ちくわ
公開 2024/08/21 21:56
最終更新
2024/08/21 21:56
スーパーに行ったらなつかしいパッケージを見つけた。ぼくの地元のメーカーの「かもめちくわ」である。
かもめちくわは子どもの頃食べておいしいと思った。実家の母はぼくがまた食べたい、と伝えたものは以後買わなくなるし、料理であれば作らなかった。理由は「甘やかすのはよくない」のだそうだ。年の離れた姉と兄は既に友だち付き合いのなかで母の考えは間違っていると知っていたから非難した。ぼくは早々に母に自分の好きなものも大切だと思うことも言わなくなった。
祖母と過ごす時、一緒に買いものにいくのが好きだった。祖母は必ずぼくに食べたいものを聞き、ぼくの好きなものを買ってくれた。
ぼくはひどい偏食だったけど、祖母が焼いてくれるソーセージと小鍋につくる蒸したまごが好きだった。姉が焼くケーキが好きだった。
もしきょうだいと祖母がいなかったら、自分はいまここにこうして存在できてないだろうな、とたまに考える。
母と父は学校の同級生で、子ども時代の気やすさの延長か喧嘩はいつも酷い有様だった。
ぼくの最初の記憶は自分の泣き声だ。母が叫び父が怒鳴る。寝ていたところを二人の喧嘩の音で目を覚まし、やめてくれと泣く自分の声をきいている。
ぼくが目を覚まして泣くとふたりは観客を得たと思うのか、ますます激しく罵り合っていたように思う。
もうやめてよ、と泣きながらも、小学生の頃には二人の喧嘩がすでに芝居じみてると感じたのを覚えている。
子どもの頃決まってみる悪夢はウルトラマンが街をめちゃくちゃに破壊する夢。あと寝かされた自分の喉元に巨大な材木が乗せられて、倒れてこないようにバランスを取る夢だ。こうして言葉にすると滑稽だけど、子どものぼくは必死だったと思う。
ぼくの不眠のひとつはこの辺りにあるのだろう。遅発性トラウマの記事を読んで、腑に落ちるところがあった。母が亡くなって父は穏やかに、ぼくにもぼくの子ども達にも好々爺として接する。母の呪いが解けたのだろうか、でもぼくはずっと怒りを抑えているのだ。お前らは酷い喧嘩を子どもに見せたんだよ、と。
ぼくはかもめちくわを買って、夕食のあとで食べた。甘くて味が濃くて美味しかった。
かもめちくわは子どもの頃食べておいしいと思った。実家の母はぼくがまた食べたい、と伝えたものは以後買わなくなるし、料理であれば作らなかった。理由は「甘やかすのはよくない」のだそうだ。年の離れた姉と兄は既に友だち付き合いのなかで母の考えは間違っていると知っていたから非難した。ぼくは早々に母に自分の好きなものも大切だと思うことも言わなくなった。
祖母と過ごす時、一緒に買いものにいくのが好きだった。祖母は必ずぼくに食べたいものを聞き、ぼくの好きなものを買ってくれた。
ぼくはひどい偏食だったけど、祖母が焼いてくれるソーセージと小鍋につくる蒸したまごが好きだった。姉が焼くケーキが好きだった。
もしきょうだいと祖母がいなかったら、自分はいまここにこうして存在できてないだろうな、とたまに考える。
母と父は学校の同級生で、子ども時代の気やすさの延長か喧嘩はいつも酷い有様だった。
ぼくの最初の記憶は自分の泣き声だ。母が叫び父が怒鳴る。寝ていたところを二人の喧嘩の音で目を覚まし、やめてくれと泣く自分の声をきいている。
ぼくが目を覚まして泣くとふたりは観客を得たと思うのか、ますます激しく罵り合っていたように思う。
もうやめてよ、と泣きながらも、小学生の頃には二人の喧嘩がすでに芝居じみてると感じたのを覚えている。
子どもの頃決まってみる悪夢はウルトラマンが街をめちゃくちゃに破壊する夢。あと寝かされた自分の喉元に巨大な材木が乗せられて、倒れてこないようにバランスを取る夢だ。こうして言葉にすると滑稽だけど、子どものぼくは必死だったと思う。
ぼくの不眠のひとつはこの辺りにあるのだろう。遅発性トラウマの記事を読んで、腑に落ちるところがあった。母が亡くなって父は穏やかに、ぼくにもぼくの子ども達にも好々爺として接する。母の呪いが解けたのだろうか、でもぼくはずっと怒りを抑えているのだ。お前らは酷い喧嘩を子どもに見せたんだよ、と。
ぼくはかもめちくわを買って、夕食のあとで食べた。甘くて味が濃くて美味しかった。
