巨(お)にぎり
公開 2023/11/14 20:49
最終更新
2023/11/15 06:12
一段落したので昆布を食べた。
だし巻きたまごの巨にぎりにとろろ昆布をたっぷり巻いた。満足した。
今日は自分の名前を書く場面があったのだが、平素途方もない悪筆にもかかわらず、丁寧な文字よ来れ、と召喚して書いたところ、父の筆跡に似ていて驚いた。
確かにこういう外面を作る瞬発力は父から得たものだった。
先日みた夢のことを考えて、何があっても大丈夫、と実感できた積み重ねがつまり自信の積み重ねになるのだが、子どもの頃は不安を打ち明けたところで大人というものはただ闇雲に「がんばれ」「つらいのはお前だけじゃない」という合唱で、現在ではダメな励ましとされる正にテンプレで成長してしまった。
不安な気持ちが生まれたら、現在の自分は言語化なり形にすることで取り組み可能な問題に変換することを覚えたが、子どもの頃は知る由もない。
不安のもとがなんなのかもわからず、漠然と抱えたまま捩じ伏せるしかなかった。
そのまま本心は常に覆い隠し、怖いことに怖いと言えなくなった。
社会的機械的な外面だけは父を追うことでなんとか生きた。
そんな外面も今となっては懐かしい欠片のように思える。遠くへきた。
いまの自分は怖いことに怖いといえるし、不安な気持ちは解きほぐすことからはじめる。
だし巻きたまごの巨にぎりにとろろ昆布をたっぷり巻いた。満足した。
今日は自分の名前を書く場面があったのだが、平素途方もない悪筆にもかかわらず、丁寧な文字よ来れ、と召喚して書いたところ、父の筆跡に似ていて驚いた。
確かにこういう外面を作る瞬発力は父から得たものだった。
先日みた夢のことを考えて、何があっても大丈夫、と実感できた積み重ねがつまり自信の積み重ねになるのだが、子どもの頃は不安を打ち明けたところで大人というものはただ闇雲に「がんばれ」「つらいのはお前だけじゃない」という合唱で、現在ではダメな励ましとされる正にテンプレで成長してしまった。
不安な気持ちが生まれたら、現在の自分は言語化なり形にすることで取り組み可能な問題に変換することを覚えたが、子どもの頃は知る由もない。
不安のもとがなんなのかもわからず、漠然と抱えたまま捩じ伏せるしかなかった。
そのまま本心は常に覆い隠し、怖いことに怖いと言えなくなった。
社会的機械的な外面だけは父を追うことでなんとか生きた。
そんな外面も今となっては懐かしい欠片のように思える。遠くへきた。
いまの自分は怖いことに怖いといえるし、不安な気持ちは解きほぐすことからはじめる。
