いつか、その『寿司』が回らなくなっても。
公開 2024/05/11 11:11
最終更新 2024/06/01 15:34


さぁ、何を食べようか。 #

 まずはアジやイワシだろうか。所謂青魚と言われる魚から食べ始め、時折コーンや納豆といったネタを挟みながら、サーモンやエビの食べ比べをしてみつつ、最後はマグロかビンチョウマグロで締める。いつものお気に入りラインナップだ。回転しなくなったのにも関わらず『回転寿司』と呼んでしまうのは『回転しない寿司』への憧れが拭えないからなのか。

 あまり大きい声では言ってこなかったが、そこそこのアレルギー持ちである。昔食べられたイカ・タコ・貝類は、数年前から食べると身体に痒みを覚えたり、血の気が引くような感覚が出たりするようになってから、口にすることを止めた。貝類に関しては至る所で出汁として使用されているので、注意していても摂取してしまうことがあるため、今でも時々動けなくなることもあるが、付き合い方さえわかっていればどうにかやっていけるもんだと、ある種の開き直りをしている。

 話を戻そう。冒頭、いつも頼む『回転寿司』での注文をざっくりと記載してみた。実際には期間限定の一品や気分で食べたり食べなかったりする物もあるため、細かい所では異なる。ネギトロだって食べるし、炙りしめ鯖だって大好きだ。それでも食べられるラインナップにはそれ程変わりが無いのは事実だ。


寿司を廻る昨今。 #

 ハレの日と呼ばれる日だけでなく日常食として、もはや寿司は定着しているのではないだろうか。スーパー、あるいはコンビニでさえ、パックに詰められた寿司は容易く手に入れられるし、手頃な値段で食べられる『回転寿司』も今やあちらこちらに店舗を構えていて、『回転しない寿司』に行く方がむしろ貴重な体験だと思う。

 値上げの影響は留まることを知らない。現に1皿100円の時代は徐々に過去の物になりつつある。勿論それでも企業努力で100円を維持している所もあるが、1皿120円、150円だって別に特別な商品ではないし、都市部は更に高価格帯で販売する店舗も増えつつある。消費者としては手を出しやすい値段で食べられるのならば有難いことこの上ない、といった具合であるが、ただ一つよぎるのは、私が幼い頃、初めて『回転しない寿司』へ連れて行ってもらったことの記憶である。


初めての『回転しない寿司』へ。 #

 あれは今から20年程前。小学校の卒業のタイミングだっただろうか。家族や親族と食事に出掛けたのかもしれないし、もしくは一人で連れて行ってもらったのかもしれない。その日、私は『回転しない寿司』のカウンターの席に、父親と共に座っていた。

 大人になってわかったことがある。『回転しない寿司』はメニューが無い。大将さんなのか職人さんなのか、とにかく頼めば出てくるシステムは、大人となれば最上級の幸福を提供していただけるのだが、若干12歳の若造には少々荷が重いものがあった。

「何でも頼んで良いよ。」と、父が言った。

 「マグロ」「エビ」「アジ」「ブリ」、そして当時まだアレルギー発症前の「イカ」。知りうる限りの、『回転しない寿司』にありそうなネタを言い続けた。「中トロ」。普段だったら頼まない高級なネタも、この日ばかりは口にするしかない程、他にネタ切れだったのである。上手いことを言う。

「サーモン」

 そう伝えた時、その場の空気が変わったのを今でもよく覚えている。

「ここは『回転寿司』じゃないから「サーモン」は無いんだよ」

 別に嘲笑されたとか、蔑まれたとか、そういうことがあった訳ではないと記憶しているが、大人の世界の常識は若造には耐え難い物があった。実際に外から見ていた訳ではないのでわからないが、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたように思う。というか恥ずかしかった。


回ったって、回らなくたって。 #

 ほろ苦い初めての『回転しない寿司』の経験を経て思うのは、昨今の情勢からして値上げは仕方のないことだと思う。それは承知の上で、もう少し価格帯が異なったとしても、色々な種類の魚を取り揃えてくれないだろうか。「マグロ」「サーモン」「エビ」の3種類でメニューの過半数を占めるのではなく、かといって何もいきなり「フグ」や「ノドグロ」を求めている訳でもない。子どもでも手軽に触れられる『回転寿司』だからこそ、「コハダ」や「カワハギ」のような、サザエさんでも聞かないような魚を扱っていてほしい。

 寿司が日本の食文化と呼ばれるようになって久しい昨今において、食べられる種類が『回転寿司』と『回転しない寿司』の間に壁があってはやはり悲しい。フードロスの観点から人気のあるネタを積極的に仕入れるのは理解できるが、様々な魚の種類に触れられる機会を削がれてしまっては、あの頃の恥ずかしがり屋の若造を救う一手にはならない。このままでは「ブリ」と「ハマチ」と「イナダ」を同時に頼んでしまう。

 そうは言っても今の私は『回転しない寿司』へ行っても「サーモンあります?」と頼むだろう。文化というものは流動的だ。だから楽しい。だから美味しい。


【次回は6月11日(火)に公開予定です】

中西崇将 エッセイ『ハチミツはまだ早い』
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