何となく昨日の続きを
公開 2024/07/06 23:06
最終更新
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クラウス・キンスキーの「パガニーニ」は、演奏家自身より聴いたひとが狂っていく(主に性方面に)描写によって、高校生だったぼくにトラウマを残した。
いま観たらまた違った感想も抱くのかも知れないが、映画にはやっと十代と思しき相手が出てくるので個人的にアウトだ(しかもパガニーニは彼女の毒殺を試みる)。
クラウス・キンスキー自身かなり素行に問題のあった人物で、ナスターシャの姉は長年にわたり父から受けた暴力について告発している。あまりに傷ましい内容である。
映画は彼自身の素行を露出していたのだろう。何もかも酷いとしか言えない。
映画には史実に基づく、とか社会的な問題を提起する、など真面目さの表出の裏にどうしても見世物としてのいかがわしさが存在する。カメラを通して観る行為じたい、そういういやらしさと切っても切り離せないものがある。
ぼくは、その嫌らしさを知りつつそれに惰さずに作られた、観る人間を貶めない映画が好きだ。
いま観たらまた違った感想も抱くのかも知れないが、映画にはやっと十代と思しき相手が出てくるので個人的にアウトだ(しかもパガニーニは彼女の毒殺を試みる)。
クラウス・キンスキー自身かなり素行に問題のあった人物で、ナスターシャの姉は長年にわたり父から受けた暴力について告発している。あまりに傷ましい内容である。
映画は彼自身の素行を露出していたのだろう。何もかも酷いとしか言えない。
映画には史実に基づく、とか社会的な問題を提起する、など真面目さの表出の裏にどうしても見世物としてのいかがわしさが存在する。カメラを通して観る行為じたい、そういういやらしさと切っても切り離せないものがある。
ぼくは、その嫌らしさを知りつつそれに惰さずに作られた、観る人間を貶めない映画が好きだ。
