父の癌が見つかった日
公開 2025/06/24 18:29
最終更新
2025/06/24 18:29
父が胃がんになった。
お腹の調子が悪く、内視鏡検査を受けたらポリープが見つかり、精密検査をしたら悪性だったようだ。
これから進行具合や転移の状況を調べるが、ステージ1でないことだけはもう分かるらしい。
今朝も父はぼーっとしていて、トースターに入れたバターロールを丸焦げにしていた。
おれはおれでなんか頭がまわらなくて、仕事用のリュックにあれこれ入れ忘れて、家を出るのにいつもより随分時間がかかった。
父は医療器具メーカーで長年働いていて、母も地元の大病院に勤めているから、2人とも医療に詳しくて、家族の誰かが病気をしたときには家の会話が増える気がする。
変な話、おれはそういうときの家が割と好きだ。
両親の会話は少ない。
息子から見ていて明らかにコミュニケーションが足りていない。やきもきする。
検査結果を聞きに行くときだって、母がオフの日だったから正直母に頼んでほしいのに、自分が頼まれて仕事前に車で送った。
ずっと父が母の機嫌を損ねないように伺って出ていて、母はコミュニケーション不全のせいで苛立ってという悪循環を繰り返している。
数年前、自分も弟も実家を出て初めて両親だけが2人になるタイミングでおれはうさぎを買った。
緩衝材になると思ったのだ。
実際それから家の雰囲気はだいぶ柔らかくなったと思う。
離婚寸前の危機は過去に数回あった。
おれが高校3年生で弟が中学3年生だった年の冬、初めて年末年始を母の実家の新潟ではなく東京で4人で過ごしたとき、過去最大の大喧嘩が勃発した。
ヒステリックを極めた母が暴れ回って父が家を出て行く羽目になって、
おれはセンター試験直前の2週間くらいをほとんど勉強できずに本番を迎えた。
あれがなければおれは浪人しなかったんじゃないかって少し思うけど、浪人の経験はしてよかったと本当に思っているので、別にそこを恨んでいたりとかはない。
でも、両親のことを本気で憎んでいた時期はある。
自分が周りの人間とうまくやれないとき、それを自分が他人に対して心を許すことができないことのせいにして、また自分がそういう人間であることを荒んだ家庭環境のせいにした。
というか、事実としてそういう要因はあるんだと思う。
のちに自分がカウンセリングが必要な人間になって、複数のカウンセラーから言われたのは「家庭の安心作用が機能していなかった」ということ。
そう言われると少し他責にできるというか、しょうがないと思えるというか。
こんな自分にしやがって、許さない、と両親を呪っていたときもあった。
親が死んだら初めて自由になれるなんて本気で思っていたときもあったし、今でもそう思う瞬間はゼロではない。
ただそういうマインドは何も生み出さないと分かってからは、憎悪に時間を費やすことはやめた。
それに肉親に憎悪を向けるということ自体とても苦しい。
親に対してそういう感情を抱くことが許されない気がして、がんじがらめで板挟みで息苦しくてしんどくなる。
だから、考えないでいられるときは、考えない。
父はいま何を考えているのだろうか。
数ヶ月前から、父が日記のようなものを書いていることを知っている。
そこには何が記されているのだろう。
あの日の夕食で飛び交った言葉が文脈から切り離されてこだまする。
摘出手術・・・保険金・・・転移・・・抗がん剤・・・生存率・・・もしも・・・旅行・・・みんなで・・・
がん
がん
がん
おれはいま、なにもわからない。
安心したい。
お腹の調子が悪く、内視鏡検査を受けたらポリープが見つかり、精密検査をしたら悪性だったようだ。
これから進行具合や転移の状況を調べるが、ステージ1でないことだけはもう分かるらしい。
今朝も父はぼーっとしていて、トースターに入れたバターロールを丸焦げにしていた。
おれはおれでなんか頭がまわらなくて、仕事用のリュックにあれこれ入れ忘れて、家を出るのにいつもより随分時間がかかった。
父は医療器具メーカーで長年働いていて、母も地元の大病院に勤めているから、2人とも医療に詳しくて、家族の誰かが病気をしたときには家の会話が増える気がする。
変な話、おれはそういうときの家が割と好きだ。
両親の会話は少ない。
息子から見ていて明らかにコミュニケーションが足りていない。やきもきする。
検査結果を聞きに行くときだって、母がオフの日だったから正直母に頼んでほしいのに、自分が頼まれて仕事前に車で送った。
ずっと父が母の機嫌を損ねないように伺って出ていて、母はコミュニケーション不全のせいで苛立ってという悪循環を繰り返している。
数年前、自分も弟も実家を出て初めて両親だけが2人になるタイミングでおれはうさぎを買った。
緩衝材になると思ったのだ。
実際それから家の雰囲気はだいぶ柔らかくなったと思う。
離婚寸前の危機は過去に数回あった。
おれが高校3年生で弟が中学3年生だった年の冬、初めて年末年始を母の実家の新潟ではなく東京で4人で過ごしたとき、過去最大の大喧嘩が勃発した。
ヒステリックを極めた母が暴れ回って父が家を出て行く羽目になって、
おれはセンター試験直前の2週間くらいをほとんど勉強できずに本番を迎えた。
あれがなければおれは浪人しなかったんじゃないかって少し思うけど、浪人の経験はしてよかったと本当に思っているので、別にそこを恨んでいたりとかはない。
でも、両親のことを本気で憎んでいた時期はある。
自分が周りの人間とうまくやれないとき、それを自分が他人に対して心を許すことができないことのせいにして、また自分がそういう人間であることを荒んだ家庭環境のせいにした。
というか、事実としてそういう要因はあるんだと思う。
のちに自分がカウンセリングが必要な人間になって、複数のカウンセラーから言われたのは「家庭の安心作用が機能していなかった」ということ。
そう言われると少し他責にできるというか、しょうがないと思えるというか。
こんな自分にしやがって、許さない、と両親を呪っていたときもあった。
親が死んだら初めて自由になれるなんて本気で思っていたときもあったし、今でもそう思う瞬間はゼロではない。
ただそういうマインドは何も生み出さないと分かってからは、憎悪に時間を費やすことはやめた。
それに肉親に憎悪を向けるということ自体とても苦しい。
親に対してそういう感情を抱くことが許されない気がして、がんじがらめで板挟みで息苦しくてしんどくなる。
だから、考えないでいられるときは、考えない。
父はいま何を考えているのだろうか。
数ヶ月前から、父が日記のようなものを書いていることを知っている。
そこには何が記されているのだろう。
あの日の夕食で飛び交った言葉が文脈から切り離されてこだまする。
摘出手術・・・保険金・・・転移・・・抗がん剤・・・生存率・・・もしも・・・旅行・・・みんなで・・・
がん
がん
がん
おれはいま、なにもわからない。
安心したい。
