手相
公開 2023/11/08 21:18
最終更新
2023/11/08 21:23
子どもが紙で手を切ったというので掌をみたら、怒涛のようにこれまでの記憶が押し寄せた。
産まれたばかりの小さな姿が不思議でならず、一日中眺めて飽きなかった。
小さな右の掌をひらいたら「て」の文字を刻んだような手相だった。あれ?手相って三本じゃなかった?と左を開いたら三本あった。
いまの彼の右手は「て」の上にアクセント記号に似た(á)短い線があった。不思議なものだなと思う。
ぼくの母は母を含めて四人姉妹(兄弟は三人の七人きょうだい)だった。姉妹が集まるとにぎやかでそれは面倒見がよく、子どもたちは甲斐甲斐しく全員の叔母に世話されるのだ。
母のすぐ上の姉はすこし不思議なひとだった。子ども達に会うたびにどれ手相みせて、と言い、それぞれに、ああ、いい手だ、かしこい、やさしい、大物になる、などと言うのだった。
ぼくの記憶にあるのは、遠くへいくね、という言葉だ。大胆だ。これはいい、外国人の友だちができると言った。
そういうものかな、とピンと来なかったが、その言葉は忘れずに、親との軋轢で苦しかったときにどこか救いにしていたように思う。
遠くへ、遠くへ。
親が望んだ学校からだいぶ離れた場所に進学しそのまま今に至った。
伯母は母より一年前に亡くなった。伯母がいま子どもの手をみたら何というかな、と思う。いい手だ、と言うのは間違いない。
産まれたばかりの小さな姿が不思議でならず、一日中眺めて飽きなかった。
小さな右の掌をひらいたら「て」の文字を刻んだような手相だった。あれ?手相って三本じゃなかった?と左を開いたら三本あった。
いまの彼の右手は「て」の上にアクセント記号に似た(á)短い線があった。不思議なものだなと思う。
ぼくの母は母を含めて四人姉妹(兄弟は三人の七人きょうだい)だった。姉妹が集まるとにぎやかでそれは面倒見がよく、子どもたちは甲斐甲斐しく全員の叔母に世話されるのだ。
母のすぐ上の姉はすこし不思議なひとだった。子ども達に会うたびにどれ手相みせて、と言い、それぞれに、ああ、いい手だ、かしこい、やさしい、大物になる、などと言うのだった。
ぼくの記憶にあるのは、遠くへいくね、という言葉だ。大胆だ。これはいい、外国人の友だちができると言った。
そういうものかな、とピンと来なかったが、その言葉は忘れずに、親との軋轢で苦しかったときにどこか救いにしていたように思う。
遠くへ、遠くへ。
親が望んだ学校からだいぶ離れた場所に進学しそのまま今に至った。
伯母は母より一年前に亡くなった。伯母がいま子どもの手をみたら何というかな、と思う。いい手だ、と言うのは間違いない。
