モノクローム
公開 2024/10/28 21:51
最終更新
2024/10/29 17:28
配信でマイク・ミルズの「C’MON C’MON」(2021年)を観た。コントラストの少ないモノクロームの映像で、いまの気分に合った。目に優しい。
40代のおとなが9歳の子どもの一時的な保護者として過ごすときどう振る舞うのか。
子どもの母は主人公の妹だ。兄妹は母の最期にあたってこれまで抑えてきた事が溢れてしまった過去がある。
妹の息子はエキセントリックでファニーでめんこい。でも彼を受容するアクションは全てが手探りだ。子どもという唯一無二のオリジナルに対峙したときの戸惑いと通じなさ。おとなの自分が思う「自分」でいられない瞬間がいくつもある。
観ていると感情がいくつも湧いてくる。
本来的に他者でしかない子どもと向き合うことは、戸惑いと試行の繰り返しだ。
(これは鑑賞するぼく自身の問題だが)「女性と子ども」の関係を目にすると何か幸福な一体として感じたい自分がいて、二人の他者の物語として受け入れるのが難しいと感じる。自分が抱えるマザーコンプレックスの渦から自由になれない。でもこの映画のように壮年の男性と少年という関係では、二人の他者の物語、生の一回生において試行を繰り返す人間の姿がわかる。「母」の役目のひとも、こちらが勝手に母の覆いをかけて見えていなかったものがみえてくる。
主人公はラジオ番組をもっているジャーナリストだ。全米の各都市おもに10代の子ども達にインタビューをする。質問に真摯に答える子ども達の言葉は、成長し続ける樹に繁る葉のように瑞々しく、観るものに問いを残す。
40代のおとなが9歳の子どもの一時的な保護者として過ごすときどう振る舞うのか。
子どもの母は主人公の妹だ。兄妹は母の最期にあたってこれまで抑えてきた事が溢れてしまった過去がある。
妹の息子はエキセントリックでファニーでめんこい。でも彼を受容するアクションは全てが手探りだ。子どもという唯一無二のオリジナルに対峙したときの戸惑いと通じなさ。おとなの自分が思う「自分」でいられない瞬間がいくつもある。
観ていると感情がいくつも湧いてくる。
本来的に他者でしかない子どもと向き合うことは、戸惑いと試行の繰り返しだ。
(これは鑑賞するぼく自身の問題だが)「女性と子ども」の関係を目にすると何か幸福な一体として感じたい自分がいて、二人の他者の物語として受け入れるのが難しいと感じる。自分が抱えるマザーコンプレックスの渦から自由になれない。でもこの映画のように壮年の男性と少年という関係では、二人の他者の物語、生の一回生において試行を繰り返す人間の姿がわかる。「母」の役目のひとも、こちらが勝手に母の覆いをかけて見えていなかったものがみえてくる。
主人公はラジオ番組をもっているジャーナリストだ。全米の各都市おもに10代の子ども達にインタビューをする。質問に真摯に答える子ども達の言葉は、成長し続ける樹に繁る葉のように瑞々しく、観るものに問いを残す。
