろっとした表情で「せいじがおともだちになってくれてうれしい」と頬をピンクに染めながら言うものだから、リチャードも結局は強く言うこともできず「それはよかったですね」というに留めた程度だ。
知らない土地に来たばかりで入園させるのはリチャードとしても不安だったが、まずは友達が出来たことを喜ぶべきだろう。今はまだ少し緊張気味だが、正義の生来の人懐っこさであれば他の子供ともすぐに仲良くなれるに違いない。
そう、思っていたのだが。
次の日も、その次の日も、週末をまたいだその次の日も、幼稚園からの帰り道と寝るまでの間に正義の口から出てくるのは「せいじ」という名前ばかりだった。せいじとかけっこした。せいじとおえかきしてあそんだ。せいじとおひるねした。ズルい。私も仕事などせずに正義とお昼寝を……と言いかけたところで、ゴホンと咳ばらいをする。
「正義、クラスのほかの子とはお友達になっていないのですか?」
「なったよー、もうみんなともだちになった!」
「ではみなさんと遊んでいるのですね?」
「うん」
「なるほど、それならばよろしいのです」
「でも、いちばんあそぶのはせいじ!」
全然よろしくなかった。
悶々とした気持ちのまま正義の手を引いて幼稚園へと向かうリチャードの様子にはまったく気付かない様子で、正義はにこにこと笑いながら最近覚えたらしい童謡を歌っている。子供特有の舌っ足らずな発音にほっこりしながらも、脳内ではこれからのことについて目まぐるしく考えを進めていた。
(……一度、山田さんの親御さんにもご挨拶させていただくべきでしょうか。仲良くしていただけるのは大変よいのですが過度の関わりを持つことはあまりよいことだとは……ああでも正義がこんなにも嬉しそうにしているのですから悪い子ではないはずです……多分、きっと。そうじゃなかったら大変です。やはり早急に対処しなくてはなりませんね。まずは、保護者会などの日程を谷本先生にお伺いしなくては)
幼稚園に向かいながら正義の手を引くリチャードと、まったく同じことを考えていた山田誠司の保護者であるエドワード・バクスチャー。
容貌がよく似た2人がこの数分後、園の入り口でばったり顔を合わせ、お互いの連れてきた子供たちの熱烈な朝のハグシーンに同時にカメラを取り出すことになるのだが――それはまた、別のお話。
おむかえ編 #
エトラ幼稚園――正式名称は「エトランジェ幼稚園・こども園」保育所併設の幼稚園である。基本的に保護者達は省略名称を使っている。登園時間は8時半から9時半まで、お迎え時間は14時半から15時の決まりだが、昨今共働きやシングルの家庭が増えたこともあり、数年前から有料ではあるが19時までの延長保育も取り入れられている。
リチャードは仕事の都合と、他の保護者からの視線を極力避けるために(決して朝が弱いせいではない、と師匠のシャウルには頑なに説明している)なるべく登園は9時半に、お迎えも17時半と遅めの時間をお願いしている。幼稚園までの徒歩20分はリチャードにとって正義との大切なコミュニケーションの場であり、自宅とは違う姿を見ることのできる貴重なものだと常々感じていた。
――しかし今のリチャードにとって、この距離は心底腹立たしいものでしかない。全力で走ったせいでネクタイや髪が乱れているのも今は些末なことだ。
時刻は18時40分。春が過ぎたこの季節は、もう夜と言って差し支えないほど空が暗かった。
☆ ☆ ☆
「正義くん、あのね、リチャードさん今日はお迎え遅くなっちゃうんだって。先生とお留守番しようね」
せいじとつみきであそびながら、くらすのみんながかえっていくのにてをふっていたら、しょうこせんせいがちょっとだけかなしそうにしておれにそういった。
りちゃーど、おしごと、おそくなっちゃったのかな。きょうはくるまでおしごとにいくっていってたから「じゅうたい」になったのかも。おむかえきたら、おつかれさまっていってあげなきゃ。
「うん、まってる」
「……せいぎのおむかえ、おそいの?」
つみきのおしろのやねをもったままで、せいじがいった。せいじのおむかえはいつもおれとおなじくらいのじかんだから、そろそろ「ばくすちゃあせんせい」がくるんじゃないかなぁ。
「うん、りちゃーど、きょうはくるまでおしごとだから」
「じゅうたいだ」
「じゅうたいだね」
「渋滞なんて言葉憶えなくていいよぉ……」
しょうこせんせいはおれとせいじのあたまをなでなでしてくれて、なにかあったらよんでねっていってからへやのはじっこのつくえのところにあるいていった。そのあいだもくらすのともだちはどんどんかえっていって、おれとせいじだけになる。
もうすぐとけいのはりがうえとしたでまっすぐになりそうなとき、いりぐちにまっしろなふくのひとがやってきた。「ばくすちゃあせんせい」だ。せいじはぴょこんとたちあがってはしっていく。
「せんせぇ!」
「申し訳ありません、今日は少し遅くなりました」
せいじのあたまをなでてた「ばくすちゃあせんせい」がおれのほうをみてふしぎそうなかおをする。せいじのにもつをわたしたしょうこせんせいと「ばくすちゃあせんせい」がなにかおはなしをしているあいだ、せいじがおれのことをじーっとみていた。
「? せいじ、どうしたの?」
「ん? んーん……ねぇ、せんせぇ」
「はい、どうしましたか」
「おれねぇ、おれぇ…………きょうは、かえりたくないのぉ……」
「どこで覚えたんですかそんなセリフ」
「じぇいさんのみてたどらま」
かおにてをあててひくいこえでなんかいってる「ばくすちゃあせんせい」(りちゃーどもときどきおんなじようなことしてる)をそのままにして、せいじがおれのところにもどってくる。ばいばいしようとしてたてをいつかみたいにぎゅうってつかまれて、せいじがいつものひまわりみたいなかおでわらった。
「おれもせいぎとおるすばんする! りちゃーどさんがくるまで、おれとせんせぇとあそぼ!」
「えっ、でも、せいじは、おむかえきてて、えっと、その」
「せいぎとまたあしたーするのはもんのそとだもん」
「おれ、でも……あぅぅ……」
「いっしょにおるすばんしたらさみしくないよ」
はなのおくがツーンてして、わらうせいじのかおが、ぼやぼやしてふにゃふにゃにみえる。しょうこせんせいがいてくれるのに、なのに、ひとりぼっちになっちゃうんだっておもってたの、どうしてせいじにはわかったんだろう。
めからおみずがぼたっておちるまえに、せいじがぎゅーってしてくれたから、さみしいがすこしずつきえてうれしいになる。せいじはすごい。おれのいちばんのおともだち。だいすきなひと。
「……まあいいでしょう。彼に貸しを作るのも悪くありません」
いつの間にか「ばくすちゃあせんせい」がくつをぬいで、きょうしつのまんなかにいるおれとせいじのところにきてた。うしろではしょうこせんせいが、せいじのにもつをおれのとならべてしまっていた。
「さて、何をして遊びましょうか?」
☆ ☆ ☆
18時50分、いつもならオレンジ色の夕暮れに染まったエトラ幼稚園も、夜のこの時間は教員室と園庭の一部、正義のいるであろうチューリップ組に灯された照明だけが浮かび上がって見える。
本日最後の顧客から断り切れない類の予定外の仕事を急遽追加された時点で幼稚園に連絡はしていたものの、この時間まで待たせることになるとはリチャードも思っていなかった。別の誰かに迎えを頼むことも考えたが家政婦のクマーラは家族の看病で休みにしていたし、シャウルは今スリランカにいる。常日頃から正義を猫可愛がりしている従兄もここしばらく日本に来ていない。使えない財布めと脳内で罵ってから、一応最低限の身嗜みを整えつつリチャードはチューリップ組のスライドドアに手をかけた。
「もぉー、せんせぇはだいどころにはいっちゃだめだってば!」
「おりょうりはおれとせいじでやるから、えどわーどせんせいはすわっててください」
「確かに私は料理を不得手としていますが、おままごとでは問題ありません」
「ごはんのかわりをぷりんにするひとはだめです」
「ぱふぇもでざーとだからだめですー!」
「……おままごとなのだから許されてもいいのでは」
「「だーめーでーすー!」」
人が少ないことで広く感じる教室内には、園児2人とおままごとをする白スーツの男(しっかりと正座していた)。端の方では担任の谷本先生がその様子を微笑みながら眺めていたが、ドアの外にいたリチャードに気付き園児の片割れ――正義に声を掛けようとする。
と、その前に見慣れた愛しい琥珀がリチャードの姿を捉え、ぱぁっと笑顔の花を咲かせた。
「りちゃーど!」
律儀な正義にしては珍しく持っていたおもちゃをその場にぽいっと落とすと、両手を広げて短い距離を喜色を浮かべたまま駆け寄ってくる。ほんのり赤く染まった頬が愛おしくて堪らない。リチャードはスーツがシワになることも忘れてすぐさま床に膝をつき、飛び込んでくる小さな身体を抱き締めてやった。
子供体温に、いつもの日向の香り。このぬくもりがあれば仕事の疲れなど跡形もなく吹き飛んでしまう。
「正義、ああ、申し訳ありません。こんなに遅くまで待たせてしまって」
「ん、りちゃーどはおしごとがんばってきたんだろ? おつかれさま、りちゃーど」
「こんな時まで私のことを労わる必要はありません……寂しい思いをさせたのでは?」
そっと抱き締める腕をゆるめて小さな顔を撫でれば、目のあたりが赤いことが分かる。もしかしたら泣かせてしまったのかもしれない。我慢しすぎるところのある子供だから気に掛けなくては、と思っていたのにこの体たらくだ。リチャードが目尻をなぞるのがくすぐったいのか、正義はくすくす笑いながら猫のように手に頬を擦り付けてきた。
「せいじとえどわーどせんせいがいっしょにいてくれたからさみしくなかったよ」
「……そうですか」
正義を抱き寄せつつ視線をやれば、山田誠司と共におもちゃを片付けていた男と視線が合う。わざとらしいくらいにっこりと笑うその顔に、溜息を飲み込みつつ目礼した。
(貸しひとつ、というところでしょうか)
今日のところは仕方がない。遅れたのは自分の落ち度であり、何よりも優先すべき正義の心理的負担が軽くなったのは彼らのお陰なのだから。貸しを作るのが厄介な相手だというのは無意識のうちに感じていた……それもまた、ある種の同族嫌悪かもしれないが。
しかしリチャードがこの借りを返す機会は意外にも早くやってくることになる。
翌週末、今度は山田誠司が1人で保護者であるエドワード・バクスチャーを待つ事態が発生し、まったく同じシチュエーションで園児2人とおままごとをすることになったからだ。
なおその際繰り広げられた会話がどんなものだったのかは――お察しのとおりである。
おかいもの編 #
エドワード・バクスチャーとその養い子である山田誠司の休日の朝。いつもの子供番組の後になぜか誠司は決まって料理番組を見たがる。その間にバクスチャーは書類や郵便物を整理し、DMなどを眺めてはそのままゴミ箱へ投棄しているのだが、この日だけは違った。
最近郊外に新しく出来たというショッピングモールのDMに書かれていた「〇〇初出店!」と書かれた有名子供服ブランドの文字を見つけてしまったからである。
まだ料理番組に夢中な誠司の後姿を見ながら、バクスチャーはふむ、と形の良い顎に手を当てた。
「そうですね、ちょうど誠司の新しい夏服を買いたいと思っていたところですし」
「……ふぇ? せんせぇ、よんだ?」
「ええ。誠司、今日はお買い物を兼ねてドライブにでも参りましょうか」
「! せんせぇとおでかけ!」
「夏服を買う "ついでに" パンケーキも食べましょうね」
同じDMの片隅に書かれた「旬のフルーツ盛りだくさんパンケーキ」をチラリと確認しつつ、バクスチャーは微笑んで外出の準備を始めた。その言葉が本心ではないことは確実だったが、それを指摘する者はこの場にいない。
☆ ☆ ☆
「あっ! せいぎー!」
「あっ! せいじー!」
件のブランド店の前でひしっ、という音がしそうな勢いで幼児2人が抱き合うのを見ていた保護者2人は、いつぞやの幼稚園前での邂逅を思い出していた。早いものであれから2ヶ月弱。季節は初夏に差し掛かろうとしている。
「これはこれは、ミスター・バクスチャー。こんなところでお会いするとは」
「こちらこそ驚きましたよ、ミスター・ドヴルピアン。お買い物ですか?」
「ええ、正義の去年の夏服を新調しに参りました。去年のでは些かサイズに支障がありますので」
「私も誠司の夏服を見繕いに。子供の成長は早いですからねぇ」
「ふふふ」
「ははは」
「ねぇせんせぇ、おかいもの、せいぎといきたい」
「おれも、せいじとおかいものしたい、りちゃーど」
「「えっ」」
伺いを立てるわりに既に離れる気はないらしく、2人の手はしっかりと繋がれている。無理やり離せば泣きだされるだろうし、恐らく行先は同じなのだ。目の前の店である。
「……正義のお願いであれば仕方がありませんね」
「買い物の間だけならばよいでしょう。行きましょうか、誠司」
保護者達の了解の言葉に幼児たちはまたはしゃいでぴとりと桃色の頬をくっつけ合う。その可愛さを大人たちが逃すはずもなく――2人の手には再びカメラが鎮座していた。
店内には仕立ての良い子供服がずらりと並び、Tシャツからフォーマルなジャケット、色も子供らしいカラフルなものからシックなものまでと取り扱う商品は多い。服だけではなくバッグや帽子、ハンカチなどの日用品まで取り扱っている。
養い子の成長を見越して少しサイズの大きいものを何点か見繕い、場合によっては試着させる。それぞれの似合う色や好きな色のものを選びつつ、保護者達は店内用の買い物バッグにぽいぽいと服を追加していった。なおこの間、サイズと素材の表記を見るばかりで値札を見ている気配は一切なかった。
試着の間は手を離させていたが、それ以外の時は幼児たちはずっと手を繋いでいる。登園時は同じ制服を着ているので似ているように見えているだけだろう。そう思っていた保護者たちだったが、こうして私服姿で並んでいても2人は双子のようによく似ていた。髪型とじっとしている時の表情が違うくらいで――誠司は意気揚々と、正義はどこか引っ込み思案な表情をする――それ以外は本当にそっくりだった。
「こうしてみても、中田さんと誠司はよく似ていますね」
「ええ、まるで双子のようです」
「……ほんとうに」
「……そっくりで」
バクスチャーが壁の棚に並べられたセーラー服を見つけて手にするのと、リチャードが横の棚に飾られた猫耳の形の麦わら帽子を手に取るのは同時だった。
この瞬間、2人の心は1つになり、その後広めの試着室の前で膝から崩れ落ちることとなった。
☆ ☆ ☆
2組の疑似親子が買い物を済ませ、ブランド店の前で別れてから15分後。
若い女性が圧倒的に多い店内に、苦虫を噛み潰したような顔のどこか似た雰囲気の絶世の麗人2人と、色違いの(さきほど購入したばかりの)セーラー服を着た、双子のようにそっくりな幼児2人がパンケーキ店の同じテーブルについていた。
「まさか、またこんなところでお会いすることになるとは思いませんでした、ミスター・ドヴルピアン?」
「ええ、私もまったく同じ意見ですよミスター・バクスチャー。甘いものがお好きだったとはさすがに存じ上げませんでした
」
「それはあなたもでは?」
「ふふふ」
「ははは」
「……あの、ご注文をお伺いします……」
「「季節のフルーツと生クリームのふわふわパンケーキ、それからお子様用パンケーキプレートを」」
「……季節のフルーツと生クリームのふわふわパンケーキ、お子様用パンケーキプレート、2つずつですね」
「ええ」
「お願いいたします」
その後運ばれてきたパンケーキに舌鼓をうつ超絶美形と、その2人に甲斐甲斐しく世話をされながら桃色の頬をぷっくり膨らませてパンケーキを頬張る幼児2人の姿に他のテーブルの客だけではなく店員までもがほぅ……とうっとりした溜息をついていたのだが、肝心の4人にはまったく届いていなかった。
