利き手
公開 2023/08/10 21:47
最終更新
2023/08/10 21:47
キャサリン・ヘプバーンの自伝のなかに、自身を「極端な右利き」と書いた箇所があった。
読んだ時は面白い事書くなあくらいに思ったが、同時に何か引っかかるフレーズで、そこだけが長い間ネトネトと言語化を待つ状態で持ち越していた。
母が亡くなって一年経った。
形見分けの作業をしながら、姉がふと、何をするにも右に拘るひとだったね、と言った。
そうだ。子どもの動作をめざとく見て、左を使っていたら右に替えさせる。自然に右を選ぶとみるまで何度でも持ち替えさせる。徹底的にやる。
母には何かにつけてやりすぎな、極端なところがあったが、同時に自分の拘りをいたって天真爛漫に、楽しんでやる才能があった。
だから誰も止めなかった。子ども達ですら楽しんでいたかも知れない。
クレヨンを握ったぼくの右手を親が上から重ねて動かす。何度も何度も。決して暴力的ではなかった。思い出すのは歌と笑い声だ。
ぼくは親元を離れてだいぶ経つので、いまは自然に左も使う。我ながらほんと歪ですよね、と思うと同時に自分の身体は自分のものだ、という感覚に安心している。
読んだ時は面白い事書くなあくらいに思ったが、同時に何か引っかかるフレーズで、そこだけが長い間ネトネトと言語化を待つ状態で持ち越していた。
母が亡くなって一年経った。
形見分けの作業をしながら、姉がふと、何をするにも右に拘るひとだったね、と言った。
そうだ。子どもの動作をめざとく見て、左を使っていたら右に替えさせる。自然に右を選ぶとみるまで何度でも持ち替えさせる。徹底的にやる。
母には何かにつけてやりすぎな、極端なところがあったが、同時に自分の拘りをいたって天真爛漫に、楽しんでやる才能があった。
だから誰も止めなかった。子ども達ですら楽しんでいたかも知れない。
クレヨンを握ったぼくの右手を親が上から重ねて動かす。何度も何度も。決して暴力的ではなかった。思い出すのは歌と笑い声だ。
ぼくは親元を離れてだいぶ経つので、いまは自然に左も使う。我ながらほんと歪ですよね、と思うと同時に自分の身体は自分のものだ、という感覚に安心している。
