星にときめく 3-②
公開 2026/03/15 21:58
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二人で納得できる結論を出す前に、百合花が自身を不利にする行動を起こした。ただ初めのうちは効果覿面(てきめん)とは程遠かったのに、次第に強い嫌がらせの類(たぐい)が収束に向かったのは人間の気紛れな性質の為だったろう。自分たちが精神的苦悩に拘泥(こうでい)するほど他人の執着心は強くなく、別な関心事が出てくれば直ちに重心を移していくのだ。とかく他人の思惑以上に深読みして人は苦悩する。他人の気持ちがどうこうではなく自分自身の問題なんだと言いながら、その実他人を気にしていないことはまず無いものだ。
自分たちが噂話の種でなくなると、逆に拍子抜けした誠は元々百合花との塾での付き合いだけなら拙い気などしていなかったわけだし、百合花だって同じ思いの筈だといささか調子に乗って周囲への目配りを止めた。受験勉強への妨げに発展する可能性が無くなったと自信が持てたことも拍車をかけただろう。隣同士の塾での時間以外では周囲に親しさを気取らせない約束をまるで二人だけの秘事を持つ喜びであるかのように笑みを交わした。雨降って地固まるの類か。
けれども、日を追うにつれ、その心地良さの底から毒味役の呟きが立ち上って来た。慎重居士のそれもやはり自分の性格であって、相合傘の下の藤野百合花と仲を深めることが対象を一つに絞る「恋愛」に発展する危険性があると忠言(ちゅうげん)に及んできたのだ。
「お前さんの性格は、とりわけ恋愛事においては相手次第なのだが、百合花の性格は直情傾向が強く、捉えて離さぬ相手との熱情を螺旋(らせん)的に高めて行き何れはお前さんの生涯の伴侶になる確率も0%ではない」などと占い師のごとく脅してくる。
中三の自分に結婚まで口にするとはバカな奴だとうっちゃりたい気はあるのだが、これも一方の自分の心の声なのだから蓋(ふた)の閉めようが無い。
「しかし、お前さんの考えてるひと時の安らかな幸せなど不安定窮まりないもので、まさに綱渡り、この先どう転んでいくか分かったものではないのだ。そもそも男女の付き合いに責任の取り様は無く、双方の自我がぶつかり合っての末に片が付き、勝てば燃え上がって理性を焼き尽くし負ければ急激に冷凍されて心穏やかでなくなる。だからこそ本命と出会う前に多数の適当な相手と付き合いながら自分に有効有益な異性の型を見極めて、自我に適った相手を求める段階になった時に初めて婚姻をゴールにすれば良いのだよ。違うか!」 
その過剰な表現での指摘は、しかしながら鳩尾(みぞおち)を打った。慎重居士故に己のふるまいが大胆と思えば直ぐにも制動スイッチが入り、ブレーキの効き過ぎと判断すればアクセルを慎重に踏む。だが、二人の自分の考えは正反対でどこかしら自家撞着の危うさ、否、インチキ臭さも感じられることが多いのだった。
「お前さんは何事も真面目過ぎるのが欠点なのだ(もはや慎重居士とは思えぬ。また別の自分に移行したか。僕の自我は分裂寸前なのか?)。並々ならぬ慎重な男の情愛は、自ら選び取った女であっても努力の報われることはない。将来に至る前に男はやがて息が詰まり、まどろっこしくなり、苛立つ気持ちが生じてやがて袖にしてしまうのが落ちなのだ。それでも、自分は何ら誤ったことはしていないのに、と考えるのだから救いようが無い。
もっと気楽に生きること。青春期の不安定な精神の高揚の中で、互いに自分を見失い一人の相手だけに夢中になって果ては種々の条件の下、熱は冷めてしまうのだ。そこに至る初期でも振り回されてる塩梅だもの、もっと相性の良い本命の子が現れても目に映らぬだろうし、振り回された挙句に手を離されては真面目な故に生活基盤さえ崩れ去る。その後、適齢期なんぞ瞬く間に過ぎ去って後悔を老いに引き摺るのが関の山だろうよ。
まだ股座(またぐら)に毛の生えたばかりの年で自らを囲繞(いにょう)し固定するような生き方をするのは愚かしい。しかも、お前さんは今まで向こうからやって来る異姓ばかりを相手にし、それが偶々好きなタイプだった為に冷静さを無くし、仕舞には振り回されて終幕を迎えた。それじゃあいつまで経ってもモーションを掛ける術も分からず仕舞いだ。場所を弁えずに巣を張るバカ蜘蛛に捕らえられる虫などいるものか」
誠がその時、蜘蛛の巣に絡まる薄青い糸トンボを連想したのはなぜだろう。しかも、その糸トンボが誠だった。自分を情けない存在と思った為か、あるいは相手を愚か者と見るあえかな抵抗だったのか。だが、それを完全に否めぬこちら側に誠はいたのである。
意地の悪い助言者はえてして饒舌で、中庸(ちゅうよう)を好む善人はその前で佇立(ちょりつ)し言葉を失くす、おまけに自信までも無くしてしまう。人生は果てしなく広いと意識する誠だから、ガールフレンド一人に深入りすることが他の一切の異姓を埒(らち)外に追い遣るという意味と言われて、漠然とした焦慮(しょうりょ)に取りつかれた。未来を制限し世界を狭める事態が大ごとであるばかりか、後に現れる理想の女性(にょしょう)を得る運気を自ら放棄することでもあると信じ込まされ、もはや抗(あらが)いようなくその前に跪(ひざまず)くしかない気がした。慎重な性格が今や全(まった)き自信を持てぬ臆病者だと自らピン付けしてしまった。それも焦ってピンを落としてしまうほどに。

……ただ、あの時確かだったのは中三の私に「結婚」など及びもつかぬことだった、いや、そもそも異姓との交感というものすら理解できていなかったことだよな。それに気付くことなく、一体何に焦り困っていたのか、正に笑止千万であった。
でも、子どもは子どもなりに事態に真面に対するのは事実であって、答えが得られぬ様態が動揺・焦慮・苦慮だったんだろうなぁと思う。子どもは世知に疎いからと簡単に放擲(ほうてき)する気には私はならんのだよね。
その点、藤野百合花は思った以上に現金で利口だった。のたうち回るほどの苦悶(くもん)を味わっていた私も彼女に引き摺られる格好で立ち上がれた。本来はそんな脅しに屈する根性無しでもなかったし、ぞっこんの百合花への思いにもブレーキを掛けるくらいのけじめは弁えていた。百合花もまた、塾での友である私を確かに好きになって、その立ち居振る舞いが目立って誤解を招いたけれども、逃げ隠れしない強い意志を示したように第一義を忘れる愚かな子ではなかった。受験という大きな目的を持った学友同士、綱渡りを楽しみはしたものの周囲の不快な眼にも揶揄(からか)いの声にもやがて耐性ができたと各々思えて、暫くは元以上に安らう日々を過ごせたんだ……

ところがある日、例によって自分たちの交際が安穏で幸せに満ちたものであると再確認し合うような流れの上で、百合花が朗らかな表情を浮かべて次のように言ったのだ。
「それでね、清州くん。本当の恋愛は高校合格まで取っておくことにしよう、ね」
百合花の妖しい顔つきと唇の思わせぶりな動きから申し出された言葉は衝撃的だった。向こうは知らず誠は初めての疑似的恋愛ごっこに舞い上がるような愉悦を味わっていた。なのにその快さを刹那(せつな)に拘束(こうそく)し牢獄(ろうごく)にぶち込むような困惑に陥(おとしい)れたのだ。慎重居士の囁きが具現化した。ひと言で言うなら「嫌だ!」だった、あるいは「困る!」であった。百合花のことじゃない、彼女は申し分のない子だ。巧く言えないが相手が好きな子なのに、絡められた腕自体は痛くもないのに、振り解こうとするとそれが叶わぬ外からの締め付けで見る見るうちに行きたくない場所へと引きずり込まれるような怖気と不安を覚えたのだ。たとえ「今」の延長線上にそれが訪れるとしても、それは人智の及ばぬ運命なのであって、今、期限が切られて決定事項になってしまうんじゃダメなんだ。未来は果てしなく広くなければ嫌だった。誠はこと自分のことになると一点の陰りも受け入れ難い性格だった。自我が強過ぎるのか。好きな百合花の言葉でもそこに抵触(ていしょく)すると抑え難い痛苦を感じる。強固な自制心が表面化することは滅多に無い性分なのだが。
平常心はかくも脆(もろ)く、普段豪語する冷静な思考力も吹き飛んだ。その夜はベッドに入っても眠れず、机上に頭を抱え込んだ。なぜ藤野さんは目処を付けたりするのだろう。彼女の魅力を持ってしても安心は得られないのか。でも、それじゃあ「本物」ではなくなってしまうと誠は感じるのだ。自分が子供だからそんな気がするのだろうか。が、先のことは分からない。運命を予知するなんてことは不可能だ。だから行く手を狭められたら嫌なのだ。十五歳の子供なんだから意地を張らないで考え直せとは言われたくない。
自分を大切にしたいと念ずるのはエゴではあるまい。エゴだとすると相手の悲嘆に同情を禁じ得ず心を寄せる自分の優しさは自分の目にそれが見えることに堪えられないからということなのか。ゴミが落ちていたら拾うだろう、それもゴミが目に付く位置にあるのが自分にとって不快だからだということなのか。汚れ一つ許せないという心情は自分の嫌だと思う状況に自分を置いておきたくない気持ちに通じるものなのか。心の揺れ動くにつれ遣る瀬無さが胸に満ちて、言い難い不安に陥ってしまう傾向が自分にあった。だから男女交際を避けて来たとも言えるのに、ここに来て「好き」な子が現れた。どれほどの動揺に堪えてきたろう、受験を重要視しながら同時に百合花の強さに託しながらも両立することに心を費やしてきた。内心の僅かな齟齬(そご)に気付いても、互いを信頼し関係を保つことに務めていれば破綻(はたん)すること無く良いように運ばれるという経験値を会得した。けれど、その経験値はやはり未熟で、自分が慢心しているうちに百合花が囲い込みを始めたことに気付かなかったのだ。気配を察知した時、誠は自分が百合花の手の内にあることに不快を覚えた。同時にそんな状態を招いた自分の不甲斐(ふがい)なさを痛烈に感じて、いずれは尋常でない傷跡が刻まれると予感を禁じ得なかった。
どうして先々を決めてしまおうとするのか。若いうちは今その時がよかれと思うだけではダメなのか。この子供っぽい戸惑いは窮められ沈潜化して、けっして外部に漏れたことはなかったのだが、心の底に巣くった分、誠には軽々しくないものだった。恋とは何と御(ぎょ)し難(がた)いものなのか。場合に因れば、人生途上の波乱が将来にあり得た運気を彼方に追い遣り、人生自体を歪ませることもありそうだ。互いに相手を慮れる知的な関係を築いたと自負していたが、三六〇度の円の五度のずれがR地点では2πR×5/360の距離でしかなくても、Rを10km地点にすれば目標地から870m離れてしまう、この距離ではもう声は届かない……。察するのが遅れたのだ。今が嬉しくてもここは自制しなければならぬ、と妙な計算をし始め、寝てなどいられぬ、じゃあ起きて何を? もはや混乱を来(きた)している心の底を覗き見て、既に逃げ始めている自分を誠は発見した。
そうだ、けじめだ、と今さらに思う。受験という壁を乗り越えねばならぬ身が食べたことのない、食べたくてもそうは叶わぬ、否、まずは無理だろう、そんなご馳走の「恋愛」を目の前にぶら下げられることが、まだまだ成長途上の未熟な者にとってどれだけの足枷(あしかせ)になることか。学校の教師や担当の塾教師に言われるまでもなく百害あって一利なし、大仰(おおぎょう)な分を引いても七害あって三利無しだろうと真実思った。友人たちとの他愛のない「雨夜の品定め」に興味を覚えるだけで没我の危険を察知する奴もいる筈だ。ファンだと憚らぬタレントが玄関のチャイムを押す、しかもその子の目的が自分と懇(ねんご)ろになることだと言うならば、臆病な自分はどこまで歯止めを掛けられよう。現実味の無い妄想ですら際限の無い欲望の獣に火を点けそうで怖くなる。いつかは性愛の渦に巻き込まれ果てし無く没入したい気持ちがあっても今はその時期ではない。百合花の可愛い唇から漏れ出た言葉に一点の危険因子を感じ取っただけであれこれ揺らいでいること自体が、その不安を拭い去り安全レベル維持を図れなくなると気弱になる情けない自分の証左ではなかろうか。
なにしろハグしたこともない自分が、しかも相手は百合花なのだ、我慢もへったくれもないではないか。なのに、なかなか尻を捲(まく)る気持ちになれぬ小心者だった。窮鼠(きゅうそ)も追い詰められれば暴発する、でもそれを歓迎はすまい。恐怖する筈だ。だから小心者で良かったと今は自分を宜(うべな)ってもよかないか、ぎりぎりまで行って爆発するなど愚かな行為はせぬがいいのだ。結句、自己防衛に傾いた。石橋を叩いて渡るも徳の一つだ。後戻りが絶対無理とは思えない。共に合格を勝ち得るまではお預けと彼女も言った。それまで意を強くして百合花と接して行けばよい。限度が来たとてこちらも壁を立てて優位を保ち冷静に対処すればいい。頭の隅で百合花は心底、僕が好きなのだなと自惚れていてもよかないか。葛藤(かっとう)から混乱を来して不合理な結果が導かれても、縺(もつ)れがどこにあったかなど誠にはもはや見えない。
かくして女のイロハを知る前に異性を敬遠する男の誕生である。慎重居士(こじ)を容認したのだ。もっと簡単に言えば女性に対する壁を自ら築いたのである。たとえ甘い果実が眼前にあっても手の出しようが無い。性の神秘はこれぞと思う運命の女の出現をひたすら待つよりないと心得た。百合花の後にあるかも知れぬ、だから、それ以前に神聖なる性交を獣性に染めてはならぬと自戒した。……もはや宗教だ。しかし現実問題として理性的に処し得るなら結構だけれど、牧師見習いではあるまいし、己のタイプの可愛い女を隣にする際の感応は、理性で築いた筈の高からぬハードルなど物ともせず、いつ何どき乗り越えるかも知れぬ危うさを孕(はら)んでいるだろう。よろめく非力な知性で日を過ごすことは何れ人知れず涙に濡れることも予感できた。
みんな悩んで大きくなったぁ! CMのコピーが頭の中に流れた。

……十五の春は種々の様相において悲しく切ないものだが、純粋さの喪失に原因を置くなら「恋心」の募らせる悲哀がその典型ではないかなぁ。
六十路に入っての遊び心でその昔を今さらに自己分析してみると小高き山の悔いの数々、その中に現在も未練を残すものが一つ二つ確かにある。要するに確固たる自信が無かったことに尽きる。頭も心も相応に成長し続けてもそうそう自信が確立するわけもない。どこまで行っても所詮不完全な存在だと諦念するのは遥かに馬齢を重ねなければ判らないのだ。その経緯のうちに純愛に苦悩する時期があり、初期において小山を幾つか形成する。小山と言ったが固からぬ山なものだから往々にして崩れ去る、それ故に美しい涙が伴う。遣る瀬無い雪の結晶でできた小山なのだ。
だから、創造主が一度だけ過去に戻してやろうかと揶揄ってきても、青春期を選択してまたぞろ悲しみに暮れるなんてのは誰しも御免被るのではないか。私も青春時代は懇望(こんもう)しない。いくら聖少女と再びひと時を過ごせても、結果はさして違いはしないと覚悟して遡(さかのぼ)るのだから。人生初めて強いハグができるか、優しい慰めの言葉を囁けるかくらいで収束させるしかないのだから。尤もそれを味わいたい気もあるような……。
中三生の頭脳で割り切れなかった課題は恐らく人生全般を貫くもので、嫌でも「おとな」みたいに処理するしかない人生の試練なのだろう。
CMで聞いた曲がまた脳内に流れくる。
♪ソ・ソ・ソクラテスかプラトンか、ニ・ニ・ニーチェかサルトルか、みんな悩んで大きくなった~♪ 
ふざけた曲である、だが真実だろう。青春期は悩み苦しみ考える時代だ。大人には正直面倒な世界である。二者択一でないものをそうと信じて殊更苦悩する清らかな時代、何か一つ事に臨み研究する者は次第に世俗から遠退いていくものだ。だから大成する研究者は数少ないとも言えるのではないか。その他の大勢の世界、いわゆる常識を是とする俗世間で生きるには清濁併せ呑まないでは済まない、それが度量の大きい者なのだと理解するより無いのだ。それでも、六十の坂を少しずつ下る今も心からそうは認めたくない気持ちが僅かに残る。何への未練なのだろうか。
老いて目が濁るのも耳の聞こえが悪くなるのも清濁を呑み込んできた所為ではあるまいか。様々な困難を乗り越えてきた経験が人を強くする(鈍くするのかも)。人は時の流れを左右できぬから往々に未整理のまま涙とともに流すものがある。それは概して容量は大きくても柔らかく軽いもので容易に流されてゆく。そうして人は次第に身は細り薄くなって相対的に各々の個性が角を持つようになる。純粋性はその波を被る毎に失われるが替わりに不純物が強固になって人を強化してゆく。世俗を生き抜く大人になるのだ。だが世間の荒波は変わりなく襲い来て三十年、四十年、五十年と被ってゆくうちには不純物故に劣化も早く鎧(よろい)の節々が悲鳴を上げ出す、老醜と化してゆくのだが、劣化し剥がれ落ちた所から純粋性の欠片(かけら)が透けて見えることがある。それが未練を齎すのではあるまいか。
こうして深夜の静寂(しじま)の中で独り、己の拍動に耳を澄ませているとその純粋性がひょっこり顔を出すものだからつい夜更かししてしまうのだ。……

塾の帰りには二人とも親が迎えに来た。だから塾の学習時間だけの交際なのにそこは飽くまで純粋に学習の場だった。手を握ることもましてやキスの真似事も不可能である。平然と黒板を見つめる百合花を恨めしく思いながら、いざ質問されると一番有効な解法を熱を込めて説く、その自分の口元をうっとりと見つめているような黒目がちな目を意識してつい心地よくなって相好(そうごう)を崩す誠であった。
塾通いが誰にとっても明確な目標を持っていることと百合花の明るく堂々とした態度とでもって冷やかしや揶揄(からか)い、やっかみなどは残滓(ざんし)すら無くなった。けれども百合花の如き毅然(きぜん)とした受験モードを誠は採れない。悶々(もんもん)とする自分が情けないと反省はしても、彼女の精神レベルに到達するには生来の軟弱さの克服が欠かせない。不甲斐ない自分とおさらばせねば受験戦線に勝ち得ない、ここは漢(おとこ)にならねば。好きな百合花を隣に置いても平然と接せられる態度が取れるよう腹を据えねば。これは修行だ。熱を冷ますに水など要らぬ、気力だ胆力(たんりょく)だ。心頭滅却すれば火もまた涼し。そもそも、以前僕は漢(おとこ)と言われた。勝って兜の緒を締めよ、否、受験を前に褌を締めてかからねば。一度箍(たが)が緩んでも締め直しはできると誠はジャカジャカ考え日々誓っていた。百合花さん、悪い。表は変わらぬ漢であっても、裏面においては全霊で君に差し向かわない決意をしたよ……。
それから幾日を経たろうか。我が苦悩を共有していそうに見えない素敵な百合花が、塾の終了後、一足早く外に出た誠を追いかけてきて、こんなことを切り出した。
「今度の土曜日、うちに遊びに来てくれる?」
えっ? 久方ぶりの衝撃が走る。凝りに凝った誠の精神だからすんなりとは応じられず、驚愕(きょうがく)を制して回答を導くのに理性、知性、常識、良識を欲望、本能、本音、邪心等と目まぐるしく戦わせて喘(あえ)ぎ声を出した。
「ま、拙(まず)いんじゃ……ない?」
馬齢重ねて……若人等に紛れて文字に遊び親しむ……未だにそれが楽しくて……貴ブログにも手を引いて貰いました。

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