星にときめく 5―①
公開 2026/03/27 08:37
最終更新
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5 -①
精神的に重いインターフォンを押すと、玄関ドアが開くや否やいきなり華やいだ空間に引き入れられた。俯き加減だった誠は無理やり、まるでピアノ演奏会やダンス発表会に出るような薄オレンジ色に照り輝くサテンドレスの百合花に瞠目(どうもく)させられる。非日常的な眩光(げんこう)にドギマギは収まりそうもなかったが、女の子にとってそれだけバース・デイは重みがあるのだと納得した時点で少しは落ち着けた。どこと言わず気品を醸す母親が入れ替わるように出て来て、「どうぞ、このスリッパを使って」と中へ招じ入れてくれた。百合花は言葉無く笑みで出迎えた。誠は自分の後から付いて来る百合花の気配を感じてミスったかと今にして気付く。動転して「おめでとう」と言えなかったのだ。ミスを取り戻せる余裕はこのテンポの速さに果たしてあるだろうか。居間に通されると今度は紺地の和服を着た父親がやおらソファから立ち上がり「いらっしゃい」と握手をしてきたのに面食らう。
「常連の親しい女の子たちが揃わないと言うから、中学生にもなってボーイフレンドくらいいないのかと私が探りを入れたんだよね。そしたら即座に『いるわ』と言うもんだから、寧(むし)ろこちらが驚いたんだよ」とずばずば話す。まずは腰かけろと指示されて座るのへ、
「『なら呼べばいい。お父さんも会ってみたいから』と言うと翌日には了解を取ってきたと言うじゃないか。だから、なんだか喜ぶべきか心配するべきか複雑な心境で君を迎えた訳だけど、先ずはグッドだった」
と言って誠に親指を立てて突き出し、そのまま百合花にも向けると百合花も驚くふうもなく親指を立てて返した。気さくでユニークな親子にホッとさせて貰った。
誠はずうっと取る態度に迷いながらお邪魔していたのだが、ともかく特異な印象を与えられた父親から目を離さぬよう努めて、睡眠不足でぼうっとしながらも姿勢は崩さなかった。
そこへ、母親が料理を運ぶ途中で居間を横切り、タイミングよく誠と目が合う。誠はすかさず立ち上がってお辞儀をしたが、簡単な挨拶のうちにも素早く誠の全身を観察する抜かりの無さを感じた、でも百合花のこれぞ母親だという美貌を見て取る余裕は無かった。
座敷とはいうが低めの椅子用セットの長机は正座無縁で生きて来た誠には有難かった。指示された席に着くと所狭しと並ぶ料理に目が奪われる。百合花は一人っ子だった。両親は自分の親より若く見えたからまず間違いないだろう。腑に落ちた表情になった誠を見て、言葉少なの誠を百合花が睨んで見せたように察した。だが、自分にどうしろと言うのか。
誠の正面が百合花の席だったので誰かが何かするかも知れない間合いを察知するより早く小声で言った。
「百合花さん、誕生日おめでとう。……その衣装、似合ってる。まるで王女様のようだ」
自分でも思い掛けない美辞麗句は早口だったから言えたのだろう。タイミングを逸(いっ)していた挽回(ばんかい)はできたろう。百合花の表情が一段と晴れやかになったと見えたから。
「いいねえ。清州くん、なかなか言うじゃないか」
冷やかすような父親に百合花が無言で抗議する。誠の小声の「どうも」は無視された。顔が赤くなったのを誰かに指摘されそうで身構える。
おきまりの誕生日会の進行で、プレゼントを貰う度に輝く百合花の綺麗さに感心し、改めてその整った容姿に見惚(みと)れた。他意無く歓喜の情を迸(ほとばし)らせる、それを自然にこなす百合花の育ちの良さに感じ入り、ひとりっ子のお嬢さんなんだと誠は一々納得する。彼女の華やぐ歓喜に引き入れられ、最後に語らねばならぬことをいっとき忘れ去るほどだった。
両親から二人の交際に対して詮索(せんさく)するような言葉は疎(おろ)か眼差(まなざ)しも顔つきも感じられぬうちにこの場に似つかわしくない緊張のベルトを緩めた。恐らく二人の百合花への信頼を物語っているのだろうと思った。
会の終盤に彼女のピアノ演奏があり、それが為の衣装であったかと誠が思う間もなく見事な演奏に惹き入れられた。曲名は紹介されず誠には分からなかったけれど。それが済むと直ちに母親がピアノの前に座り、合わせるような流れで百合花がフルートをケースから取り出して母子(おやこ)の合奏に入ったのには魂(たま)げたが、これまた酔い痴(し)れて心からの拍手を送った。ただ驚きはそれに止まることなく、和服の父親が席を立つと百合花のピアノ伴奏でご両親がデュエットしたのだ。聞き惚れた、曲名はずうっと分からなかったけれども。何という家族だろう。音楽の素養など無い自分の家で無理に真似するならば、精々がオルガンか木琴の妹とハーモニカの父、そしてリコーダーの俺との協奏くらいだろうかと想像も覚束(おぼつか)ぬ思いが情けなさを浮上させた。皆あまりに上手でもう圧倒を越える衝撃力を受けた。誠にも何か歌ってくれないかと父親からマイクを差し向けられた時には脱兎のごとく逃げだしたくなり、同時にそれはもう意地悪としか思えず、必死に固辞(こじ)させてもらった。
玄関まで見送ってきた父親から「受験に合格したら百合花をお願いしますね」と少々やんちゃな物言いをされて、この後直ぐに百合花を呼んで転校のことを告げようと思っていた気持ちがぶっつりと断たれた。近くまで送ると言う百合花に、「そりゃあ、男の受けるマナーじゃないよ。それにその衣装じゃあ、こっちの方が気恥ずかしい」と言ってこれ以上ない腰の深さでお辞儀をして帰途に就いたのである。
正に目を見張ったままの数時間、別れを告げて深呼吸した後はゆっくり歩を運んだ。自宅までの三〇分間が雲上の足の運びであったのは、自分が仕舞いまで緊張を途切らせること無く何らヘマをせずに終えられた成就感と開放感、そして事無きを得る以上の充足感の為だったろう。お陰で転校の件を告げられなかったことも気持ちを暗くすることなく家の玄関まで保てたのだろう。そして理由はそれだけではなかった。帰り際に送ると言った百合花に対して断るばかりか、「その衣装では……」と付け足した時に誠は思わず「拙い!」という表情をしたのだが、「百合花って呼んでくれて嬉しかったわ」と百合花が囁いた、その言葉が覚えも無いのに単純に心を舞い上がらせた所為でもあったろう。
そのくせ、夕方には告知して来なかった悔いが頭を擡(もた)げてきたのだが、意外に簡単に手紙で知らせることを即断した。誕生日会に行く前にさんざん悩んでいたことであったにしろ、また悩んだ末の一手段でしかなかったにせよ、とどのつまりには「自信」が生まれ出るのは誠の良き性格と基本自信家であることを物語っていよう。
尤も美帆から「どんなケーキだったの」と聞かれて誕生日記念のでっかい三段ケーキだったぞと答えても味も細部の飾りも思い出せなかったし、次に、いや、ケーキのことを聞かれる前だったか、「お土産無いの?」には呆れて何と卑しい妹かと天を仰ぎ嘆息を漏らしたのに、夕食後に玄関に置き忘れていた紙袋を発見した時は呆れを通り越して情けなくなった。いっそ黙って置こうかと思ったけれども中身を見れば美帆の好物のクッキーだったので全部くれてやった。
当時(昭和三十九年東京オリンピックの頃)の中学生は、賀状を除けば手紙や葉書をどれほど書いたものか。誠もご多聞(たぶん)に漏れぬ手合いだったが、逆に言えば貰う側もそうそう経験が無いのだから強い印象を与えられる情報手段とは言えたのだ。
電話(庶民の家庭にも普及し始めていた)は、相手の返答によって上手に思いを語れぬ怖れがあり、手紙の効果を考えれば悩む必要は無かったのに、いざ便箋(びんせん)セットを選ぶに当たっては結構時間が掛かった。結局、真っ白なものを手にしたのは二人の仲を象徴するに一番ぴったりくると思えたからだし、誠の誠意を表わすに最適と考えられたからでもあった。
引っ越しの準備があるので塾の方もその日で辞めるのに母親一人で出向いて清算を終わらせていた。この日だと思い誠はペンを執った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
藤野百合花様
こんにちは。そして……。
誕生日会は感動でいっぱいでした。突然の招待にどれほどびっくりしたか、藤野さんには想像もつかないでしょう。そもそもいつものメンバーが揃えば無かったことだし、正に千載一遇の記念すべき日なのだと、スーツを着て行かなきゃとか(持っていませんけど)、プレゼントだって鉛筆や消しゴムじゃ笑われるだろうとか、ご両親にはなんと挨拶したらよいのかと悩ましい限りでした。なんたって「お呼ばれ」は小三が最後だったんですから。
その極度の緊張が、何ということでしょう、お父さんのユニークな待遇とお母さんの温かいお心配りにたちまち楽しさ嬉しさに変わりました。藤野さんのドレス姿もまるでどこかの国のプリンセスのようで素敵でした(そう言えば記念写真を撮らなかったのが残念です。自ら歌の披露があったりしてお父さんがお忘れになったのだろうと思っています、僕がお父さんの立場でもそうなったと思いますから)。
ご家族皆さんの音楽披露には拍手も忘れて聞きほれました。こんな素晴らしい誕生日会に僕ひとりが誘われるなんて、とってももったいないことだ(こんな時には「光栄でした」とすべきでしょうか)と本当に思います。
あの日、終わりにご報告することがあったのに、大満足直後の余韻が濃厚な時でためらわれ、せめて藤野さんだけ外に連れ出してと心づもりしていたのが、玄関でのお別れの際にお父さんから「高校受験合格後にお付き合い、よろしくね」と言われてしまってもう切り出せなくなったのです。
実は、一昨日(十二日夜)のことでした。帰宅した父親から突然の転勤話が言い放たれました。家族みんなで今月中にN市へ引っ越すというのです。まだ内示段階だし夏休み中なのでクラスの友達にも連絡することなく担任の山田先生と藤野さん、それに五、六人の親しい奴らにだけ打ち明けてバタバタと引っ越しするつもりです。辛いけれど時間がとにかく無いのです。
この町での(僕にとっては三つ目の町です)最後の思い出が藤野さんの誕生日会になりました。一生忘れません。別々の地で受験することになりましたが、絶対「合格」を勝ち取りましょう。メーテルの雰囲気の藤野さんと親しくできて心から嬉しかったことを、お顔を見て伝えられなかったのが悔しい気持ちです。
ありがとう、そしてさようなら。お元気で。
××××年八月十四日
清州 誠
百合花さんへ
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
最後に宛名を書いた時、「百合花」としたためたことが今まで思ったより無かったことに気付いて少なからず寂しくなった。
引っ越しする前夜はホテルに宿泊した。そこへまさか百合花が現れるとは、腰が抜けそうになった。ロビーでの立ち話……、家に行ったが蛻(もぬけ)の殻、そこで父親に無理を言って探して貰い、やっとここに漕ぎつけたという。
父親がホテル前に駐車しているので時間が無いけれど、誠からプレゼントを貰ってお返しもしていないことが心残りでならなかった。だから、これ使ってねと紙袋を渡された。
機械的に受け取り「ありがとう」と誠が言うと「じゃあ元気でね、ともに栄冠を掴みましょ」と言うが早いか身を翻した。姿勢も威勢もいい子だなぁと改めて感じながら後ろ姿に軽く手を振った。未練が泡のように浮上する。いや、そうじゃない。卑怯な自分を曝(さら)け出した羞恥心が百合花の顔を見た途端に冷や汗となっていた。誠は一旦大きく深呼吸してからエレベーターに向かった。
紙袋の中身はお菓子ではなかった(何という阿呆なセンスだろう、頭をポカポカ叩いた)。照りのいい濃紺の厚い紙に包まれた、同色の毛糸で編まれた手袋だった。銀色のロゴがあしらわれワンポイントなのに派手に見えた。小さな封筒を底に見つけて先ずはエレベーターを降りてからゆっくり開いてみると、
『 清州 誠様 本当なら私が編んだ手袋を渡したかったのに……。思いがけないお別れに私でも編んだつもりになれる“手袋”を選びました。寒くなったら使ってくださいね。受験日にも……、再会の日にも……。
誠くんが好きでした。敬愛していました。 藤野百合花 』
衝撃だった。よろめいた。彼女らしい便りだった。「敬愛していました」を付け加えたところが何とも素敵だった。誠の方は親の転勤話で逃げを打った卑怯な気持ちがあったのだから。現実は変わらずとも悔やまないでは人ではないと唇を噛んだ。交際相手に何不自由のない素敵な百合花と二度と会えないかと思うと限りなく切なく辛かった。結局、二人は出会うのが早過ぎたんだと今は思うよりない。雑念の無い正直な心の吐露というものは一番打ってつけの場面では伝えられないもののように感じた誠であった。
精神的に重いインターフォンを押すと、玄関ドアが開くや否やいきなり華やいだ空間に引き入れられた。俯き加減だった誠は無理やり、まるでピアノ演奏会やダンス発表会に出るような薄オレンジ色に照り輝くサテンドレスの百合花に瞠目(どうもく)させられる。非日常的な眩光(げんこう)にドギマギは収まりそうもなかったが、女の子にとってそれだけバース・デイは重みがあるのだと納得した時点で少しは落ち着けた。どこと言わず気品を醸す母親が入れ替わるように出て来て、「どうぞ、このスリッパを使って」と中へ招じ入れてくれた。百合花は言葉無く笑みで出迎えた。誠は自分の後から付いて来る百合花の気配を感じてミスったかと今にして気付く。動転して「おめでとう」と言えなかったのだ。ミスを取り戻せる余裕はこのテンポの速さに果たしてあるだろうか。居間に通されると今度は紺地の和服を着た父親がやおらソファから立ち上がり「いらっしゃい」と握手をしてきたのに面食らう。
「常連の親しい女の子たちが揃わないと言うから、中学生にもなってボーイフレンドくらいいないのかと私が探りを入れたんだよね。そしたら即座に『いるわ』と言うもんだから、寧(むし)ろこちらが驚いたんだよ」とずばずば話す。まずは腰かけろと指示されて座るのへ、
「『なら呼べばいい。お父さんも会ってみたいから』と言うと翌日には了解を取ってきたと言うじゃないか。だから、なんだか喜ぶべきか心配するべきか複雑な心境で君を迎えた訳だけど、先ずはグッドだった」
と言って誠に親指を立てて突き出し、そのまま百合花にも向けると百合花も驚くふうもなく親指を立てて返した。気さくでユニークな親子にホッとさせて貰った。
誠はずうっと取る態度に迷いながらお邪魔していたのだが、ともかく特異な印象を与えられた父親から目を離さぬよう努めて、睡眠不足でぼうっとしながらも姿勢は崩さなかった。
そこへ、母親が料理を運ぶ途中で居間を横切り、タイミングよく誠と目が合う。誠はすかさず立ち上がってお辞儀をしたが、簡単な挨拶のうちにも素早く誠の全身を観察する抜かりの無さを感じた、でも百合花のこれぞ母親だという美貌を見て取る余裕は無かった。
座敷とはいうが低めの椅子用セットの長机は正座無縁で生きて来た誠には有難かった。指示された席に着くと所狭しと並ぶ料理に目が奪われる。百合花は一人っ子だった。両親は自分の親より若く見えたからまず間違いないだろう。腑に落ちた表情になった誠を見て、言葉少なの誠を百合花が睨んで見せたように察した。だが、自分にどうしろと言うのか。
誠の正面が百合花の席だったので誰かが何かするかも知れない間合いを察知するより早く小声で言った。
「百合花さん、誕生日おめでとう。……その衣装、似合ってる。まるで王女様のようだ」
自分でも思い掛けない美辞麗句は早口だったから言えたのだろう。タイミングを逸(いっ)していた挽回(ばんかい)はできたろう。百合花の表情が一段と晴れやかになったと見えたから。
「いいねえ。清州くん、なかなか言うじゃないか」
冷やかすような父親に百合花が無言で抗議する。誠の小声の「どうも」は無視された。顔が赤くなったのを誰かに指摘されそうで身構える。
おきまりの誕生日会の進行で、プレゼントを貰う度に輝く百合花の綺麗さに感心し、改めてその整った容姿に見惚(みと)れた。他意無く歓喜の情を迸(ほとばし)らせる、それを自然にこなす百合花の育ちの良さに感じ入り、ひとりっ子のお嬢さんなんだと誠は一々納得する。彼女の華やぐ歓喜に引き入れられ、最後に語らねばならぬことをいっとき忘れ去るほどだった。
両親から二人の交際に対して詮索(せんさく)するような言葉は疎(おろ)か眼差(まなざ)しも顔つきも感じられぬうちにこの場に似つかわしくない緊張のベルトを緩めた。恐らく二人の百合花への信頼を物語っているのだろうと思った。
会の終盤に彼女のピアノ演奏があり、それが為の衣装であったかと誠が思う間もなく見事な演奏に惹き入れられた。曲名は紹介されず誠には分からなかったけれど。それが済むと直ちに母親がピアノの前に座り、合わせるような流れで百合花がフルートをケースから取り出して母子(おやこ)の合奏に入ったのには魂(たま)げたが、これまた酔い痴(し)れて心からの拍手を送った。ただ驚きはそれに止まることなく、和服の父親が席を立つと百合花のピアノ伴奏でご両親がデュエットしたのだ。聞き惚れた、曲名はずうっと分からなかったけれども。何という家族だろう。音楽の素養など無い自分の家で無理に真似するならば、精々がオルガンか木琴の妹とハーモニカの父、そしてリコーダーの俺との協奏くらいだろうかと想像も覚束(おぼつか)ぬ思いが情けなさを浮上させた。皆あまりに上手でもう圧倒を越える衝撃力を受けた。誠にも何か歌ってくれないかと父親からマイクを差し向けられた時には脱兎のごとく逃げだしたくなり、同時にそれはもう意地悪としか思えず、必死に固辞(こじ)させてもらった。
玄関まで見送ってきた父親から「受験に合格したら百合花をお願いしますね」と少々やんちゃな物言いをされて、この後直ぐに百合花を呼んで転校のことを告げようと思っていた気持ちがぶっつりと断たれた。近くまで送ると言う百合花に、「そりゃあ、男の受けるマナーじゃないよ。それにその衣装じゃあ、こっちの方が気恥ずかしい」と言ってこれ以上ない腰の深さでお辞儀をして帰途に就いたのである。
正に目を見張ったままの数時間、別れを告げて深呼吸した後はゆっくり歩を運んだ。自宅までの三〇分間が雲上の足の運びであったのは、自分が仕舞いまで緊張を途切らせること無く何らヘマをせずに終えられた成就感と開放感、そして事無きを得る以上の充足感の為だったろう。お陰で転校の件を告げられなかったことも気持ちを暗くすることなく家の玄関まで保てたのだろう。そして理由はそれだけではなかった。帰り際に送ると言った百合花に対して断るばかりか、「その衣装では……」と付け足した時に誠は思わず「拙い!」という表情をしたのだが、「百合花って呼んでくれて嬉しかったわ」と百合花が囁いた、その言葉が覚えも無いのに単純に心を舞い上がらせた所為でもあったろう。
そのくせ、夕方には告知して来なかった悔いが頭を擡(もた)げてきたのだが、意外に簡単に手紙で知らせることを即断した。誕生日会に行く前にさんざん悩んでいたことであったにしろ、また悩んだ末の一手段でしかなかったにせよ、とどのつまりには「自信」が生まれ出るのは誠の良き性格と基本自信家であることを物語っていよう。
尤も美帆から「どんなケーキだったの」と聞かれて誕生日記念のでっかい三段ケーキだったぞと答えても味も細部の飾りも思い出せなかったし、次に、いや、ケーキのことを聞かれる前だったか、「お土産無いの?」には呆れて何と卑しい妹かと天を仰ぎ嘆息を漏らしたのに、夕食後に玄関に置き忘れていた紙袋を発見した時は呆れを通り越して情けなくなった。いっそ黙って置こうかと思ったけれども中身を見れば美帆の好物のクッキーだったので全部くれてやった。
当時(昭和三十九年東京オリンピックの頃)の中学生は、賀状を除けば手紙や葉書をどれほど書いたものか。誠もご多聞(たぶん)に漏れぬ手合いだったが、逆に言えば貰う側もそうそう経験が無いのだから強い印象を与えられる情報手段とは言えたのだ。
電話(庶民の家庭にも普及し始めていた)は、相手の返答によって上手に思いを語れぬ怖れがあり、手紙の効果を考えれば悩む必要は無かったのに、いざ便箋(びんせん)セットを選ぶに当たっては結構時間が掛かった。結局、真っ白なものを手にしたのは二人の仲を象徴するに一番ぴったりくると思えたからだし、誠の誠意を表わすに最適と考えられたからでもあった。
引っ越しの準備があるので塾の方もその日で辞めるのに母親一人で出向いて清算を終わらせていた。この日だと思い誠はペンを執った。
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藤野百合花様
こんにちは。そして……。
誕生日会は感動でいっぱいでした。突然の招待にどれほどびっくりしたか、藤野さんには想像もつかないでしょう。そもそもいつものメンバーが揃えば無かったことだし、正に千載一遇の記念すべき日なのだと、スーツを着て行かなきゃとか(持っていませんけど)、プレゼントだって鉛筆や消しゴムじゃ笑われるだろうとか、ご両親にはなんと挨拶したらよいのかと悩ましい限りでした。なんたって「お呼ばれ」は小三が最後だったんですから。
その極度の緊張が、何ということでしょう、お父さんのユニークな待遇とお母さんの温かいお心配りにたちまち楽しさ嬉しさに変わりました。藤野さんのドレス姿もまるでどこかの国のプリンセスのようで素敵でした(そう言えば記念写真を撮らなかったのが残念です。自ら歌の披露があったりしてお父さんがお忘れになったのだろうと思っています、僕がお父さんの立場でもそうなったと思いますから)。
ご家族皆さんの音楽披露には拍手も忘れて聞きほれました。こんな素晴らしい誕生日会に僕ひとりが誘われるなんて、とってももったいないことだ(こんな時には「光栄でした」とすべきでしょうか)と本当に思います。
あの日、終わりにご報告することがあったのに、大満足直後の余韻が濃厚な時でためらわれ、せめて藤野さんだけ外に連れ出してと心づもりしていたのが、玄関でのお別れの際にお父さんから「高校受験合格後にお付き合い、よろしくね」と言われてしまってもう切り出せなくなったのです。
実は、一昨日(十二日夜)のことでした。帰宅した父親から突然の転勤話が言い放たれました。家族みんなで今月中にN市へ引っ越すというのです。まだ内示段階だし夏休み中なのでクラスの友達にも連絡することなく担任の山田先生と藤野さん、それに五、六人の親しい奴らにだけ打ち明けてバタバタと引っ越しするつもりです。辛いけれど時間がとにかく無いのです。
この町での(僕にとっては三つ目の町です)最後の思い出が藤野さんの誕生日会になりました。一生忘れません。別々の地で受験することになりましたが、絶対「合格」を勝ち取りましょう。メーテルの雰囲気の藤野さんと親しくできて心から嬉しかったことを、お顔を見て伝えられなかったのが悔しい気持ちです。
ありがとう、そしてさようなら。お元気で。
××××年八月十四日
清州 誠
百合花さんへ
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
最後に宛名を書いた時、「百合花」としたためたことが今まで思ったより無かったことに気付いて少なからず寂しくなった。
引っ越しする前夜はホテルに宿泊した。そこへまさか百合花が現れるとは、腰が抜けそうになった。ロビーでの立ち話……、家に行ったが蛻(もぬけ)の殻、そこで父親に無理を言って探して貰い、やっとここに漕ぎつけたという。
父親がホテル前に駐車しているので時間が無いけれど、誠からプレゼントを貰ってお返しもしていないことが心残りでならなかった。だから、これ使ってねと紙袋を渡された。
機械的に受け取り「ありがとう」と誠が言うと「じゃあ元気でね、ともに栄冠を掴みましょ」と言うが早いか身を翻した。姿勢も威勢もいい子だなぁと改めて感じながら後ろ姿に軽く手を振った。未練が泡のように浮上する。いや、そうじゃない。卑怯な自分を曝(さら)け出した羞恥心が百合花の顔を見た途端に冷や汗となっていた。誠は一旦大きく深呼吸してからエレベーターに向かった。
紙袋の中身はお菓子ではなかった(何という阿呆なセンスだろう、頭をポカポカ叩いた)。照りのいい濃紺の厚い紙に包まれた、同色の毛糸で編まれた手袋だった。銀色のロゴがあしらわれワンポイントなのに派手に見えた。小さな封筒を底に見つけて先ずはエレベーターを降りてからゆっくり開いてみると、
『 清州 誠様 本当なら私が編んだ手袋を渡したかったのに……。思いがけないお別れに私でも編んだつもりになれる“手袋”を選びました。寒くなったら使ってくださいね。受験日にも……、再会の日にも……。
誠くんが好きでした。敬愛していました。 藤野百合花 』
衝撃だった。よろめいた。彼女らしい便りだった。「敬愛していました」を付け加えたところが何とも素敵だった。誠の方は親の転勤話で逃げを打った卑怯な気持ちがあったのだから。現実は変わらずとも悔やまないでは人ではないと唇を噛んだ。交際相手に何不自由のない素敵な百合花と二度と会えないかと思うと限りなく切なく辛かった。結局、二人は出会うのが早過ぎたんだと今は思うよりない。雑念の無い正直な心の吐露というものは一番打ってつけの場面では伝えられないもののように感じた誠であった。
