八月二十七日
公開 2024/08/27 22:12
最終更新
2024/08/27 22:12
子どもたちが登校したあと、定期検診へ。
検査はいたい。
凹んで帰宅。
朝から土砂降り→日差し→土砂降り→日差しの繰り返しだった。学校から帰ってきた子どもが行くとき虹出てたよ。と教えてくれる。
学校からショッキングな報せが届く。子どもは学校で知らされたという。
親は子どものケアをする立場なのにぼくが混乱してどうすると思う。でも呼吸がしづらい。
いまもつらい。
自己愛者についての本をKindleで読んだ。
ぼくが自己愛者のターゲットになったのは、自分しか見えていない人間が自己愛を満足させるのにうってつけな環境を手に入れてしまったことによるのだ。親族関係で上下関係、逃げ道がない状態である。
「自己愛は贈与とともにやってくる」という一文がある。自己愛者はものをくれたがるのだという。それは相手を観察し喜ばせようと選んだものではなく、自分を演出したいがためのものだと。
ぼくは確かにいろいろな方からものを頂いてるなと思うときがあるが、パワハラ野郎をシャットアウトしてわかったことは、誰も謝意の強要はしないということだ。
もっと嬉しそうな顔をしろ、とかふつうのひとは言わないのだ。それはひととして当たり前のことだった。
検査はいたい。
凹んで帰宅。
朝から土砂降り→日差し→土砂降り→日差しの繰り返しだった。学校から帰ってきた子どもが行くとき虹出てたよ。と教えてくれる。
学校からショッキングな報せが届く。子どもは学校で知らされたという。
親は子どものケアをする立場なのにぼくが混乱してどうすると思う。でも呼吸がしづらい。
いまもつらい。
自己愛者についての本をKindleで読んだ。
ぼくが自己愛者のターゲットになったのは、自分しか見えていない人間が自己愛を満足させるのにうってつけな環境を手に入れてしまったことによるのだ。親族関係で上下関係、逃げ道がない状態である。
「自己愛は贈与とともにやってくる」という一文がある。自己愛者はものをくれたがるのだという。それは相手を観察し喜ばせようと選んだものではなく、自分を演出したいがためのものだと。
ぼくは確かにいろいろな方からものを頂いてるなと思うときがあるが、パワハラ野郎をシャットアウトしてわかったことは、誰も謝意の強要はしないということだ。
もっと嬉しそうな顔をしろ、とかふつうのひとは言わないのだ。それはひととして当たり前のことだった。
