生きる
公開 2024/12/31 22:56
最終更新 2024/12/31 22:56
今年の夏も死ぬほど暑かった。
温帯の日本でも太陽に殺されかねなくて本当に深刻な気候変動だと思う。
学生相手に仕事をしているから、8月は仕事も佳境になりただでさえエネルギーを消費するのだ。
夏休み明けは自分が小学生だった頃はもう薄い上着を羽織って登校する季節だった気がするけど、最近は38℃超えの日とかまだざらにある。
3ヶ月以上続くクソ暑い季節はもうトゥーマッチで、秋のプレイリストを聴いて無理矢理に秋を感じてみたりする。

とはいえ9月に入れば多少なりとも過ごしやすい日がちらほらあって、それが本当に嬉しくて毎年自分へのご褒美として遠出の予定を詰め込みがちだ。

今年も、
・箱根旅行
・京都遠征(somenoで長澤ライブ)
・Augusta Camp@富士急(前夜祭も)
3つ旅行をした。

去年もトラス(石崎ひゅーい×長澤知之×小山田壮平)で福岡に行ったり、オーキャンで横浜に泊まったりした。

そんなわけで毎年9月は自分にとっての夏休みというか、かなり好きな月だ。
なんか、苦しいサウナからようやく出て水風呂で気持ちよくなる感じに似ている。

ちなみに暑さより寒さの方が圧倒的に苦手だから、しばれる寒さから解放されて肉体が解凍されていく3月はもっと好き。
気持ちよく散歩できるし、自分の誕生月でもあるから。
水風呂よりも外気浴の方が気持ちいいしね。



オーキャン(9/20.21)の翌日から、ぐんと気温が下がったのを覚えている。

この時から、明らかに体調が崩れ始めた。
季節の変わり目、気温差のせいだろう。
まず寒暖差アレルギーだろうか、花粉症のような症状と37.3℃くらいの微熱が続いた。
風邪薬と解熱剤で不調をごまかしながらやり過ごしていたけど、そのうちいきなり不安に襲われたり、動悸がするようになった。

この不調で彼女には迷惑をかけてしまった。
自分が数年前に鬱を患ったことや今でもたまに調子が崩れてしまうことは知っていて、それも承知で付き合ってくれた人だった。
でもこのときほど自律神経の乱れまくったひどい姿を見せたのは初めてで、びっくりさせてしまったと思う。鬱が最悪だった頃にも匹敵するほどだった。
とにかく毎日わけもわからない不安でいっぱいで、だからおれは寄っ掛かってしまったというか簡単に言えば情けなくも重い男になっていた。
だから彼女からどんどん距離を置かれていくのを感じた。
そしてふとしたときに涙が溢れたり、深夜2時を過ぎても眠れなくて住宅街を徘徊したりするようになった。
やめたタバコもまた吸い始めてしまった。



その頃、一人暮らしの弟が休職期間に入って実家に帰ってきた。

自分自身がホンモノの鬱だったとき、一日中膝を抱えてうさぎを眺めていたことがあったが、弟はそんなことはしていなかったけど、数年前の一番しんどかった時の自分を見ているようだった。

ここで自分がダウンしているさまを見せてしまうと、弟によくないと思った。
鬱病とはすなわち視野狭窄だと思う。
死ぬこととか、人生終わりだとか考えてしまうのは、世界を見るスコープが極端に絞られている状態なのだ。
だから、厚かましくてもお節介でもその沼から引っ張り出してくれる存在が当時の自分には必要だったし、そういう人やものや環境に救われてきたといまでも強く信じている。
それに何より息子2人が滅入っているさまを両親に見せたくない。
気張って過ごしていた。ばかのふりして弟にちょっかいをかけてみたり、家の中ででかい声で歌ってみたりした。

さらに悪いことにこのタイミングで、小学生の頃から新潟の従姉妹の家にいる犬が亡くなったと知らせがきた。
平均寿命を大きく超えて18年も生きた大往生のミニチュアダックスだ。
従姉妹の腕に抱かれて眠るように逝ったという。
もう年末に新潟に行ってもあの子に会えないことはすごく寂しい。



弟がアパートに戻った頃。
おれは涙がとまらなくて、もうすぐ27にもなる男が本当に情けないんだけど、夜中に親を起こして泣きついてしまった。
何が辛いの?と心配して聞いてくれるけど、うまく答えられない。自分でもよくわからない。
もうやだとか、生きていけないとか、嗚咽しか出てこない。
親も泣いていた。
明日にでも心療内科に行ってきなさいと言ってくれた。

数年前通っていた心療内科は新宿にある。
西武新宿線。目に入る普通のサラリーマン、学生、カップル、全ての人が何の問題もなくのうのうと暮らしているように思えて、どうしておれは何年経ってもいつまでもこうなのかと、いらつきなのか焦りなのか自分でもわからない感情で、誰彼構わず胸ぐら掴んで罵声を浴びせたい気分だった。

病院に着くと、以前担当してくれた先生はもう退職していて、若い女性の先生が話を聞いてくれた。
物腰の柔らかさに心から安心して、
聞かれたこと1に対して10も20も言葉が出るわ出るわで。


***

突然不安に襲われて泣いたりするんです。

もともと多趣味で朝型で快活な人間なのに、いまは全然眠れないし朝起きれないし、ジェットコースターみたいな気分の上がり下がりにもう疲れちゃったんです。

もう27になるのにおれは正社員じゃなくて、周りのみんなができる人付き合いとかスキルとか全然身についてなくて将来が見えないんです。

学生時代の知り合いはどんどん結婚したり子どもを持ったりしてるのに、自分だけずっと低いステージで足踏みしてるようで情け無いんです。

数年前の鬱病は完治したと思ってたのに結局またぶり返して、人生ずっとこのままなんじゃないかって思うともう死んじゃった方が楽じゃないかとか考えちゃうんです。

でも僕のスタンダードはこっちじゃないくて、生きるのを楽しいと思える明るい自分は確かにいて、そっちに戻りたいのに長い長いトンネルの先が見えなくて…

***


抗うつ薬と眠剤を数年ぶりに貰って、平日夜の満員電車に乗る気力もなくて、その日は特急に乗って帰宅した。


謙虚さのみじんも無く 妬みそねみノイローゼ
でもまたすぐに思い上がる
病院に通うのが僕の仕事なんだ
そこの先生は良くしてくれる

保険証はいらない診察代も払わない
逆に僕がもらう始末

お礼を言うのが僕の使命なんだ
そこの先生は頷いてくれる

(幸せへの片思い)


病院に行ったのが木曜日。
土曜日に、大阪に住んでいる中学からの親友に会いに行った。
よく電話するからお互い近況は知っていて、
今回は親友とその彼女が気晴らしに大阪を案内してくれるとのことだった。
パニック発作が起きたら心配だからと親には止められたけど、家に籠っている方がどうにかなりそうだったので
頑張って起きて朝イチで東京駅に行って、3時間かけて大阪に向かった。



551の本店で親友とその彼女と合流して、どこへ行きたい?どこでも連れて行くよと言ってくれたので、なんでもいいから自然のある場所に行きたいと言ったら、梅田のグラングリーンという最近できた芝生の広場みたいなとこを提案してくれた。
親友とその彼女のやり取りを後ろから眺めながら、ぼーっと歩いた。

梅田に着いた頃に彼女から別れたい旨の連絡が届いた。
一瞬全身に痛みがほとばしった。
親友はたぶん頭をフル回転させて精一杯の配慮でいろいろ言葉を掛け続けてくれていたけれどそのときの自分の耳には何も入ってこなかった。

本当は一泊して大好きな京都にでも行くつもりだったけれど、親友はもうすぐ仙台行きの飛行機に乗ってしまうし、今夜1人でいたらおれは自殺するかもしれないと思って、大阪に着いてたった2時間くらいだったけど東京に戻ることにした。
夕方から大阪住みのフォロワーとも会う約束をしていたが、おれは手荒く梅田に呼び出して長澤知之の新譜だけ雑に渡して、またゆっくり話しましょうと言って新幹線に乗った。
新幹線での醜態は書けるものではない。
親を東京駅まで迎えによこして、最寄りから家までずっとタバコ吸ってもう死にかけの、もはやゾンビみたいな顔で家に着いた。
意識のベクトルを内側に向けてはいけない、外の世界を見ていなければ発狂してしまう。
仙台へ飛んだ親友へ電話する。

ごめんこれから二次会だから長く話せない!彼女が相手してくれると思うから電話かけてみて!

親友の彼女と電話をする。
おれたちの思い出話とかお互い彼の好きなところを話したりとかして時間が過ぎていく。
その日は寝たんだか寝てないんだか覚えていない。
翌日は日曜日だった。
やっぱり1人ではいられなくて、学生時代の友人、昔マッチングアプリで出会った人、フォロワー、会えそうな人に片っ端から連絡をかけてとある人を新宿に呼び出して一緒に過ごした。
そのときは軽い躁だったと思う。
自分から声を掛けておきながら連絡が返ってくる頃には返信する気力も無くて、未読のままLINEのトークを削除したりして、最低だ。

本当に不義理を重ねてばかりいる。
人の週末を潰したり、若くない親を振り回したり、親友の彼女に自分のケアをさせたり、旧友を心配させるだけさせてばっくれたり
いったいおれはなにをしているんだろう。

会える人が誰も捕まらない時でも誰かの体温、誰かの人生を感じていたかった。
そういうときに物語は自分を救ってくれる。

今年このブログを始めるきっかけをくれたフォロワーがいる。
8月にその人がエッセイ集を本にして出してくれたので、即売会に買いに行った。(というか譲ってもらった)
帰りの電車から早速読んだのに感想にキモさを乗せずに届けることができなくて、本の構想段階から会ってもらったりしてある意味プレッシャーを与え続けていたくせに、完成品を受け取ってからなにも言えていないのは筋違いだろう、利己主義な自分に辟易しながらも、このときもこのエッセイを通してその人の世界を覗かせてもらって本当に気を紛らわすことができたというか、大袈裟でなく救われた。
もしこれを見ていてくれたら、直接言えなくてごめんなさい、素敵な本をつくってくれてありがとう。



ときに筋トレというものは素晴らしい。
おれは1年のうち150日くらいは自分で自分を殺したいほど自分が嫌いだ。
そんな日には死ぬかもしれない強度のウエイトトレーニングで自分を追い込んでいる。
ジムで自分を殺すことを知っているからおれは死なずにいられるのだろう。
テストステロンがぶち上がってジムを出る頃には、まあ生きるのも悪くないかもって本当になる。
いつのまにかベンチプレスは100kg挙がるようになったしワイシャツは毎年買い替えるようになった。
ジムに行けばなにか変わることを知っている自分は幸運だと思う。


長澤知之のプラネタリウムは彼女と行く予定だった。しかもあろうことかソメノで本人が終演後の物販に立ってくれたときに、プラネタリウムライブは彼女と行きますなんて謎に宣言までしている、最悪だ。

開演前に心療内科の薬を飲んだのは、大好きな人の音楽を聴いて感情の波が増幅されるのが怖かったから。
1曲目は24時のランドリーだった。
RAWで再録されたこの曲をこの頃ずっとずっと聴いていた。
まるで自分のためだけのライブだと思った。
抗うつ剤は、悲しみも喜びもなにも感じさせなくする効果がある。
だからこのときも何も感じないまま、熱い涙が頬を流れただけだった。

それでも確かに、奈落の底から星を見た。



10月5日の長澤知之の投稿。


P.S.S.O.S.は絶望の曲ではありません。
時々人は「助けて」を声にしづらいものですが、苦難の中にあっても希望を探すからそれを言うのです。幸せを求めることがなぜ恥ずかしいことでしょうか。
あなたに届いてくれたことが、この曲が希望であったことを証明しています。皆さんに感謝を(長澤)


おれは「健康になりたい」旨の独り言が多いと思う。
「助けて」が「幸せになりたい」を含意するのであれば、「健康になりたい」の裏にあるのは、黙っていれば不健康へ落ちていく自分の性質なのではないか。だとしたらそれは「助けて」に比べてむしろ強がりさえ含んだ言葉だ。

本当に、もっと簡単に「助けて」と言えないものか。
「苦しい」さえも言えたらいい。
体や精神がおかしくなる前に。


人間の心や脳は本当に不思議なもので、大抵のことは時間が和らげてくれる。
たくさんの人におんぶに抱っこで、薬のおかげもあるんだろうが、1ヶ月も経つ頃には随分元気になっていた。
4時台に起きてカフェやジムに行ってから出勤し、退勤後はボクシングに行く生活が戻ってきた。
当分恋愛をする気にはならないが、マッチングアプリで出会った人と飲みに行ったり一緒にスポーツをしたりして、決してお互いのパーソナルスペースに踏み入らないよう気をつけながら、異性との交流もまた楽しめるようにもなった。飲んで話しているうちに高校の同級生だったことに気が付いて2人で大笑いした日もあった。
今年ファンクラブに入会したNakamuraEmiにも随分救われた。デカい声で前向きなことを歌う人はやっぱり大好きだ。
筋トレは言うまでもなく、勉強もまたとても楽しい。結局ダラダラ1年以上続けている英検1級の勉強は、ライティングにChatGPTを導入してからすごく捗るようになった。世の中の大半の人は勉強が嫌いだけれど、それを楽しめる自分もまたとても幸運だと思う。
自分のことが大嫌いだからこそ、自分が変わっていくことを心から楽しめるのだ。というか、現状維持で生きていたらおれの自己嫌悪はモンスターと化すまで肥大していつか自分を殺すと思う。ときに人はおれのことをストイックだと言うけれど、こうしていくほかおれは生きていく術を知らないのだ。
だから今日の自分が昨日の自分とは違うことを可視化するために今年の5月から毎日日記を書いていて、その日に感じた感謝とか成長とか気付きを残すようにしている。これもバッドモードのときは手をつけられなかったけれど11月には再開できた。
ゆっくりと、でも確かに、本来と思える自分を取り戻せてきた。





消えないトラウマやセンチメンタルはきまって前進を妨げるのに、どうして大抵の感情は、誰かへの愛情も、誰かを失った悲しみも、人生の希望も絶望も、とても激しくて永遠にさえ感じるものなのに、結局はいつも消えてしまうんだろう。



今年ほど自分の年齢を意識したり同級生との差に焦った年はなかった。そしてその種の不安が積もり積もって決壊したことは決して否めない。
来年も、仕事とか結婚とかなにか劇的な人生の変化はきっとないだろう。
むしろ年齢をまた一つ重ねて、今年よりももっと勝手に追い込まれるのかもしれない。
鬱病もまた再発するかもしれない。身近な誰かが亡くなってしまうかもしれない。

世の中のことや他人はどうにもならないし、すべては自分の捉え方次第だと分かっていても、それすら十分にコントロールできない。

それでも、世界が美しいと思える瞬間があるから、そのためにおれは生きていきたいと思う。

たとえばライブに行くこと、好きなものや人への恋焦がれ、自己実現へ向かう実感がそれである。

それが生きていくことの苦痛に見合わない報酬だとしてもいい。
人生が喜びに溢れてるなんて妄想を抱くからしんどくなる。生きていくことはそもそも辛いことだってもういい加減に分かった年だった。

きっと来年も苦しくなるんだろうし死にたくなることもあるんだろう。

それでも生きていくんだ。

地獄の中に微かなチルを求めて。











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