星にときめく 2の続き
公開 2026/03/14 10:20
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2 ―2
「エスコート」が女性に付き添うという意味なら、自分の今夕のそれはちょっと違う気がした。何しろ相手は二人、腕を取ってリードするどころか本命とそれこそべったりの心友を区別して扱うような酷(ひど)いことはできない。それどころか腕を組むでなくとも肩を寄り添わせて歩く二人の後ろに付くなどありえないと思い、結果、二人の前を行く塩梅になってしまったのだがこれをエスコートと呼べるだろうか。何かをしたいとの具体的な考えがあったわけではない、でも、うまく行ったら智子と親しく口が利けるのでは、くらいの下心、もとい期待を持っても当然ではないか。もしくはそれ以降の幸運な展開も想像されて「女嫌い」の評判を少しは崩して見せようかな、くらいの気持ちは確かにあって、……と思案投げ首で夜道を歩く羽目になったのだ。何も前を歩かずとも三人並んで歩けばいいだろうと実情を知らぬ者は言うだろうけど、住宅地の歩道はそれには適さぬ幅しか無く、一方、叶ったとしても自分のポジションをどこに採ればいいかとの難問が生じ、わざわざ泉の隣に採る要は無いわけで、と言って「両手に花」のポジションなどどう足掻いても無理だろうし、ましてや露骨に智子の隣に? 無理の二乗だ! ぼくぁチキンか。ああ、二人がいなけりゃ頭を抱えて嘆きの声を上げたろう。
学級委員長として「聖人君子たれ」と自らを律することをスマートだと思い込んできた生真面目さが仇(あだ)になったか。こんな際の勇気、すなわち蛮勇なるものがそもそも昔から無かったわけじゃないのだが上手に育たなかった。ただ我が道を真っすぐに歩いて来られた中では女の子との壁を低くする手練手管なんぞ覚えること無く、立ち位置はその儘(まま)でも三人仲良くお喋りしながら本命の子に自分の好意を伝えるなんて芸当はどだい無理だった。おのずと一人先頭に立たざるを得なかった理由として、住宅地の「歩道」の幅の狭さを言い訳とする自分の弱さは致命的だった。二人の方から前を行く誠を捉えて両側から腕を組んでくれようとしても物理的に難しかったのは確かだったから自分を納得させられたのだ。そして何より二人はそんな無粋(ぶすい)な行動をするような子ではなかった、これが決め打ちだ。きっかけを掴むための質問をするたびに振り向かなければならぬ具合の悪さは必然と二人のお喋りを専ら聞くだけという何とも遣り切れぬ道中となった。その二人だって智子は終始聞き役で、泉も智子を慮ってなのか、愉快なお喋りではなく、どことなく窮屈(きゅうくつ)な具合いだった。バッタや蛾でも飛んできてくれたら手くらい繋ぐチャンスもあるかなとバカなことを考えたり、泉が気を利かして「清州くん、白川さんが手を繋いで欲しいと言ってるんだけど」なんて言ってくれる妄想をしたりと、終始トンマであった。
でも、半ば過ぎ辺りで泉が急に調子を変えて智子の性格やら趣味、好物などを誠に教えんとする内容で喋ってくれたのは有難かった。泉はまるで二人の仲を取り持つように意図して誠にも振ってくれたりした。街灯の明かりが幾分暗くなった辺りでのことである。
例えば、
「智ちゃんちはペット飼ってるよね。名前、何だっけ?」
智子にとってこの質問は意外だったのだろう。やや首を傾げながら、
「タイニーよ。泉ちゃん知ってるじゃない」
「清州くんも犬は好き?」
「ウン、嫌いじゃないよ。でも、猫の方がいいかな」
次にその理由が聞かれると構えたのに、泉は、
「清州くん、智ちゃんちのタイニーはトイプードルなの、知ってる?」
「そんな、知るわけ……えっ、トイプードル? ああ。カップに入るちっこいやつでしょ」
「違うわ、それはティーカッププードル。別種よ。タイニーは今十歳、大きさはどのくらいでしょう。両手で示してみて」
泉の横で智子が嬉しそうに笑っている。その笑いを受けようと大きくポーズを決めなきゃと誠は思うと同時にだいたいバスケットボールくらいだろうと見当をつけて、まずは「この―――」と引っ張りながら両手を高く広げて一旦大輪を作り、次第に腕を下げながら狭めて行って「このくらい」とバスケットボール大を示した。他愛もないジェスチャーを智子だけでなく泉も目を丸くして追いながら、最後に笑ってくれた。が、
「残念でした。タイニーは六十センチもあるんです」と泉。続けて、
「清州くん、さてタイニーの意味はなあんだ?」
「エーッ、英語だろ。タイは同点、ニーはニードロップだから……違うか」
「正解を言います。『ちっちゃい』でした」
「六十センチもあるのに?」
と誠は一応驚いて見せたが、なぜか智子は沈んだ表情、それを見た泉もクシュンとして、
「あまり受けなかったね。智ちゃん、ごめん」
暫(しばら)く無言の道行きとなった。
「こんなにたくさんの星を見たの、初めて……」
と、いつもの調子より高いトーンで、しかも掛け値無しの感激した声を泉が上げた。吊られて仰いだ星空、なのに誠は同じ感動を得られず、目を返せば泉が智子と繋いでいた手をその儘に高く振り上げ空の一点を指し示した。
「あれが双子座、智ちゃんの星座でしょ。分かる?」
学校では見られぬ泉の愛らしい仕草に好感を抱く。誠も二人の指差す方角に目を遣る。どれが双子座だというのか、でも、広大な夜空に奥深く測り知れない数の星がそれぞれ瞬いているのを初めて実感できた。しかし、それでも調子を合わせる言葉が見つからず、悔しさがくすぶる。タイミングの掴みようを知らぬ人間はタイミングを運命の如く天から降りてくるものと錯覚するきらいがある。今までも反省して来たのに……二人の後ろで誠は項垂(うなだ)れた。星々が文字通り見下して笑っている気がした。
マンションの棟が違うだけなのでここでいいと言われた直後、誠の無念な思いが後方に佇立するマンション群の陰と同化した。街灯の加減で照らされる二人には誠の心は寸分も伝わらず、少しでも共鳴を求めていた愚かさを星空に笑われ、突き放された。内心の足掻き苦しみを見抜いて貰えぬなら、否、そうでなくたって、自分が言葉や態度で露わにしなければならないのにとの自省心が頭の隅を過(よ)ぎっても、それができるんだったら苦悩する今の自分は存在しちゃあいないのだと自己嫌悪を益々強くした。
一体、世の中の男はこんな状況ではどうするのだろう? そもそも、どうなればいいのかすら分かっちゃいなかった。手を繋ぎたかったのか? いや、それは手に汗を掻くから避けたい。ハグしたかった? そんなことしたら同極反発しちゃいそうだ。キスを? まさか、いきなり? もっとお喋りを楽しみたかったのだろう? いや、そんなに共通する楽しい話題など浮かばない。恐らく具体的には無かったのだ。具体が自分に迫った時には応じてやろうとの情けない覚悟はあった筈だ。結局はモヤモヤしているだけで何にも見えていなかった。一面自信家の誠がこんな機会を与えられての空回り、挙句に自己嫌悪に陥(おとしい)れられたのであった。
でも、二人はまるで口を揃えるように、そうして少しは学校にいる時とは異なる心を込めて「ありがとう、さようなら」と言ってくれたではないか。しかもハモった途端に二人は笑い、釣られて誠も笑えた。その余韻が残る間に「こっちこそ、ありがとう」とぎこちなく、つまらぬ挨拶でも返せただけで少しばかりの安堵ができた。
 何が清廉潔白(せいれんけっぱく)だ、思えばいつも僅かな悔いを残してきた。当然のことだが事態には常に選択肢があったからだ。けれども、訪れたチャンス毎に棒に振らないでいたら、どんな展開になったのだろう。君子を捨てた者の得る幸せなど本物ではないと信じている。けれどその結果は不幸に陥ると誰かが例示してくれたことなど無い。否、例を示されるまでもなく道徳は知悉(ちしつ)納得しているものなのだ。解説など不要なだけ絶対真理は重圧をかけて来るのだ。所詮は小学生の初恋など実るも実らぬも大差は無い、けれどもほんの一部の者であれ、初恋の雰囲気を醸(かも)すペアが存在する。その様子を見るだけで自分は経験することなく小学校を卒業してしまっていいものかと独り(ひと(り))言(ご)つ。
しかし、たった一晩の、しかも初めてのエスコートでもし満ち足りた夢が見られるというなら、そんな薄っぺらなもの、他人がそれも初恋が叶った証しだと評してくれても自分は要らぬと誠は顔を上げた。たとえ、二回も三回もエスコートしたなんてことでいいというならそいつはバカだろ。負け犬の遠吠えである。虚勢でも張らなけりゃやってられない。ところが人生の地に平坦は少なく、先の見えぬ傾斜地と来ているのだから失敗も悔いも発生して不思議は無いだろう。だから生真面目を信奉して疑わぬ自分のような男は自護体を保持し堅物を装うのだ。そうしてそのお陰か、はたまた褒美(ほうび)というのか、すっくと佇(たたず)む心の深奥(しんおう)に男女関係に対する疑わしさ、煩(わずら)わしさ、そして厭(いと)わしさが深く植え込まれてしまうのだろうな。誠は心不覚から溜息をつくのであった。

……好悪は理屈ではない。だから児童期の同性・異性に対する好悪に基準差は殆ど無く、ただ、社会通念の匂いを纏(まと)わされることで確固たる「違い」があるように戸惑わされて、ヤキモキ、モヤモヤさせられる。
ところが、二次成長期ともなると男女の差異を理性で捉えられるようになり、一方、感性も鋭く繊細で豊かに成長することから自ずと「好み」の異姓を意識し始める。ただ、互いの個人差が大きい故に双方向的な合致はまず無くて頭と心の交錯混乱がいや増して、引き続きモヤモヤは残るのだろう。だが、一部のペアは好意からときめきへと進展し、中には恋し合うところまで行く、それを他の大ぜいがヤキモキと眺めて癪に障るのは当然のことだ。違うか、私はそうだった。
子供たちは心の底や頭の隅で人は平等でなければならぬと信じている。社会規範や教育、しきたり、おとなからのモラルの押し付けや家庭での躾に依然、強制力がある中で、生真面目な性格者、もしくは気の弱い者などは勢い気恥ずかしさ故に異姓を遠ざける。私も疑うなき女嫌いだった。女子ならもっとその傾向が強かったのじゃなかろうか。
子供時分、男女の違い無く異性より同性と過ごす時間が楽しく愉快だった時期があっただろうし、そのお陰で自分の成長が促され拠って立つ世界をより広く大きくする経験ができた筈である。その広大な自分の世界の中に何れ異性が登場するのは必然のことだ。
還暦を過ぎても残余の人生はまだ長い時代だ。けれど美しくも悩ましい恋愛の結果と敢えて言わせて貰えば(もう絶対無いものと諦めながら悲哀を振り払えぬ心も意識しているのだ)、内容、性質はどうあれ、人生のどの時期の恋愛も損得で測れるものではないと断言できる。そうして、最後に理解に及ぶのはその頃のヤキモキ、モヤモヤなど実は頭に占めるほどの、心に浸潤するほどのものではなかったということだ。子供たちの心は多岐に向かっていたのであって、その貴重な時期の経験があればこそ後の青年期の異性愛も生まれるということだ。だからこそ思い出を彩る美しい花々として残るのではなかろうか……
馬齢重ねて……若人等に紛れて文字に遊び親しむ……未だにそれが楽しくて……貴ブログにも手を引いて貰いました。

目眩く二月の朝の雪の照り騒ぐ小鳥にこころ合はせる
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