書いておこう
公開 2023/10/14 21:16
最終更新 2023/10/16 08:27
明るい秋の光でいつも思い出す事がある。

会社員だった頃の同僚の友人が亡くなって十年経った。

報せをもらったのはすべてが終わった後だ。

死因は教えてもらえなかった。

そのとき在籍していた会社は入れ替わりが激しくいろいろと派手な社風だった。同期入社の彼女とは気が合い、終業後深夜まで遊び歩いた。

ぼくは肝心の仕事が合わず数年で不眠に陥った。退社して治療に専念し、転職した。


亡くなった報せを受けたとき、最後に会って5年以上経っていた。



***********


治療中の無職のぼくの部屋に、近くまで来た、と電話してきたことがあった。

有名とんかつ店の弁当を並んで買ったと言う。

そのときぼくは処方薬の影響で喉を通るものはMOWというバニラアイスだけだった。他のメーカーはダメでMOWだけがストレス無く胃に留まってくれた。MOWには感謝している。


話がずれた。


いま薬のせいで食べられないんだよ、と言うと、食べたら元気になる!気の持ちよう!と自分の分のとんかつ弁当を食べ、ぼくの分は置いて帰っていった。


体重の落ちたぼくの姿をみてうらやま〜!と言っていたが、彼女こそ一緒に遊んでいた頃に比べてはっきりわかるほど痩せていた。

優秀な彼女は早々に抜擢され複数のプロジェクトをもっていた。ぼくの上長だった時期もあった。

会った頃からどうも彼女には逆らえないところがあり、年が上だった事もあって終始彼女のペースですすむ。
本質的な部分は決して侵害しないので(仕事でもそうだった)末っ子気質の自分は心地良かった

気の持ちよう!とは彼女が自分自身に言い聞かせているように響いた。


***************


ぼくの転職が決まって一年ほど経った頃、彼女からいま治療している、と連絡があった。


会社を休職して家族と住んでいる。住まいは他県で、ぼくの住んでいる近くまで家族が車を出してくれるという。


並木の綺麗な公園で会った。

暖かく晴れて明るい秋の日だった。

彼女は重ね着をして、痛ましいほど痩せていた。

もともと小柄でバランスがよい体型で、選ぶ服も見せ方も拘りのあるひとだった。彼女と並ぶと長身でバランスの悪いぼくはオランウータン似だな、と思ったものだ。


銀杏の樹の下のベンチにかけて、彼女はバッグから自分の処方薬をばさばさと取り出し、これ飲んだことある?と訊く。

飲み続けた薬もあれば合わなかった薬もある。知らない薬もある。


伝えると、一緒に飲も?と言う。

最初は冗談かと思ったが本気だった。
自分の処方薬を一緒に飲もうと誘ってくる。

彼女のいまの症状を尋ねた。
この大量の処方薬は彼女の症状に合っていないのではと感じたからだ。

彼女の話す内容はどこか辻褄の合わないところがあり、ぼくを不安にさせた。
何度か引き攣るような笑いを抑えていた。
今までに見た事がない表情をしていた。


それが彼女と会った最後だ。


*************************

亡くなった報せを受けて、もうひとりの友だちにすぐ連絡を取った。
会ったときの様子を伝えることができて、一緒に過ごした記憶を共有する唯一の友だちだ。


頭の回転がとにかくはやかった。仕事は先手先手で組み、さらに先を読もうとしていた。

いつもひとを笑わせたがり、誰かが面白いことを言うと「くやしい。それ私が言った事にして良い?」というのが口癖だった。

いぬが好きで自身をよく吠える小型犬のようだと自認していた。とろくさいぼくのことは安心できる大型犬、救助犬のセンドバーナードのようだとよく言ってくれた。


じつは若くに結婚してお子さんもいること、一緒には暮らしていないこと、中学のとき親御さんが自死されていたことなど、話したのはぼく達だけだと言っていた。



*************

報せを受けた日の夜、家の中から小鳥の声がした。甲高く軋む聞き覚えのある鳴き声で、なんという鳥かは知らない。

外ではなく室内で響く音だ。空き部屋を確かめるとこんどは天井から聞こえる。

鳥の声は家族も聞いていて、入り込んだのかな不思議だなという。

鳴き声は二日ほど、夜の間も続き、やがて止んだ。


再び友だちに連絡を取ると、友だちは報せの後無人のインターフォンが故障でもなく数日、数回鳴ったという。
子どもが怖がって大変だったと笑っていた。
あのひとこういう悪戯好きそうなところあったよね、と言われて、ああ、確かに。こういう悪戯しそうなひとだった。


友だちはこんな会社にいたら早死にする、といって健康なうちに転職していた。

その後出産や育児の大イベントが続いたこどともあり、彼女と会うのは治療が落ち着いた頃のほうが良いと判断した。正しい判断だったと思う。


音はぼくと友だち二人の罪悪感が作ったのか?お別れのようなものだったろうか、といまも時々考える。
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