17年。
公開 2025/10/11 11:11
最終更新
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2008年。 #
まだ実家暮らしの頃。まだ眠れるなと思いながら家でダラダラと過ごしていた土曜日の午前中。テレビでは「王様のブランチ」の映画コーナーで『マイ・ブルーベリー・ナイツ』が紹介されていた。付けっぱなしにしていただけで全く見てもいないのに、流れてきた曲が耳に届いた瞬間、画面に釘付けになっていた。
ノラ・ジョーンズ『Don't Know Why』
シンガーソングライターとして活躍していた彼女の初主演映画で、グラミー賞を受賞した楽曲が取り上げられ、ただただ雷に打たれたような衝撃を受け、身動きすら取れなくなってしまった。これまで生きてきた人生を振り返っても、後にも先にも一度きりの出来事で、今でも思う。あれは一目惚れならぬ、一聞き惚れだったと。
どのくらいの時間が経ったのか今ではもう定かではないが、放心状態から落ち着きを取り戻した後、今テレビで流れていた曲を、どうしてもしっかりともう一度聞き直したいと強く思った。とは言え、当時はサブスクなんてもっての外のスマホすら無い時代。家族のパソコンで断片的に残っている記憶を頼りに検索を続け、どうにかノラの名前までたどり着き、片っ端から着うたフルで試聴を繰り返し、見つけ出した曲を親の許可を得てダウンロードした。一曲まるごと聴けたことに感激と感動が止まらず、一日中同じ曲を聴き続ける生活を大袈裟でなく一ヶ月は過ごしていた。
勢いは止まらず、他の曲も聴きたいとamazonでファーストアルバムを、こちらも親の許可を得て購入した。そこから休日はCDラジカセで全曲通して聴くことが当たり前になり、程無くして他のアルバムもTSUTAYAで借りてきて聴きまくった。WALKMANを買ってもらってからは合計3枚のアルバムを持ち運び、「ノラ・ジョーンズだったら英語だから受験勉強になる」という現実逃避の逃げ道からよく脱走していた。
2025年。 #
時が経ち、いつか行きたいと思っていたノラ・ジョーンズが来日すると知り、居ても立っても居られずにチケットをその場で申し込んだ。抽選結果の当落メールが届くまで浮足立った気持ちをどうにか抑え込みながらその日を迎え、心待ちにしていた二文字を目の当たりにした。当選。当然のように浮かれた。
下ろし立てのセットアップを身に纏って、普段なら早くても開演20分前くらいにしか客席に着かないのに、逸る気持ちを抑えきれずに45分も前に座ってから、行っても間に合うお手洗いに行くことも出来ず、緊張と興奮に飲み込まれていた。ライブでもコンサートでも何なら大学の卒業式でも、幾度となく訪れているはずの武道館がこんなにも特別な空間であったことなんて、ただの一度も無かった。
バンドメンバーが先に登場し、その後ノラが現れる。過去に何度も繰り返し聴いた曲が一曲目としてオープニングを飾り、気が付いたら涙が零れていた。新しいアルバムの曲も、慣れ親しんだ曲も、織り交ぜながら演奏が会場を包み込む。世界で一番美しい音楽がこの世に存在すると、ずっと知っていたことを初めて知った。
もし仮に人生がいくつかの章に分かれているとしたら、間違いなく一つの章が終わりを告げた日だったし、出会った瞬間から17年続いた連ドラの最終回のような日だった。そのくらい、後にも先にも忘れられない一日が、確実にあの日にあった。
あの頃とは違い、親の許可を得なくてもツアーグッズは買えるし、WALKMANはスマホに代わって、近所のTSUTAYAは閉店した。サブスクでノラの最新アルバムを聴きながら、自分専用のパソコンでこのエッセイを書いている。人生は別の章に移って、新しい連ドラも始まって、それでも色褪せない楽曲に、今もまた彩られている。
【次回は11月11日(火)に公開予定です】
中西崇将 エッセイ『ハチミツはまだ早い』
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