学び舎に思いを馳せて。
公開 2025/03/31 23:00
最終更新
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大学生の時は #
新生活が始まる人も多い、まもなく四月の今日この頃。11日から少し遅れた今回のエッセイは、胸を躍らせて上京した大学1年生を思い出しつつ、ある春の日の一コマから。
小学校では演劇クラブ、中学高校は演劇部に所属していた。だからこそ大学に入ったら全く別の、演劇以外のことをやろうと思っていた。はずがあれよあれよと演劇サークルに所属していた。何故だ。
さて、あれはサークルに所属したばかりの新人たちがメインの公演、通称新人公演の出演する作品の稽古場でのことだったと思う。稽古の合間の休憩時間、雑談の中で先輩に、
「1年生は1限を遅刻するけど、4年生になったら4限遅刻するようになるよ。」
と言われた。そんなことないだろ、と思った。そんなことあった。
元々朝は苦手、その上初めての一人暮らし、1限に遅刻することは、まぁ正直あるだろうとは思っていた。だが4限に遅刻するなんて、そんなの電車の遅延くらいしか理由が思い付かなかった。しかし案の定その先輩の予言は的中する。大学4年生ともなれば20歳を過ぎてお酒を飲めるようになり、若気の至りで朝まで飲むこともあった。加えて先述の演劇サークル所属から自身の劇団を旗揚げし、脚本が書けずに夜が明けてしまうこともあった。すると、何ということでしょう。起きられないではありませんか。大学4年生、22歳。遅刻の理由は寝坊。今考えると恐ろしいくらいに不真面目であった。そんなこと、あった。
そうは言っても押さえるべき所は押さえており、単位が足りないなんてことにならないように必修科目や学部の科目以外にも気になる授業も履修することで、卒業要件よりも多く単位を取得し、無事に卒業することが出来た。卒業が確定して学生生活最後の2限の授業は当然の如く寝坊で行けなかった。オチとして完璧すぎるだろと思いつつ、担当教授には申し訳なさしかなかった。しかしどこかで、この先まだまだ勉強することも授業を受けることもたくさんあるだろう、と妙に楽観的な気持ちになったことを覚えている。
受講生の頃は #
先程公開された『障害のある人と考える舞台芸術表現と鑑賞のための講座2024』の報告書にあるように、この度受講生として参加させていただいた。2024年の9月から2025年1月にかけて、オンライン講座を受け、全国各地に視察研修に赴き、グループワークで企画を練り、忙しくも充実した四ヶ月を過ごすとこが出来た。
あの頃思っていた、まだまだ勉強することも授業を受けることもたくさんあるだろう、といった予感は、先輩の予言の如く的中した。しかし、あくまでも個人的な感覚ではあるが、あの頃思っていた勉強や授業とは決定的に何かが違うと思った。講座終了から少し経ち、俯瞰で見られるようになった今、その違いを言葉にしたいと思う。
大学生の頃、いや勿論どの学校や何の学部へ行くのか、あるいは進学しないのか、それを決めたのは高校生の頃ではあるのだけれども、実際大学生になって授業も勉強もゼミも、やりたいことや学びたいこと、と単位が取りやすいと教えてもらったことを踏まえて、自分で取捨選択をした。その時に選ばなかったり興味が無かったりした分野や科目を卒業後に学習することがあるのだろう、と当時は思っていた。
しかし、今と当時では状況も世界も、本当に全く異なってしまっている。動画投稿をするようになったり、エッセイを書くようになったり、個人のレベルですらこれだけあって、自分自身トリガーアラートや鑑賞サポートといったことに取り組んだように、ずっと変わらずにやってきた演劇にも目まぐるしい勢いで変化が巻き起こっている。そうやって新しく生まれた分野や科目を学習する可能性があることを大人になって初めて知った。
卒業生の今は #
演劇が誰にとっても身近なものであったら良いな、を自分の軸として活動するようになり、介護や福祉の資格を取得した上で臨む講座はもう少し上手く立ち回れると思っていた。しかし現実は初めて知ることが多過ぎて自分の中に全く語彙が無く喋ることが出来ず、もどかしくて必死になって本を読み漁りそこでまた立ち止まってしまって、手に負えないかもしれないと思った瞬間が正直たくさんあった。誰にとっても、といえば聞こえは良いけれども実際演劇をやりたいのは自分なのだから、ただのワガママなんじゃないかと思った瞬間が正直いっぱいあった。
この四ヶ月を経て、演劇が誰にとっても身近なものであったら良いな、という最高に簡単で最強な問題に、きっと生涯かかっても答えは出ないし、むしろそれこそが答えなのだと思った。大学生の頃だったらそれを諦めや悔しさという感情のジャンルに振り分けていたことだろう。けれども、たとえ演劇をやりたいことが自分のワガママだったとしても、演劇を観に行きたいことはワガママなんかじゃない。観に行きたいと思うお客さんが一人でもいるなら、自分からもっとワガママになろう。観に行きたいという気持ちに応えられるように、この答えの出ない問いに向き合ってみよう。悔しさをバネに希望や未来を諦めたくない、感情を超えた先の想像が出来るようになった。
大人になっての学びは、単位や卒業といったわかりやすいものでは決してない。けれども、思いや気持ちや考えを整理して形にして続けていくことが出来るものだ。この先どうなっていくのかは誰にもわからない。世の中の改革の最前線に居続けることは、今の自分では難しい。けれども学び続けることは、今の自分でも出来そうな気がする。気負い過ぎず背伸びし過ぎず、等身大で日々を少しずつ積み重ねていきたい。
「大人になってからも一生勉強だよ」
どこかで聞いたことのある文言を思い出す。そんなことないだろ、と思った。そんなことあった。
【次回は4月11日(金)に公開予定です】
中西崇将 エッセイ『ハチミツはまだ早い』
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