かわってく景色を
公開 2024/06/12 22:52
最終更新
2024/06/12 22:52
カネコアヤノのライブの雰囲気がここ2年くらいで一気に変わった。
おれは音楽に詳しくないから、たとえば中田裕二がツーマンのときに長澤知之を「和製ニールヤング」と形容したみたいには、カネコの音楽を〇〇っぽいとか言うことができない。
ひねりだして出てくるのが「カネコアヤノいかつい」である。
昨年の武道館や大阪城ホール公演の頃、ドラムの光さんが加入してだいぶ雰囲気は変わっていたけれど、まだまだその空間にカネコ自身の不安や苦しさがあった。
これまで演奏中にカネコが涙ぐむシーンも何回も見てきた。
けどこないだ横浜でライブを観た時には、そういうカネコのか細さが、一切と言っていいくらい、自分には感じ取れなかった。
感情が呼び起こされる暇もなく、ただただ圧倒されてあっという間の2時間だった。
めちゃくちゃかっこいいし、盛り上がったし、楽しいライブだった。
けど、なんというか、今のカネコアヤノを見ていると、カネコという猛スピードの車に自分が振り落とされていく感覚がある。
もしカネコが今の路線で大丈夫になっていくのだとしたら、自分とカネコでは救われ方が違うんだろうなあと思う。
自分がどう救われていくのか見えているわけじゃないし、あくまで自分が見ているのはカネコの表現であり作品であって、それを作り手の人間そのものだと捉えてはいけないのかもしれない。
ただ、自分はああはならない(なれない)のだろうな、違う形なんだろうな、という予感。
カネコにずっと苦しいままでいてほしいのではない。
じゃあお前はカネコにどうなってほしかったのかと聞かれても、わからなくて何も言えない。
でも、やわらかな炎を囲っていたようなライブの記憶がもはやノスタルジーと化していることをさみしいと思っていて、彼女の変わっていくさまにまだ肯定も否定もなく、ただこの1年半くらいずっと、戸惑い続けている。

おれは音楽に詳しくないから、たとえば中田裕二がツーマンのときに長澤知之を「和製ニールヤング」と形容したみたいには、カネコの音楽を〇〇っぽいとか言うことができない。
ひねりだして出てくるのが「カネコアヤノいかつい」である。
昨年の武道館や大阪城ホール公演の頃、ドラムの光さんが加入してだいぶ雰囲気は変わっていたけれど、まだまだその空間にカネコ自身の不安や苦しさがあった。
これまで演奏中にカネコが涙ぐむシーンも何回も見てきた。
けどこないだ横浜でライブを観た時には、そういうカネコのか細さが、一切と言っていいくらい、自分には感じ取れなかった。
感情が呼び起こされる暇もなく、ただただ圧倒されてあっという間の2時間だった。
めちゃくちゃかっこいいし、盛り上がったし、楽しいライブだった。
けど、なんというか、今のカネコアヤノを見ていると、カネコという猛スピードの車に自分が振り落とされていく感覚がある。
もしカネコが今の路線で大丈夫になっていくのだとしたら、自分とカネコでは救われ方が違うんだろうなあと思う。
自分がどう救われていくのか見えているわけじゃないし、あくまで自分が見ているのはカネコの表現であり作品であって、それを作り手の人間そのものだと捉えてはいけないのかもしれない。
ただ、自分はああはならない(なれない)のだろうな、違う形なんだろうな、という予感。
カネコにずっと苦しいままでいてほしいのではない。
じゃあお前はカネコにどうなってほしかったのかと聞かれても、わからなくて何も言えない。
でも、やわらかな炎を囲っていたようなライブの記憶がもはやノスタルジーと化していることをさみしいと思っていて、彼女の変わっていくさまにまだ肯定も否定もなく、ただこの1年半くらいずっと、戸惑い続けている。

