チョコレート、幸せ、出汁
公開 2024/02/11 20:51
最終更新
2024/02/11 20:51

食べきれなかったドーナツをロリポップに包んだ。これは今日のぼくのおやつ。

ロリポップが手作りバレンタインに人気があった時のことを覚えている。
その頃親族関係になった店を手伝った事でストレスから嗅覚が無くなり、食べものの味が感じられなかった。
通院するなかで街で目にしたロリポップは愛嬌があっていいなと思っていた。
色々あったが、いま健康で自分で良いと思う材料を選んでお菓子を作れているから良い。
幸せ、という事について考えてはまとまらない。
物語、フィクションに触れるとき、その物語なりのひとの不幸と幸福があり、共感できないときでもそのままを受け取ることはできる。
それは物語の持つ力だろうと思う。
フィクションの不幸と幸福を受け取るなかで、じゃあ自分にとっての不幸と幸福って。と考えることができる物語がたまにある。そういう物語に出会えたときは幸運だと思う。
河合隼雄さんがどこかで書いていた事に、ひとの能力や運には違いがあるけど、もしかしたら、幸せになれるかも知れない、という点でひとは等しい。とあって、たまに思い出す。
夕食は鶏がら、煮干し、昆布の出汁で辛みそ鍋にした。滋養のある味だった。
とんこつ十時間的な、やったらやっただけ成果が上がる思い込みが自分のなかにも無いとは言えない。盲目的に邁進することが快。のような。その快にのみ充たされることのないようにしたい(戒めとして)。
