沈む泥舟
公開 2024/03/26 22:31
最終更新
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沈んでいる。
今日も朝から強い雨風だ。今日の日記も暗い。
自分が言われて嬉しい、ありがたい、一人ではないと思える言葉、とは他者も同じであるとは限らない。
自分は調子が良いとき(浮いてるとき)、ひとの痛み苦しみについてそれわかる、と言ってしまうところがある。安易が過ぎる。
ひとの痛み苦しみというのはそのときの出力が言葉しかないとき錯覚しがちだが、ひとそれぞれに異なるのだ。
それわかる、と気安く発せられた言葉は怪我に対し見当違いな手当を施すようなもので、そのひとの自尊感情まで傷つけかねない。
ぼくが恥ずかしいという自意識で隠していたのは安易な共感をしてしまった事実である。
もし自分が苦しいと打ち明けたとき、友だちが隣にすわってそれわかるよ、と言ってくれたら、受け取るのはわかってもらえた事実ではなくそう言う他無いそのひとの感情であって、手当に繋がるのはその感情がもつ熱でしかない。
感情の伝わる距離にいなければ言葉じたい効果をもたない。
浮いてるときは忘れがちだ。
浮かんでいるときに見えるものと沈んだときに見えてくるものは違う。
今日も朝から強い雨風だ。今日の日記も暗い。
自分が言われて嬉しい、ありがたい、一人ではないと思える言葉、とは他者も同じであるとは限らない。
自分は調子が良いとき(浮いてるとき)、ひとの痛み苦しみについてそれわかる、と言ってしまうところがある。安易が過ぎる。
ひとの痛み苦しみというのはそのときの出力が言葉しかないとき錯覚しがちだが、ひとそれぞれに異なるのだ。
それわかる、と気安く発せられた言葉は怪我に対し見当違いな手当を施すようなもので、そのひとの自尊感情まで傷つけかねない。
ぼくが恥ずかしいという自意識で隠していたのは安易な共感をしてしまった事実である。
もし自分が苦しいと打ち明けたとき、友だちが隣にすわってそれわかるよ、と言ってくれたら、受け取るのはわかってもらえた事実ではなくそう言う他無いそのひとの感情であって、手当に繋がるのはその感情がもつ熱でしかない。
感情の伝わる距離にいなければ言葉じたい効果をもたない。
浮いてるときは忘れがちだ。
浮かんでいるときに見えるものと沈んだときに見えてくるものは違う。
