星にときめく 5-②
公開 2026/03/27 08:55
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5 -②

……高校時代は硬派でなく軟派にもなり切れない「無派閥」「無党派」(ノンポリという言葉は嫌いだった、気紛れな風来坊のイメージがあったから)といった所謂(いわゆる)、(なんだ、)「モラトリアム型」の人間だったな。心踊らせてくれる興味・関心を抱かせるもの、道を模索し続けても、徹底し切れぬ自分の未熟さを痛感させられた。
想い出の中にファイルされた時には悪い意味でなく「悶々とした三年間」と括られた。だから、還暦過ぎてだよ、やり直しのチャンスが与えられるなら、躊躇(ちゅうちょ)なく高校時代と答えてしまいそうだ。そのくらいモヤモヤと、いや、グニュグニュと掴み切れない日々だったし、逆に何か小種を手にするだけで人生がどうにでも変わってしまう面白そうな、けれど怖い感じもする年齢だったよなぁ。
跳び越えれば歓喜が手に入る地の裂け目がある、だが一旦落ちたら最後、二度と這い上がれぬ底無しの恐怖。身体能力、気合、勇気が揃えばそんな崖など身軽に飛び越えられる筈、……けれど、私はその歓喜の永続性を執(しゅう)ねく疑い、絶対でないなら諦めた。だから、魅力的な歓喜の甘みは一嘗(な)めもしたことが無い。おとなになる直前の若さというのに、そんな博打を打ってはならぬ、ここは無理せず迂回することで何れ難なく跳べる場所があるかも知れないと二の足を踏んだ。現代の常識的で賢明な若者なら迷うこと無くそんな崖は看過するに違いない。ところが昔は違った。蛮勇を振るう特権は正に若者、いや馬鹿者のもの、安易に飛び立つ者が少なからず存在したんだ。
跳躍を諦める私だから、随分悔いを残して来た。だからその一つでも良い、昔に戻って跳び越えてみようか、そんな気持ちが湧いてしまう。
部活動をせず、と言って塾や予備校にも行かぬ身故に進路先の具体など見極められもしなかった。それでいて、いや、だからこそ三者面談において呼び出した母親に私の言われたくないことを逐一語る担任教師が本気で心配してくれたと思えるだろうか。まあ、自分が勉強すれば良かった話なのだけど……。
それでも、自分なりに楽しく密な交友を送れたことは、後年、過去を顧みては誇らしく語れた。また、誰憚ることなく表明できることとして並みを遥かに越える読書量がある。「勉学中心の高校時代でいいや」なんて多少投げ槍に心決めしたのは二年に進級する時だった。なのに、教科書に目を遣るうちになぜか逸脱して興味の赴く明後日の方角に読み進める勉学姿勢・学習傾向、延いてはそれが読書量の増大に資したわけだけど、内申点には確かに響いたなぁ。部活だって気に入ったものが見当たらなかった、と言うより金科玉条の「勉学との両立」など端(はな)から自分には無理だと知っていたからであって、クラス役員選出の折には毎度図書局員に立候補したのは自分の偏った知的意欲を満足させる宝庫が活動場所だったから、などと言うのは格好つけで、その実、静かな施設内でのんびり過ごせる、正に唯一の別天地だったというのが正しいのだ。
尤も、明後日の方向にでもひょっとして自分の進路が見つかるかも知れないと一縷(いちる)の希望を持っていたとしたら、どうだい? ロマンティックだろう。他と進路希望を付き合わせたり同調したりせず、飽くまで自己本位で歩んだんだ。ある意味、気楽で幸福な高校生活だったと言ってもいいんじゃないかな。だから、悔いの一つくらいやり直せば何とか解消できるかなと思ったのだが、これも多分に遊び感覚、真剣みが足りなさ過ぎかも知れない。けどそんな可能性が起こり得るのが青春期なんだよね……

入学当初、百合花から何度か電話があり、目指す高校に入ったのはいいが勉強に付いていくなら稽古事(けいこごと)はピアノかフルートのどちらか一つと親に説得されたと言う。中学時親しかった山内萌華と沢口ユリが一緒のクラスの所為でチアガール部に誘われたんだけど「それどころじゃないの」と正直に断ると付き合い自体も避けられちゃった。「女っていやあねえ」云々と向こうのお喋りに付き合い切れなくなって生返事すると忽ち向こうから謝ってきた。受話器を通してでも相手の心理を敏感に察知する、到底「女」には敵わないと思った。
百合花と出会わなければもっと気楽な交際が送れた気も時々する。グループ交際のチャンスも無かったわけじゃないが、校外で落ち合うと当然のように化粧してくるものだからつい下から覗いては失笑を買った。女の子の化粧の匂いが堪らないと得意げに言う奴もいたが誠はマイナス評価の「堪らない」だった。美肌だった百合花とどうしても比較してしまう。それだけ塾の時間に二人は密着していたと改めて思うような誠だから付き合いの範囲をぐっと狭めてしまったと言えた。
「清州くん、ひょっとしたら無口になった?」と聞かれて、自分はそんなにお喋りではなかった筈だと思いながら、受話器の向こう側の心配そうな表情が見て取れ、申し訳なく思った。どうも利便な電話は音声だけを特化するから相手の心が読めない、構えたり疑ったりしてしまう機器として、昔から(数年前だが)誠は馴染めなかった。百合花との電話連絡が半年も経ずに途切れたのは全く自分の所為だったと思うとちょっと腹が痛くなった。
学校図書館に適当な資料が見つからない時、部活も塾も無い誠は厭(いと)うことなく市の中央図書館に出向いた。いつも多種多様な人が書物に真剣に向かっている様とその空気が好きで誠にとって心地よい空間だった。日本人ってやっぱり誇らしき民族だなぁと嘯いたのは満更嘘ではなかった。
土日に学習室で二時間ほど過ごして帰るのが通例だったが、カウンターにいる薄いベージュで裾の長いカーディガンを羽織る細身の女性がいつからか気になり、その日一度は目にしないと虚しく寂しい気にさせられた。いつも同じカーディガンなのかと見えたが同じ感じのものを制服のような意識で着こなしていたようだ。夏になっても着ていたのに目を凝らすと透けた爽やかさを翻した。高一坊主の癖に毎週のように現れてはカウンターに目礼する誠をどう見てくれていたろうか。抜け目無い誠は「カーディガンの君」がいなくても皆にお辞儀をして学習室に向かう。ロングヘアーでその細身の半分を隠してしまうような今時珍しい女性は客の応対の丁寧さに加えて知識の豊富さにも優れ凛々しい印象を与えた。レファレンスのスマートさをカウンターの横で聞いていてその的確さは当然のこと該当の書籍を全て読んでいるかのような説明の凄さに感服し、その片靨(かたえくぼ)の微笑につい見惚れた。誠にとって高校生になって初めてのときめきだった。
晩夏の土曜日、奥の書架に行かねば見つからない資料と知っていて、態(わざ)と調査目的を説明して参考文献を尋ねた。ほんの悪戯心からだったが後で犯罪の匂いが嗅ぎ取れる行いだったと冷や汗を流した。第三者に指摘されでもしたら身が竦(すく)んだだろうと猛省したのだが、その反省の対象はその悪行よりその行為を彼女に向けてしまった後悔の方に強かった。
カーディガンの君は少し首を傾げてふと思い付いたか、誠の考えていた通りの棚まで白いスニーカーの足音を消すような淑やかな歩き方でリードする。満足感が自分をすっぽり包み込む不思議な感覚と同時に自分は変人、変態なのではないかとの小さなくせに痛烈な羞恥心から平身低頭した。誠の九〇度に腰を曲げたお辞儀に声も立てずに笑う彼女を見て、もう少しこの場にいてくれてたら告白していたかも知れないと信じ難い情動が起こったのにはさすがに呆れる。告白といっても悪戯の白状なのか、あるいはその原因でもあった恋情の吐露なのか、ときめきはいかようにも想像力を掻き立てた。
その日の帰り、カウンターに彼女の姿が見えず、普段の用心深さを失して目の玉をぐるりと巡(めぐ)らせてしまった。何のことはない、カウンターの裏にしゃがんで作業をしていただけだったのだが、こちらの表情をどう見たものか、彼女は明らかに誠を見て恥じらった、そう見えた。愚かだと自分でも思わぬでもなかったけれど、ひょっとしたらと想像してしまうのも無理は無い。血気はやればこの状況の出来(しゅったい)に何も行動に移さぬのは愚かだと瞬時に腹を括(くく)る。強張る足をそちらに向かわせた。
「さっきはありがとうございました。気になるとどんどん興味が広がってしまって……、誰も目を通さないような本を読みたくなるんです」
我ながら口は巧みに動いてくれる。
するとベージュのロングカーディガンの君が、
「清州さんはジャンルを問わず、しかもその時々にそれが専門であるかのように調べ上げていくと私たちの間で評判なんですよ」と言ったではないか。
「ええっ? 僕、高校生ですよ」
「あら、そうなの? 確かめもしないで噂してるんだから、私たち司書も形無しね」
「……確認された上で噂されるのも嫌です」
「それはそうね、ごめんなさい。これからもどんどん私たちを利用してくださいね」
「恐れ入りま……す、変か。ありがとうございます」
それだけ言って深くお辞儀をしたまでは良かったが、既に手元の書物に目も体も移していたロングカーディガンの君に向かって、(あろうことか)また口が開く。
「あのう、お名前聞かせてもらっていいですか?」と大胆にも、だが声は押さえて言った自分に驚く。
靨を拵えたカーディガンの君、でも動揺一つ見せずに胸のネームプレートをちょっと摘まむふうにした(目のやり場に誠は躊躇う)。
「小林です。以後ご贔屓(ひいき)に」と道化(どうけ)た。
年上の女性に、してやられたと思った。逆に、実に可愛い人だとも思った。何やら気が急(せ)いて下の名前まで食い下がろうとしたけれど、それは愈々(いよいよ)バカだと思い直した。おとなの女性であることをつい忘れさせる魅力に上せ上がって、自分が血迷っている不思議な感じがあった。でも、それから暫くは『小林さん』と親しくお喋りする栄誉を得たのだから、一年余りでご主人の転勤に伴いさっさと辞めたと聞かされた時には甚(ひど)く落ち込んだ。旦那がいることも悟らせない女性だった。否、自分には理解が及ばなかっただけだろう。ちっともそうは見えなかったのに、一体、何歳だったのか。すらっとした体躯(たいく)に薄いベージュのカーディガンを纏(まと)う姿に長い間惹かれていたのに……。もうこの図書館に来ることは無いと幼稚に語気を強めたものだ。
高文連では図書局の大会もあったがあまり興味が持てず、ほぼ毎日館内にはいるのに局員としては偶に館報の小記事を書くくらいの消極的姿勢だった。卒業前の三年生の仕事の一つに「マイ・フェイバリット・ブック」の原稿書きがあった。卒業を意識すると勢い姿勢を正す雰囲気があって却って記事が平板になるのを誠は嫌い、自分の外見の印象とは異なる外連味(けれんみ)のある文章を、自分をよく知る者だけは「さもありなん」と感想を漏らすだろうとほくそ笑みながら、通俗的忍者小説から選ぶことにした。漫画なら『サスケ』、『カムイ外伝』が好きだったがやや長じて『カムイ伝』を読み『忍者武芸帳』の面白さに嵌(はま)った。実際、小説自体は読んではいなかったから選ぶのには手間取った。五味康祐の『忍者武芸帳』を一旦手にしたけれども、当初の目的に照らせば山田風太郎の『くノ一忍法帖』の方がよいだろうと考え直す。ところが原作者の思惑とは異なる作風で次々と破廉恥極まる映画化に及んだことを知ってさすがに止した。そこで人気通俗作家、柴田錬三郎の『赤い影法師』に決めた。子供対象のTV番組『仮面の忍者赤影』の源泉かと勝手に思ったことから書き始め、読み始めると漫画の魔力同様終わりまで読まないでは我慢できなくなる空想活劇だった。読書には幾つかの効用があってハリウッド映画よろしく痛快な娯楽が人の心を癒すことがあり、忍者文学とは広くそういう点から流行したのではないかと考えたのだが、そんなことより嵌るとなかなか中毒は治まらなくなると纏(まと)めた。
その後暫くして図書局顧問が清州の原稿には何か含むところがあるのかと聞かれて後輩たちが困窮したことを耳にしたが、想定内のこととて反論する気持ちにもなれなかった。
大学受験を控えているのに、否、控えているからこそ、またぞろ悪い癖で勉強疲れに忍者文学を傍らに置く習慣を我に許し、忍術を現代なら実現化できるのではないかと空想に耽った。例えば忍法「水蜘蛛」も空気圧を最大限大きくする技術を生み出せば、葉の上に足が着く空気圧の反動を生かして反対の足に力を与え次の葉に着地させる、それを交互に繰り返せば可能じゃあないかと遊んだのだ。遊ぶには匹敵の腐れ縁の安田がいてくれたことは果たして幸であったか不幸であったか。

……思えば、小生意気な態度を実演していた高校時代だった。取り付く島の無い男は他人がどう見ようがお構いなし、その時やりたいことだけに集中していた筈なのに、やがて政治というものに関心を抱き研究意欲を覚え始めたのだから面白い。政治家たちの生きざまをメディアで見るにつけどこまで本性を抑えてその巨大な世界の一部分に注力し世に認められるものなのか。何もそれは政治家に限ったことではなくそれぞれの世界で注目を集める人間皆に共通するものだと理解はしても、そんな目で世の中を見始めれば無意識に感じていた世の中の諸制約や世間のしがらみというものを含めた世界の絡繰り全てがヒトの生きていく為に必要十分なるものと納得できるような気がしてきた。
けれども、多くの職業が専門的技術や修養の上に資格獲得するものなのに対して政治家というのは扱うものの巨大さに対する何ら具体的資格や技術・免許を要しない。だから、学歴詐称で訴えられようが直前までの政治活動が全て無に帰するわけではないと思うのだが、世の中は断じてその資格なしと責め立てる。また、代々政治家の家庭で育ったからといって務まるんじゃ猶更何にも特殊なものなんて不要だと証しているようなものなのに、親の築いてきた金力、権力の城郭がやはり物申し始める。ただ、政治家の家庭やエスカレーター圏内の学歴社会の雰囲気の中でそれらしい政治的人格が涵養されることも否定はできない。と言って選挙に勝利することが登竜門なのに大学には選挙に打ち勝つ為の学部学科など存在しないのだから、自分を端から撥ねる世界でもなし、自分の力能を試すに面白い世界と思えた。当時の私は生意気にも、換言すれば幼くもかつ真剣に考えたのだ。
平和を約束してくれるのが民主主義だと辿り着いた二十世紀半ばから半世紀以上も経つというのに、ずうっとどこかでドンパチを繰り広げているヒトという生物において、その掟、ルールというものを定める「政治」というものの技量を知りたいと考えた。
二年の夏の三者面談で初めて滔々と考えを披露した息子を、また生徒を、大人たちはどう見たのだろうか。「大学は政治学科にしようかな、いや、もう、そうと決めたから」と結論めいた言い方をする私に対して両親は呆れながらも了解してくれた。寛大な親だと驚いたもののそれまで何ら問題の無かった優等な息子を信じざるを得なかった気もする。いい子は恐いものなんだよ。……
馬齢重ねて……若人等に紛れて文字に遊び親しむ……未だにそれが楽しくて……貴ブログにも手を引いて貰いました。

目眩く二月の朝の雪の照り騒ぐ小鳥にこころ合はせる
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