接続詞を考える
公開 2024/01/07 17:34
最終更新
2024/01/07 17:34
思考回路とは短文の組み合わせで成り立つところがあると思う。
ひとと話したり手紙を書いたりして自分を伝えようとするとき気づいた。でも。やっぱり…。前述を受けて続けるときの繋ぎの接続詞。必要か?
文脈のうえで特に意味はなく、調子を合わせようと発してるだけのときも実は根が深いのでは、と思った。
反射的、無意識的に出てくる接続詞ほど、心の底で色々なことを縛ってる気がする。
でも。だから。そのせいで。
強固にパターン化した思考回路から出てこれずに過去ぼくが苦しんだのは、接続詞の力が強かったのだろう。これまで事象を因果関係で説明することを求められ過ぎて、それに応え過ぎてしまった。
「自分」という存在にも、自分を構成するものにも本当は因果関係など無い。
本来的に同時存在している事象を誰かを納得させるために無理に接続詞を使って因果に作り替える。
誰か、のなかには自分も含まれるために気づくのには時間がかかったけど。
接続詞とは思考回路の信号のようだ。
すべての接続詞から自由になった状態を想像してみる。強固な信号が機能しない道はどう進んでもどんな軌跡を描いても良いのだ。
ひとと話したり手紙を書いたりして自分を伝えようとするとき気づいた。でも。やっぱり…。前述を受けて続けるときの繋ぎの接続詞。必要か?
文脈のうえで特に意味はなく、調子を合わせようと発してるだけのときも実は根が深いのでは、と思った。
反射的、無意識的に出てくる接続詞ほど、心の底で色々なことを縛ってる気がする。
でも。だから。そのせいで。
強固にパターン化した思考回路から出てこれずに過去ぼくが苦しんだのは、接続詞の力が強かったのだろう。これまで事象を因果関係で説明することを求められ過ぎて、それに応え過ぎてしまった。
「自分」という存在にも、自分を構成するものにも本当は因果関係など無い。
本来的に同時存在している事象を誰かを納得させるために無理に接続詞を使って因果に作り替える。
誰か、のなかには自分も含まれるために気づくのには時間がかかったけど。
接続詞とは思考回路の信号のようだ。
すべての接続詞から自由になった状態を想像してみる。強固な信号が機能しない道はどう進んでもどんな軌跡を描いても良いのだ。
